第10話 アオバとマツリ
アオバは4日ぶりに帰宅した。
行く前は帰りにブドウを買うなんて言っていたが、疲労が思った以上だったので結局まっすぐ帰ることになったのだ。
夕食のためにコンビニに寄ってもらって、適当に買い物をしてきた。
とても疲れたがきっと運転もしていたマツリは自分よりさらに疲れているだろう。
家の前で下ろしてもらい、また明日と言って彼女は温泉宿に帰っていった。
今はまだ明るいが、夜は北山村は電気が来ていないので真っ暗になる。
はたから見ればまさに心霊スポットだろう。
とはいえ、ここにはタマちゃんという最強の対幽霊セキュリティが常駐しているので、ただの満天の星空が広がる絶景スポットなのだ。
ガラガラっとガラスの引き戸を開けると、閉めっ固めた室内からのムワッとした空気がアオバに襲い掛かってくる。
げんなりしつつ戸を閉め、店舗区画を突っ切って脱衣所へ向かう。
洗濯物を洗濯機へ突っ込み、ついでにお湯を貯めようとその先の風呂場へ行く。
行く前に洗っておいたが、軽く再度全体をお湯で流してから栓をしてお湯張りをした。
次に二階への階段を上がってゆく。
上がりきった目の前には8畳ほどのダイニングキッチンが広がっている。
クリーム色のカーペットの上に小さなローテーブルが置かれ、階段と反対側の壁側にテレビが設置してある。
その部屋の隣に6畳の和室があり、そこを寝室として使っている。
部屋は壁際にベット、その足元にメタルラックがあり洋服が収納されている。
まだ整理しきれていない引っ越し段ボールがそのまま置かれ、入って左にある押し入れの中まで占領していた。
アオバは和室に入るとまんじゅう看板の上にあたる窓をガラッと開けた。
窓と手すりのちょっとした間に小型のソーラーライトがいくつも並べて置いてある。
4つ抱えて窓を閉め、ベットの上に置いてあるリモコンを手に取ると窓の上に設置されたエアコンを作動させる。
ポータブル電源生活なので、エアコンのえげつない消費電力には困ったものだが、この日本の夏場を冷房なしでは乗り切れない。
6時間もすれば充電が切れてしまうので、これだけは本当に不便だ。
今時の気密性の高い家ならいざ知らず、昭和の建物であるまんじゅう屋は残念ながら隙間がたくさんある。
エアコンが切れればたちまち外と同じ温度になってしまうので、別の電源につなげ直さなければならない。
寝ていてもそんな感じなので、強制的に6時間で起床する健康的な生活を送っている。
エアコンの下で少し冷たい風にあたってから、ベットの上にライトを一つ無造作に置くと、再びダイニングキッチンへ戻った。
ローテーブルの上に別のライトを一つ置いて、さらに別のライトを今度はキッチン台に置く。
そしてコンビニ袋をドサッとその隣に置くと、中からビールを2本取り出してキッチン台の横の白い小さなクーラーボックスへ突っ込む。
中には既に2本ほどビールが入っていた。
このクーラーボックスは500mlの缶が6本も入れば満杯になってしまう小さなサイズだが、アオバが購入した記念すべき最初の魔法アイテムなのだ。
原理はマツリの持っている冷蔵庫と同じで、電源不要で中をずっと冷やしてくれる。
アオバのクーラーボックスは中古で4000円だった。
魔法の有効期限が1年ちょっとしか残っていなかったからだ。
教えてもらった魔法族専用のネットオークションで落札した初めての商品で、とても思い入れがある。
もっと大きいもの、いっそのこと冷蔵庫が欲しいのだが、それはなかなかのお値段ですぐには買えない。
少し給料を貯めてからと考えている。
アオバは和室から着替えを取ってくるとライト一つを持って一階へと降りていった。
風呂場に行くと、湯船のお湯はあと少しというところだったので、洗濯機の前でぼーっと待つ。
「(疲れた。)」
家に帰って安心したからか、この4日間の疲れがどっと溢れてくる。
魔法の世界に入ってからというもの、引っ越しもあって休まる暇がない。
たくさんの初めてずくしは面白いが気疲れもある。
ふぅ~と大きく息を吐き、再度湯船を確認するとちょうどよい湯位だったのでお湯を止めた。
脱衣所で脱いだ服を洗濯機に突っ込んでスイッチを入れる。
ライトを風呂場のてきとうなところに置くと、洗い場で手早く全身を洗って湯船に浸かる。
そろそろ不便な生活にも慣れてきた。
「(明日、何しにいくんだろ・・・。)」
アオバは大きく息を吐いて肩まで湯につかる。
彼女は初めて魔法を知った日を思い出した。
8月の終わり。
その日、アオバは勤務先のファミレスを退勤し、帰りの途中でコンビニに立ち寄った。
中に入ると、外のジメジメした暑さが一気にひんやりとした空気に変わり、まさに天国に昇る思いだった。
自宅アパートで待っているビールのために、ツマミをワクワクしながら選ぶ。
その頃のマイブームはもっぱら冷凍食品で、おかずの一品ものは勿論、たこ焼きやお好み焼きなど色々試していた。
その日も例にもれず、アイスの隣に並べられた冷凍食品を見て悩んでいると、店員のいらっしゃいませーという声かけが聞こえる。
それ自体はよくあることだったが、今日はその掛け声の直後に少しどよめきが起こったので思わず顔を上げ入り口の方を見た。
そこにはごつい靴に黒のジーンズと白地にアクセントで黒色の柄の入った半袖パーカーを着た大女がいた。
非常にガタイが良く、身長も高めだったため迫力がある。
ただそれだけならどよめきは起きないだろう。
原因は彼女が持っていた金属バットだ。
ケースに入れるでもなく、傘を持っているかのようにそのまま手に持って入ってきたのだ。
誰もが強盗か!?と思ったし、アオバもギョッとして固まってしまった。
しかし、大女はアッチーと言いながら一直線にペットボトル飲料の冷蔵庫へ向かい、迷うことなく炭酸飲料を手に取るとスムーズに支払いを終え店を出て行った。
その間30秒かかっただろうか。
それくらい短い間の出来事だったので、店内の全員は見なかったことにして買い物に戻った。
アオバも再び冷凍食品に目を戻す。
勿論この大女はマツリだったわけで、これがアオバとマツリのファーストコンタクトだった。
会計を終え、コンビニを出て再び地獄の帰り道を進んでゆく。
周囲は住宅街となり、22時を過ぎているためか外には誰もいなかった。
目の前のT字路を右に曲がればアパートが見えてくる。
いざ曲がろうかというところで、目の前を白いゴールデンレトリバーが左から右、アパート方面へと走り去っていく。
脱走か!?と思い見に行ったが、走っていく後ろ姿に違和感がある。
動きや形に質量を感じない。
着地した時も地面を蹴る時も音がしない。
輪郭もぼやけている。
まるで幽霊みたいだと思いながら、ボーっと突っ立って走って行く犬を見ていた。
ふいに背後でドンと重量物が落ちる音がしてハッと我に返る。
後ろを見るとコンビニで見た大女がいて周囲を見回していた。
「あいつどこ行った?」
片手に金属バットを持ったやつが眉間にしわを寄せ、険しい顔で周囲を見回している姿は近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「・・・犬ですか?」
恐る恐るアオバが尋ねる。
「そう!見た?」
大女が勢いよくこちらを見る。
「あっちに走っていきましたけど・・。」
指でさしながら慎重に答える。
「ありがとう!」
また大女は勢いよく言うと、ドシドシとその方向へ走っていく。
アオバはその様子を唖然として見送った。
・・・なんだったのだろうか。
コンビニでもそうだったが本当に嵐のようだ。
気を取り直してアパートへ歩き始める。
と、今度はアパート奥の角から犬が曲がってきて、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
さらに犬の後ろからあの大女が必死の形相で追いかけているのが見える。
さながら暴走トラックを彷彿とさせる勢いに、轢かれる!と慌てて端によけた。
目の前を一匹と一人がヒュンッと一瞬で通り過ぎて行く。
走っていった方を見ながら、なんだか早く帰った方が良い気がして早歩きでアパートへ向かう。
しかし嫌な予感というのは当たるもので、再び後ろから例の追いかけっこの音が近づいてきたのでバッっと振り向いた。
が、目の前には予想よりもはるかに近い白のゴールデンレトリバーの姿。
何故そんなことになっているのか分からないが、犬はアオバに飛び掛かってきている。
目の前の状況を処理しきれず石像のように固まってしまい、ぶつかる!と思わず目をぎゅっと瞑った。
「やーっと捕まえた!」
大女の声が聞こえた。
ぶつかった衝撃がなかったので、不思議に思いながらそーっと目を開けると目の前は真っ白で何が何だか分からない。
後ろに下がってみるとやっと状況を把握することが出来た。
犬は空中で飛び掛かった状態のまま停止していた。
背中にデカデカと”止”の文字が白く光って浮かび上がっている。
先ほどの真っ白な世界は犬がちょうどアオバと重なっていて、犬の中に食い込んでいたためのようだった。
やはり犬は幽霊なのだろうか。
状況は把握出来たがあまりにも現実離れし過ぎて脳が考えることを拒否している。
アオバはその場に立ちすくんでしまった。
そんな中、大女は犬の後ろで息を整えつつスマホを取り出して電話をかけ始めた。
「ハァハァ・・・もしもしお疲れ様です。ハァハァ・・わんこ捕まえました・・・ハァ。はいそうです。お願いします。・・・あと一つ問題があって、何故か一般人に見られました。・・・はい。いやちゃんと人除けはしてました。・・・そうです・・・・あー、ちょっと分からないっス。とりあえずそっちに連れてきます。」
彼女は電話を切るとアオバの方を見た。
「まあ、この状況は訳分かんないだろうけど、気にする必要ないから。ただちょっと一緒にきてくれる?」
「嫌です。」
アオバは間髪入れずキッパリと言い切って、急いでアパートに向けて走り出した。
あんな怪しさ満点の人間に一緒に来てと言われて行けるやつなんていない。
あの金属バットで襲われるかもしれない。
本能がヤバいと告げている。
「助けてーー!誰かーーー!」
走りながら大声で叫んだ。
しかし不気味なほど周りは無反応で、電気がついている家もあるのに誰も出てきてくれない。
なんで誰も出てきてくれないの!?
アオバは恐怖と悲しさで押しつぶされそうになった。
そんな離れていくアオバを見ながら大女は小さくため息をつくと
「まあそうですよねぇ。」
と言いつつ右手の人差し指と中指を立てて空中を切るようにッシュッシュッシュと動かした。
最後に手を挙げて二本指で天を指してから振り下ろし、アオバに指の先を向けた。
しかし何も起こらない。
「あれ!?」
後ろから大女の驚きの声が聞こえる。
アオバは構わず走り続け、アパートの階段を駆け上がり部屋に着くと急いで中に入り鍵をかけた。
普段はしないチェーンロックまでかけると急いで警察へ電話する。
「怪しい女に連れ去られそうになりました!」
焦りつつも必死に状況を伝える。
ドアの向こうにあの大女がいるかもしれないと思うと気が気ではなかった。
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