第7話 観光
エンジンをかけ出発すると、舗装された道路を走っているのだがなかなか振動が伝わってくる。
「一度役場に戻って車を変えましょう。軽トラじゃお尻が痛くなっちゃいますから。」
「あ、大丈夫ですよ!気にしないでください。」
「いえ、ついでに役場に併設されている織物の作品を見ていってください!この村ではだいぶ減りましたが、他のところと比べるとまだ養蚕が盛んな方で絹織物が有名なんです。ふるさと納税の返礼品にしたいと考えていて今協議してるところなんですよ。」
「絹織物ですか?着物とか?」
「そういう大物も勿論ですが、人気なのはやっぱりスカーフなどの小物ですね。村では藍染が盛んなんですが、青い濃淡がきれいなんですよ!ぜひ見ていってください。あそこに見えてるのが役場です。」
言われた方を見ると白いコンクリート仕立ての学校の校舎のような建物が見えた。
駐車場は広いが結構な数の車が停まっている。
到着して中に入ると目の前に長いカウンターがあり、戸籍や保険年金などの窓口が並んでいた。
スタッフを除くと利用者はアオバの他には誰もおらず、駐車場の車のほとんどが職員の物だと気付く。
佐々木さんは車のカギを取ってくると言って二階に上がってゆき、残されたアオバは玄関の横のスペースに飾られた作品を見ることにした。
作品たちはなるほど、返礼品にしようとする気持ちが分かる。
シルクの滑らかな肌地が外から差し込む光によってキラキラしていて美しい。
薄いスカイブルーに染め上がったものや藍の濃淡によって模様になったものなど、さまざまな種類がありアオバも欲しくなってきた。
「綺麗でしょう?全て天然素材なんです。」
鍵を取ってきた佐々木さんが近づきつつ話しかけてきた。
「本当に綺麗ですね!私も欲しくなってしまいました。この村にはお土産屋さんはありますか?」
「お土産屋さんというか織物屋さんがあるので行ってみましょう。」
「よろしくお願いします!」
二人は外に出ると、先ほどの軽トラではなく軽自動車に乗り込む。
小さな可愛い車だ。
移動中に改めて集落を見て見ると、田畑が多く本当に田舎だと思う。
来るときに見たコンビニ以外のお店が見当たらない。
みんなどこで買い物をしているのだろうか。
疑問に思ったが、自分も北山村にお店がなくてもどうにかなってるのを思い出し、きっと同じような生活だろうと妙に分かったような気がした。
再びあの結界の現場を通り過ぎる。
先ほど見た時とは違い、割れた穴には何やら模様と文字が大きく白く光っていた。
少し先でマツリが右手の人差し指と中指の二本を突き出し指揮者のように振っているのが見える。
それに合わせて穴に新たな模様や文字が描かれているようだ。
「やってますねぇ。」
交通誘導員に止められ停車すると、佐々木さんも作業中の様子を確認して言った。
「結構広めだから大変だろうなぁ。」
彼はしみじみと言うと、誘導員の合図で再び車を走らせる。
「マツリは何を描いてるんでしょうか?」
模様は馴染みのない形で、文字は漢字っぽいのだが習字でよく見るくねくねした字体で書かれておりアオバには読めなかった。
「魔法陣です。学生の時に少し習いましたが、それとは比べ物にならない難しいやつで私にはさっぱり。」
分からないのは佐々木さんも同じだったようだ。
アオバは深く考えずふーんと頷いて前に向き直り、
「魔法使いって杖を振るんだと思ってました。」
と人差し指を振って杖のジェスチャーをする。
「西洋魔法はそんな感じですね。日本では中国魔法が使われてるので滅多にお目にかかれません。」
「えっ魔法って種類があるんですか?」
初耳だ。
魔法のやり方は世界共通だと勝手に思い込んでいた。
「ありますよ。マツリさんから聞いてないんですか?」
少し怪訝そうな顔で佐々木さんが尋ねてくる。
「引っ越しの方が忙しくて、魔法の世界についてのことはほとんど聞けてないんです。」
「あぁ、そうだったんですか。引っ越しっていうと県外から?」
「はい、埼玉に住んでました。」
「埼玉。」
あ~と頷いて彼は続ける。
「今はどちらに住んでるんですか?」
「浅間の麓です。嬬恋村の近く。」
「じゃあ田舎に入った苦労もあったでしょう?」
「お店のなさに困りましたね。」
村に店がないので、必要なものを買うのはいつでも苦労している。
電気ガスがないことよりも買い物が出来ない方がよっぽど大変なのだ。
「でしょう。コンビニもつぶれちゃうような所が多いからねぇ。」
「車がないので余計大変なんです。」
「免許はあるんですか?」
「持ってないんです。」
「そりゃあ不便だ。取った方が良いですよ免許は。こっちでは車がないと何にもできないですから。」
「マツリにも言われました。でも教習所に通える距離じゃないので取るとしたら合宿なんですけど、まとまった休みを取るのが難しくて・・・。まだ入って1か月なので休みをくれとは言えないんですよね。」
「あ~それはしょうがないですねぇ。確かに学生じゃないとなかなか時間は取れないもんねぇ。う~ん、難しいねぇ・・・。」
別の話題に移ってしまい、中国魔法について聞きそびれてしまった。
アオバは後で聞いてみようとチャンスをうかがうことにする。
車は比較的住宅の多い道を行く。
多いといっても家と家の間はスッカスカで、都会の住宅街とは比べ物にならないくらいの田舎だ。
多分ここもピザの配達はこないんだろうなと田舎あるあるを考えていると車が減速し始めた。
別に商店街でもなんでもないところだが、いきなりその織物屋は現れた。
こじんまりとしたお店で駐車場は一台分しかない。
そこに車を入れ、二人はお店に入っていく。
中には様々な織物製品が店一面に飾られていた。。
佐々木さんが店員と世間話をしている間にアオバは店内を見て回る。
役場ではスペースの都合上大きなものは少なかったが、お店には着物は勿論、カジュアルなTシャツやYシャツもたくさんあった。
さらに絹製品だけでなく麻などの製品もあり、予算的にはそちらの方が魅力的だ。
藍色のグラデーションや絞り模様のデザインは一点もので、思っていたより購買意欲をそそられる。
絹製品が欲しいと思って来たが、麻のシャツも素敵でとても悩ましい。
良さげなデザインを見つけ、何度もうろうろして考えた結果、結局Tシャツを購入してしまった。
絹製品は素敵だがやはり高すぎる!
お会計を済ませて車に戻る。
「Tシャツにしたんですね?」
「実物を見たら欲しくなっちゃったんです。絹のハンカチも悩んだんですけど、予算の都合で二つは買えませんでした。」
「手作りの品だからちょっと高いですもんね。でも気に入ったのがあってよかったです。この後は少し早めですがお昼ご飯にしましょうか?」
「はい!おすすめはありますか?」
「やはり上州豚を使った料理がおすすめですねぇ。専門に扱ってるお店があるのでそこでどうでしょう?」
「お肉ですか!めちゃくちゃ楽しみです!」
アオバのテンションがぶち上る。
「スマホでお店のホームページが見れればメニューが確認できますよ。名前は”とんこん”って言うんです。豚に魂と書いてとんこんと読みます。」
「あっ魔法族のお店ですよね?私、まだスマホが非魔法族仕様なんです。2週間前に手続きしたんですけどまだ審査中で・・・。」
「ああ!そうなんですね。そしたら私のを貸しますよ。ちょっと待ってくださいね。」
佐々木さんは胸ポケットからスマホを取り出すと、お店のホームページを出して渡してくれた。
移動中に確認すると、豚肉を使ったものなら和洋問わずなんでもあるらしい。
口コミによるとラーメンも美味しいがチャーシューが絶品でそれだけを単品注文する人が多いのだとか。
チャーシューは必ず注文しよう。
勿論サイドやデザートも調べていく。
どれも美味しそうな上にメニューの数も多いので悩んでいると、移動時間はあっという間に過ぎてすぐに到着してしまった。
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