第14話 鳥羽

「掃除終わったよー。」

言いながらアオバは集合場所のマツリの部屋に入る。

マツリはいつもの布団の上でこたつのPCと睨めっこしていた。

「お、ご苦労さん!昼前に終わったからラーメンだね♪」

ラーメンと聞いて満面の笑顔になるアオバ。

「めっちゃ楽しみ!どんなラーメンなの?」

「松坂牛の出汁を使ったラーメンで、県外からわざわざ食べに行く人もいるみたいだよ?」

県外からも食べにくる程とは、期待に胸が膨らむ。

マツリは時計を確認するとパソコンの電源を落とし、そろそろ行くかと立ち上がった。

「ミライちゃんは?」

先に行くと言っていたのに部屋にいないので気になっていた。

「自分の部屋にいると思うよ。着替えとかしてんじゃない?」

ミライの部屋はマツリの部屋の隣の隣だ。

二人はマツリの部屋を出ると、彼女の部屋の前で声をかける。

「ミライー!行くぞー!」

マツリが大きな声で呼びかける。

呼びかけるとすぐにドタドタと足音がして、扉がガチャっと開く。

「ごめん!お待たせしました!」

着替えたのだろう。

アオバと別れた時と違い、上はふわっとした白い半袖カットソー、下はベージュのロングスカート姿でヒールの高い明るいブラウンのサンダルを履いていた。

細く長い肩ひもの黒いミニバッグが肩からずり落ちそうになっている。

慌てて出てきたのだろう。

サンダルの留め具も留まっていない。

マツリはそんなミライを時間は大丈夫だからと落ち着かせた。

ミライが用意完了すると3人は外に出てマツリのキャラバンに乗り込む。

アオバとミライは後部座席で隣り合って座った。

「今11:30くらいだけど、これから鳥羽までどれくらいかかるの?」

もう普通の交通手段ではお昼のラーメンどころか14時の常桜殿の約束にさえ間に合わない。

アオバの質問にマツリとミライはニヤニヤと二人して笑い出した。

「そういえばアオバさんは初めてなんですね。」

「すぐ着くよ♪まあ、見てなw」

マツリは車のエンジンをかけると、旅館の裏手側へ走らせる。

普段行ったことがなく、そこに従業員用と思われる駐車場があることを初めて知った。

その駐車場の中にひとスペースだけ、イナゴの集落で見たような魔法陣に囲まれたところがある。

マツリは陣の中央に車を駐車して「忘れ物はない?」と二人に確認してから深呼吸をした。

そしていつも魔法を使う時と同じように右手の人差し指と中指を立て、ッシュッシュッシュと空を切り始める。

アオバはこの光景を何度も見ているので分かってきたのだが、おそらくこの動作があの魔法使いが杖を振る動作に相当しているのだろう。

ただ呪文はないらしい。

中国魔法と西洋魔法の違いなのだろうか。

もし説明を受けたとしても、自分では魔法が使えないので完全に理解することは出来ないかもしれない。

マツリが最後に心臓の前で指で天を指した状態で動作を終えると、車がたちまち白い霧でかこまれた。

アオバが不思議そうにキョロキョロと見回している内に霧が晴れてゆき、見えてくる景色に段々と笑みがこぼれる。

「うわあ~!」

思わず感嘆の声が出る。

旅館の駐車場では車の周りは旅館と木々に囲まれた風景だったが、今はだだっ広いガラガラの駐車場のど真ん中で周りを海が囲んでいる。

「車動かすよー。」

マツリの声で前に向き直る。

「すごい!ここ鳥羽?」

興奮冷めやらぬ様子でアオバが尋ねる。

「アオバさん、あたしの初めての時と同じ反応してるw」

ミライはアオバの様子が面白いようで笑いながら言った。

「鳥羽だよ!群馬に海はないでしょ♪」

マツリも笑っている。

「これって瞬間移動?」

「そんな感じ♪」

アオバは以前住んでいた埼玉も海なし県だったため、目の前の光景にテンションが上がり続ける。

駐車場が小高い山の上にあるようで、車が走り出して向きが変わると、陸側が随分遠くまで見渡せることに気付く。

絶景だ。

麓に広がる山に囲まれた土地の大部分はピンク色で、あれは満開の桜に違いない。

驚いて思わず質問した。

「ねえねえ。桜が咲いてるんだけど・・?」

今は九月だ。

アオバの常識では桜は春に咲くものであって、夏や秋に咲くことはない。

「そこが常桜殿だよ。読んで字の如く、常に桜が咲いている神殿。あの桜は幻覚。千年以上咲き続けてる。」

千年!?と驚いたが、陰陽師が平安時代から続いてるんだからさもありなんである。

きっとあの桜の下は綺麗な光景だろうと期待に胸が膨らむ。

「ミライ、めっちゃ面白がってるじゃん♪」

マツリがミライの様子をバックミラーで確認しながら言う。

「だってアオバさん、昔の自分と全く一緒の反応なんだもんw」

彼女はアオバの反応を見てずっと笑い続けていた。

アオバは笑顔のまま話す。

「いや、これはみんな同じ反応するって!だって群馬の山の中から1分くらいで鳥羽に来て海だー!と思ったら次は桜だよ?もう驚くっきゃないでしょ!」

3人とも笑って車内は楽しい雰囲気だ。

10分ほど走っていると目の前にトンネルが見えてきた。

短めのトンネルで、その先に信号が見えている。

青信号でそのトンネルから左折で道に出ると、今までと違い一気に他の車や歩く人が出現した。

「あのトンネルが魔法界との境目なんです。」

不思議そうなアオバの様子を見て、ミライは先回りして疑問に答えてくれた。

なんでもトンネルには魔法が掛かっていて、非魔法族にはトンネルを意識することが出来ないのだとか。

歩いてる時に道端の砂粒を気にする人はいないように、トンネルも砂粒と同じで気にする非魔法族はいないということらしい。

こうやって魔法族と分けているのねとアオバは感心した。


車を20分ほど走らせ、一行はラーメン屋へ行き約束の松坂牛ラーメンを堪能した。

ラーメンは絶品でアオバは替え玉をお願いするほどだった。

食べ終わるとミライを降ろすために鳥羽駅へ向かう。

なんでも鳥羽水族館でラッコのメイちゃんとキラちゃんに会いたいのだそう。

車の中で動画を見せてくれたが、なるほどとても可愛い。

アオバも一緒に行きたいが仕事である。

いかにアットホームな職場と言えどさぼりはいけない。

羨ましさ満載でミライを見送ると、本来の目的である常桜殿へと向かった。

「ラッコいいなー。」

アオバが残念そうにつぶやく。

「終わったら見に行く?なんかラッコって希少になったみたいだし。」

「行く!鳥羽水族館て何時までやってるんだろう。」

アオバは言いながらスマホで検索し始めた。

「そういえば常桜殿て前に言ってたセンジョって人もいるの?」

スマホを操作しながら移動時間という貴重な質問タイムを逃さない。

「いるよ!というかセンジョは基本的には常桜殿にいるものなの。占いに女って書いてセンジョね。」

「占い師なの?」

占いと聞いてパッと顔を上げる。

「そうだよ。日本最高峰の占い師集団が占女たち。とはいえ、めちゃくちゃ魔力の強い女性たちだから占い以外にも普通に優秀だけどね。」

「占ってもらえたりする?w」

ワクワクした様子でアオバは聞いてみる。

「残念。それは無理だね。国の最高機関だから依頼料が半端ないのよ。安くても六千万とかそこら。じょちょうクラスだと十億はくだらない。」

「十億!?ヤバ!てかじょちょう・・・?」

「占女のトップ。あたしら陰陽師含む常桜殿の頂点が女長(じょちょう)。今日会う人だよ。」

マツリはサラッと言うが、あまりにも縁遠い存在の感じがして自分如きが会って良いのかと疑ってしまう。

「十億の占いをする人と会うの?本当に服装これで大丈夫だった・・?」

アオバはやはり最初の服装の方が良かったのではないかと不安になる。

「平気だって。行ってみればただのお婆ちゃんだから。」

仮にも自分の上司、いやそれどころか社長みたいなものだろうに、それをお婆ちゃん呼ばわりとは本当に大丈夫なのだろうか。

マツリは目上の人に対してちょっと生意気なところがあるので心配だ。

考えていると車が先ほどのトンネルに入っていく。

結局考えてももう戻ることは出来ないのだ。

なるようになれ!である。

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