第11話 恐怖の来訪

しばらくしてインターホンが鳴り警察が到着した。

慎重に確認してからドアを開け警官の姿を目にすると、やっと安心できたのか全身の力が抜けていく。

そのまま玄関にヘナヘナと座り込んでしまった。

「大丈夫ですか?」

心配そうな顔で中年男性の警官が顔をのぞき込んでくる。

「・・・大丈夫です。」

アオバは弱弱しく答えてから息を整え立ち上がる。

「それで通報で言ってた女というのは?」

「そこの道にいたんです。えっと・・こっちです。」

そう言って警官を案内しようとアパートの階段を降りようとした瞬間。

「あいつです!」

なんと階段下にあの大女が立っていた。

大女は自分を指さしているアオバを見て目を見開き驚きの表情をしている。

「・・・どこですか?」

一瞬耳を疑った。

あんなに目立つ大女が隠れもせず階段の下にいるのにどこですかだと?

「え?あの人です!階段下に立ってるでしょ?」

警官は階段下をのぞき込むように確認し、次にアオバの方に向き直る。

「いや、いないですけど・・・。もしかしてお酒とか飲まれてます?」

「飲んでません!」

その後も必死に訴えたが信じてもらえず、それどころか薬をやっていると疑われてしまった。

なんとか薬の疑いは晴らすことに成功したが、結局大女については信じてもらえず、見回りを増やすといって無理やり帰られてしまった。

警官が去った後、すぐに鍵を閉め、再び部屋に籠城する。

何も解決していないことに絶望するしかない。

さらにアパートの階段を人が登ってくる音がした。

気のせいか一人ではない気がする。

仲間を呼ばれたのかもしれない。

もう恐怖は最高潮となり泣きそうになる。

キッチン台から包丁を取り出して、両手で握り玄関ドアの前で構える。

足音が自分の部屋の前で止まった。

「お前が外しただけだろ?」

男の声がする。

「そんなわけないですよ!あんな至近距離で外すとか見習いでも無理っす。」

あの大女の声だ。

「マアマア、キオクケシチャエバゼンブオワル。」

男の機械音声で発音のおかしな日本語も聞こえてくる。

「ったく。面倒しやがって。」

男が言い捨てると、インターホンが鳴った。

勿論応答なんて出来ない。

「出ねえぞ。」

「そりゃ怖がってますもん。」

「お前が怖がらせたんだろ。」

「いや、普通に声かけただけっすよ!何もしてません!」

「何もしてなくたって、でけえ図体でバット振り回してりゃおっかねえに決まってんだろ!」

「しょうがないでしょう。仕事なんだから。」

「アー・・ドアアケルマス。」

アオバは焦った。

あいつらドアを開けると言った!

どうやって?

工具を使うんだろうか。

警察をもう一回呼ぼう!

流石にドアを無理やり壊されて侵入される現場を見れば対処してくれるだろう。

一瞬で頭の中で考えが駆け巡ったが、行動を起こす暇なんてなかった。

アオバの目の前で、鍵が勝手に動き開錠されるのが見えたからだ。


ドアがガチャっと開く。

「お邪魔しますよー。」

言いながら40代くらいの男が入ってきた。

脱色したジーンズに白い半そでTシャツを着ている。

引き締まった筋肉が見えている腕は勿論のこと、シャツの上からでもわかるほどで、ツーブロックにした黒髪のオールバックは整えたひげとマッチしてなかなかの強面である。

アオバは恐怖で声が出ない。

震えも止まらず、入ってくる男に押されるように包丁を構えたまま下がっていく。

男の後ろからもう一人の若い男が続いてくる。

そいつは白人でおそらく日本人ではないだろう。

ウェーブがかった短い金髪と彫りの深い顔立ちに、べっ甲色の丸眼鏡と白いマスクをしている。

細身の高身長でイケメンだが服がそれを台無しにしていた。

おじいちゃんが着てそうなグレーのスーツ上下にシャツが紫色。

紫色がただでさえ悪いのに、とどめとばかりにエジプトの象形文字のような模様が一面に描かれている。

黒い革靴はピカピカで輝いているが、ダサいスーツとミスマッチ過ぎて浮いていた。

最後尾にはあの大女がいる。

もう逃げられない。

「あー・・・ちょっと話をきいてもr」

追い詰められたアオバは男が話し始めた瞬間、悲鳴にも似た大声をあげて包丁で刺そうと突撃した。

しかしパシッっと男の左手で柄の部分を自分の手ごと握られて失敗してしまう。

力いっぱい振りほどこうとしたが、相手の力が強くびくともしない。

パニックは最高潮となり、大声を出して全身を使ってあらん限り暴れまくる。

「こりゃだめだ。」

男がうんざりしたように言うと、右手で大女がアオバにしたのと同様の動きをする。

しかし先ほどと同様、やはり何も起きず男が不思議そうに眉をひそめた。

「あれ?」

「ほら言ったでしょ!その人やっぱ魔法効かないんだ!」

大女が大声で叫んだ。

侵入者たちが一斉にアオバをジッと見つめる。

アオバも神妙な雰囲気に押されて少しして暴れるのを止めておとなしくなった。

「マジか・・・。何年ぶりだ?戦前からだから80年とか90年ぶりくらいか?」

「すげー!めっちゃレアっすね♪」

「ワーオ。」

まるで珍獣を見るかのような視線にアオバが困惑していると、男が握っていた手を放した。

「あー・・・こんな形で入ってきてしまって申し訳ありません。信じてもらえないと思いますが我々は魔法使いの警察みたいなもんで、別にあなたを傷つけたりはしません。」

急に礼儀正しくなって話し始めた男にアオバは少し驚きつつまだ警戒している。。

「私は斉藤と申します。後ろのデカい女は郡島(ぐんじま)。外国人はシュミットといいます。目撃なさったと思いますが、あの白い犬の捕獲のために来ました。」

幽霊犬の次は魔法だのと、目の前の非現実に頭の思考回路は大渋滞している。

アオバは3人をまじまじと見つめて何とか現状を飲み込もうと努めた。

ふと視線を下に落とすと重大なことに気付く。

「あのぉ・・・すいませんが靴脱いでもらってもいいですか?」

三人も足元を見て慌てだす。

「ああ!すいません!ほら下がれ!マツリ早く!」

男改め斉藤が後ろの二人を追い立てる。

一旦三人は外にでると、今度はシュミットが先頭で入ってきた。

彼は右手でスーツから杖を取り出すと一振りする。

たちまち廊下に付いていた靴あとがキレイになった。

それを確認してから、ぞろぞろと三人が靴を脱いで再び入ってくる。

「いやぁ~すいませんね。ちょっと必死だったもんで。本当に申し訳ありません。」

二番目に入ってきた斉藤がペコペコと謝っていた。

アオバはもうどうしたら良いのか分からなくなって、とりあえず三人を奥の部屋に招き入れた。

少し緊張が解けたからか、急に部屋の蒸し暑さを感じる。

部屋に入るとすぐにエアコンのスイッチを入れた。

1Kのフローリング6畳なので元々そこまで広くなく、ベッドや収納で半分を使っている部屋に四人で入るとキツキツだ。

というより群島ことマツリとシュミットが大きいので、二人だけでかなり圧迫している。

仕方がないのでアオバはベットの上に腰かけ、他の三人は小さなローテーブルの周りに座って落ち着いた。

「さて。えーっと改めていきなりの非礼をお詫びします。申し訳ございませんでした。」

そう言って斉藤が頭を下げると、マツリも続き、シュミットはその二人の様子を見て倣うように頭をペコっとした。

アオバは困惑気味に「はあ」と力なく相槌すると、怪訝な面持ちで質問する。

「魔法ってあの・・ハリーポッターとかの?」

実際に鍵が自動で開いたり、廊下がきれいになったりを見ているので疑うのが難しいが、やはり非現実的ですぐには信じられない。

「そうですね。まあ、あれは欧米の魔法界のことなんで、我々とはちょっと違ってるところが多いですけど。」

回答してくれる斉藤はいかつい雰囲気がすっかりなくなり、初対面の怖い印象とは大違いだ。

へぇ~と感心しつつ、さらに質問を続けた。

「あの・・、魔法が効かないとかなんとか言ってたんですけど、あれはどういう?」

一番気になるところだ。

幽霊犬や魔法のことも大いに気になるが、自分に関わることが一番に決まっている。

「それなんですよねぇ。」

斉藤の眉間にしわが寄り、悩ましそうに続ける。

「極稀に特異体質で魔法が効かない人間がいるんです。貴方はその特異体質だと思います。」

特異体質。

そう聞いてもピンとこない。

それは良いことなのか悪いことなのかが分からないからだ。

マツリが話し出す。

「この場合ってどうしたらいいんスかね?記憶消去が出来ないから他言無用の魔法契約・・も結べないのか。マジこれどうすんだ?」

記憶消去と言われて、多分あの幽霊犬騒動は見ちゃいけないことだったんだなぁとボーっと考える。

「うーん。ちょっと一回試してみるか。俺たちはダメでもシュミットの魔法ならいけるかもしれねえし。」

斉藤がやってみてと軽くお願いすると、おもむろにシュミットがこちらを向く。

「アーイタクアリマセン。イヌトアッテカラノキオクヲケシテ、ネテタコトニシマス。」

片言の機械音声は聞きずらいが、何をされるのかは理解できた。

「記憶を消さないっていうのはダメなんでしょうか?」

何もしないで済むならそれで済ませてほしい。

得体のしれないことをされるのはやはり抵抗がある。

それにちょっとだけこの貴重な体験が惜しい気もした。

「あーそれはダメなんですよ。国際条約で非魔法族は魔法関連の一切の関わりを持ってはいけないとあるので、記憶も持てないんですよ。」

申し訳なさそうに斉藤が答える。

「非魔法族っていうのは私みたいな魔法が使えない人のことですよね?」

「まあ、そうですね。」

「私たちはダメなのに、魔法族はOKってなんか不公平・・・。」

斉藤は困ったように答える。

「それぞれの国が管理する上でそれが都合が良いと判断されてるんですよ。魔法族は人口が少ないんです。日本の人口は一億二千万人くらいですが、その内魔法族は百四十万人ほどです。世界でも同じようにかなりの人数差があります。相手に近づけさせないように教育したり監視をするわけですが、一億人以上いる非魔法族より百四十万人の魔法族を管理する方が簡単なんです。だから魔法族には気を付けさせるために非魔法族の存在を認識させるというわけです。」

「はぁ~なるほど~。」

ということは記憶消去を避けては通れないということだ。

国が決めたことならこの人たちに言ってもどうにもならないだろう。

どうせやるなら、明日も仕事なので早めに終わらせてほしい。

「じゃあ仕方ないですね。ちょっと残念だけど・・・。お願いします!」

アオバは背筋を伸ばして座り直し、準備完了といった様子で構えた。

「デハイキマス。」

シュミットは慣れているのかサラッと始めてしまった。

杖を振りアオバにピシッと向けると、杖先から閃光がほとばしり彼女を貫く。

アオバは思わず目をつむった。

そっと目を開けると、魔法使いたちは神妙な面持ちでこちらを見ていた。

「えっと・・・今魔法かけたんですよね・・・?」

相変わらず何も感じない。

慎重に聞くアオバを見て、三人はあちゃーと残念そうな素振りをした。

「すげー!本当に効かないんだね!めっちゃおもろい♪」

「コラ!マツリ!失礼なこと言うんじゃねえ。」

「シンジラレナイ。マイッタ。」

マツリは面白そうにケタケタと笑い、斉藤とシュミットは頭を抱えていた。

「こりゃあ婆っ様(ばっさま)たちに聞いてみるっきゃねえな。」

斉藤はちょっと失礼と言ってスマホを取り出し何処かへ電話をかけ始めた。

「あ、もしもし。埼玉のユウジです。センジョに繋いでください。」

センジョ?

また分からないことが増えた。

自分に関わることだからしっかり聞き耳を立てているが、果たして意味があるのだろうか。

「お疲れ様です。ちょっとトラブルがありまして。・・・それがですねぇ、非魔法族と接触してしまったんですが、その方がどうも魔法無効体質っぽいんですよ。・・・・そうなんです!俺も驚きましたよ。・・・・いや、ドイツのテイセイシにもやってもらったんですけどダメでした。・・・はい・・・・はい・・・・・あーやっぱりそうですよねぇ。どうしましょう。」

センジョというのは上司みたいなものだろうか。

その人に相談しても解決しないらしい。

一体自分はどうなるんだろうと不安になり始めていると、ふいにマツリが話しかけてきた。

「ねね、仕事は何してんの?」

「へ?ファミレスのバイトですけど・・・。」

いきなり関係ない話をされて思わず答えてしまう。

「その仕事好き?」

マツリは相変わらずニヤニヤした顔で聞いてくる。

「いや、好きってわけじゃないですけど・・・。とりあえず働かなきゃいけないし・・・みたいな?」

この話は今必要なのだろうか。

相手の意図が分からない。

「そっか。了解♪」

何が了解なのか。

聞き返そうとしたその時、電話が終わった。

「お嬢さん、悪いんだけど明日と明後日は家にいてもらうことになっちゃった。」

斉藤が申し訳なさそうに言ってくる。

「え、バイトがあるんですけど。」

いきなり言われても困ってしまう。

こちらにも生活があるのだ。

「本当に申し訳ない!でもこれは国の決定だから従ってもらうしかないんですよ。」

「・・・収入の補填とかはあります?」

一番はそこだ。

ぶっちゃけ金さえ貰えればいくらでも休んでやる。

「ないですね。申し訳ありません。」

現実は甘くなかった。

本っ当に国のこういう傲慢なところが気に食わない。

「いや無理ですよ!私にも生活があるんですから。お断りします。」

斉藤は難しい顔をしてそうだよなーという風に頷くと

「お気持ちは分かります。ただこちらも仕事なので申し訳ないのですがやらせてもらいます。」

そう言って立ち上がった。

彼は手近な壁に向かって、先ほどのように二本指で空を切る。

すると、壁に”不動”の文字が白く光って浮かび上がった。

「お暇するぞ。」

斉藤がそう言うと他の二人も立ち上がり、お邪魔しましたーと軽く挨拶して部屋を出て行こうとする。

「え、ちょっと待ってください!本当にバイト休むのは無理です!」

必死に訴えるが、三人は聞き入れるつもりがないらしい。

最後に斉藤が出て行こうとすると、先に出たマツリがにょきっと腕を伸ばして紙切れを差し出してくる。

「なんか困ったら電話して!あれ買ってきてとかそういうのでも大丈夫だから・・・食事とかで不便になるかもだし。」

とりあえずといった調子で紙を受け取ると、その隙にと彼らは一礼して玄関のドアをバタンと閉めた。

いやまだ話終わってないわ!!

急いで後を追おうと玄関ドアに手をかける。

しかしドアノブが動かない。

まるで接着剤でガチガチに固定されてしまったかのようだ。

何度も力いっぱい試すがびくともしない。

嫌な予感がして、部屋の窓も試す。

やはり同じでどうやっても開けることができなかった。

閉じ込められた!

こうなってはと禁断の手段に出る。

窓を割るのだ。

アオバは部屋の片隅で埃をかぶっているダンベルを手に取ると、ガラスの破片を防ぐためにバスタオルをダンベルごと覆うように手から腕にかけて巻いた。

そして窓の前に立つと、深呼吸をして落ち着かせる。

いざ覚悟を決めてダンベルを思いきり窓に振り下ろした。

ゴツンという音がしたが窓は割れていない。

傷もついていないし、それどころか相当な衝撃だったはずなのに振動もしていない。

試しに先ほどよりも弱くダンベルを叩きつけて観察してみるが、やはり窓は微動だにしない。

完全に物理法則を無視している。

アオバは部屋から出ることが出来ないと分かると、後ろに数歩下がりヘナヘナと座り込んでしまった。

少しの間ボーっとしていたが、段々と怒りが湧いてくる。

「一体なんなのあいつら!」

変な追いかけっこを見ただけで部屋に閉じ込められるなんて!

あまりの理不尽に腸が煮えくり返る思いがした。

しばらくその場でイライラしていたが、急にコンビニで買ってきた冷凍食品の存在を思い出す。

激しく混乱していたので、間違いなく冷凍庫につっこむ余裕なんてなかったはず。

嫌な予感がして玄関に向かうと、案の定廊下の端に無造作に投げ置かれ、中を確認すると溶けてしまっている。

アオバは大きくため息をついた。

最悪だ。

もう踏んだり蹴ったり過ぎて何もやる気が起きない。

コンビニの袋ごと溶けた冷凍食品を冷凍庫にぶち込むと、部屋に戻りベッドに突っ伏した。

バイト先になんて言おう。

やはり無難に熱が出たとかだろうか。

二日で二万円を稼ぎ損ねてしまった。

二万はでかい。

再び頭の中がグシャグシャになりイライラが再燃する。

ふと視線を横にやるとグシャっとした紙が目に入る。

困ったときにと渡された電話番号だ。

片手で紙を広げると携帯の番号が青白く光っている。

こんなのまで魔法なのねーと若干忌々しく思って見ていると、番号の下にスマイルの顔文字が出現し、さらに"Call me !"と吹き出しまで現れた。

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