第12話 勧誘

吹き出しの内容は”早く早く”だの”いつ電話するの?今でしょ!”だのと変化してやたらと電話を掛けさせたがっている。

無視してやろうかとも思ったが、言いたいことも聞きたいことも山ほどあるので掛けてみることにした。

「もしもーし♪」

掛かって直ぐマツリのウキウキした声が聞こえる。

「部屋から出して。」

単刀直入に言う。

言い方に配慮してる余裕はない。

「まあまあ、ちょっとお話しましょ♪そっち行くのにコンビニで色々買っいくけど何か欲しいものあります?」

「・・・おごり?」

「勿論♪」

「ビール買えるだけ沢山。それと柿の種。チーズと生ハムも。あとポテチとアイス。それと二日分のごはん。パンとお弁当。お茶とサラダも忘れないで。他にも美味しそうなのがあれば買ってきて。」

「・・・めっちゃガッツリいくやん。」

「あとウコンの力もよろしく。」

言い終わると一方的に電話を切った。


しばらくベットに寝っ転がってスマホゲームをしていると、玄関からガチャっと扉の開く音がする。

家主に許可を取ることなく、そのままドスドスと入ってくる。

「めっちゃ歩きにくかった~。」

声のする方を見ると、左脇にバットを挟んで、大きなコンビニ袋を二袋ずつ計四袋を両手に持ったマツリが立っている。

彼女は袋をドサッと床におろすと、中身をローテーブルに出し始めた。

アオバはのそっと起き上がり、ボーっとその様子を見る。

頼んでいたものは勿論のこと、総菜やらホットスナックやらと次々とテーブルに並べられていく。

量が多すぎて置いたものの上にさらに重ねて置いていた。

「パンとかお弁当はこっちね♪」

マツリは言いながらそれらが入っているであろう袋とバットを部屋の隅に寄せる。

「見て見て!これチーズたっぷり!絶対美味しいよね♪」

呑気に総菜を見せつけてくるのを見て、アオバはこいつ空気読めてねえなと呆れつつ、無言でテーブル横に座る。

ビールを手に取りカシュッと口を開けると、そのまま一気に飲み干して、ドンとテーブルに空き缶を置いた。

「いい飲みっぷり♪」

マツリがニッコリ笑って拍手までしてくる。

先ほどまではイライラしていたが、冷たいビールを飲みほして一息つくと落ち着いてきた。

「部屋から出して。」

落ち着いても言うことは一緒である。

「まあ、今のままじゃ無理だね。斉藤さんが言ってたように国際法で決まってることだから、あたしらどころか日本が国で動いてもどうにもならないからね。」

マツリが腹立つニヤニヤ顔で言ってくる。

アオバは深いため息をつく。

「最悪。なんで私がこんな目に合わなきゃなんないのよ。」

そう言って二本目の缶ビールを手に取り、今度は一気ではなくゆっくり飲み始めた。

「いきなりだもんな~。そりゃむかつくわな~♪」

マツリはにやけつつ、テーブルの総菜のふたを次々に開けていっている。

とても二人で食べきれる量ではない。

余ったらどうするつもりなのだろうか。

アオバはマツリのそんな態度に再びイライラを募らせる。

「ま、そこで提案なのですよ♪」

マツリは総菜を一通り広げ終わると割りばしをパチンと割りながら言ってくる。

アオバはビールを飲むのを止めて、顔をあげた。

「非魔法族は魔法族と関わっちゃいけない。だから今回困ったことになってるわけだ。でもあなたが魔法族だったら問題なくなる!」

彼女はニヤアと笑い、最初に見せてきたチーズたっぷりの総菜を食べ始めた。

「魔法族だったらって・・・私、魔法使えないけど?」

マツリの言っていることが理解できない。

それとも普通の人を魔法が使えるように出来る魔法なんてものでもあるのだろうか。

「別に魔法なんて使えなくても良いんだよ。戸籍上、その人がどっちに属しているかってだけだから。」

「え、魔法使えなくても魔法族になれるの?てか戸籍・・・?」

混乱しているアオバの様子が面白いのだろう。

マツリは食べながらずーっとニヤニヤしている。

「海外だと魔法が使える使えないで結構キッパリ分かれてるんだけど、日本はちょっと違うんだよね。ちなみに魔法が使えない魔法族の代表例をあげるなら天皇だね。」

「天皇?」

「そう。天皇の一族は代々魔法が使えない人。でも建国した一族だし、今みたいに魔法族とか分かれてない時代からずーっと政治に関わってるんだから、魔法族の存在は知ってるしむしろ知ってないとダメ。だから所属は魔法族。」

アオバはなるほど~と大きくうなずいて説明をかみ砕きつつ、魔法関係ないのかよ!と変に感じた。

「じゃあ魔法は使えなくてもいいのね?でもそんな簡単に魔法族とか非魔法族とか変更できるの?」

先ほど戸籍にあると言っていたから、色々手続きがありそうな気がする。

「普通は変更できないんだけど、そこはワタクシ頑張ろうかなと♪」

マツリはニッコリ笑って左手を胸に添えた。

「頑張る?どうやって?」

アオバは現状の解決に一筋の光明が差して完全に落ち着くことができた。

落ち着いてくるとお腹が空いてきて、アオバも近くのレバニラに箸を付け始めた。

「魔法族の仕事に転職してもらいます♪」

ピタッと箸が止まる。

「・・・転職?」

「そう!転職♪」

アオバの怪訝な様子とは対照的にマツリは明るくキッパリ言ってくる。

転職とは大事だ。

部屋を出るだけなのにそこまではしたくない。

「わざわざ転職するくらいなら2日間我慢しようかな・・・。」

アオバは難しい顔をして考え始めた。

「待遇はファミレスよりずっといいと思うよ♪」

マツリは相変わらずパクパク食べながら軽い感じで言ってくる。

「どれくらい?というか仕事内容は?」

今の仕事であるファミレスのアルバイトはお世辞にも良い職とは言い難い。

アルバイトという雇用形態である以上、福利厚生に限りがあるし、昇給も多くは見込めない。

とはいえ、アオバには学歴も資格もないので、他の条件の良い仕事に就くことはとても難しい。

もし、今よりいい条件ならチャンスかもしれない。

マツリは食べるのを止めると、一拍おいてから続けた。

「ずばり、陰陽師です!」

沈黙が広がる。

アオバはゆっくりと怪訝そうに質問していく。

「・・・陰陽師?陰陽師ってあの安倍晴明とかの?」

「まさしく!とはいえ、やってもらうのは助手だけどね。」

マツリは再び箸を動かし始めた。

「陰陽師の助手って何するの?」

アオバも倣うように食べるのを再開する。

「助手っていうか、私に個人的に雇われて欲しいんだよね。あたしは群馬支部に所属してるんだけど、人手不足が深刻で、めっちゃ忙しいの。それでちょっとしたことを手伝ってくれる人が欲しかったんだよね~。例えば洗車とか、仕事先での荷物番とか。あとは施設の掃除の手伝いとかね。」

仕事内容はそんなに難しくはなさそうだ。

しかし・・・

「個人的に?」

雇用主が問題だ。

内容的に家政婦と似たようなものだと思うが、なんせ雇い主はさっき会ったばかりの不審者。

とても怪しすぎる。

「まあすぐには返事出せないよね!雇用条件まとめた紙をあとで渡すから検討してみてください♪」

マツリはそう言うと目を細め、口元にうっすらと笑みを残した不気味な表情になって続けた。


「雇用条件も大事だけど、魔法の世界に行けるチャンスだよ。」


今までのヘラヘラとした物言いと違い、低いしっかりとした声にアオバは少し緊張した。

細い目は笑っていない。

少しの静寂の後、マツリはニッコリ顔に戻ると再び食事を再開した。

「これ美味しいよ!食べないなら全部もらっちゃう♪」

軽い調子に戻ったので、アオバは体から力が抜けるのを感じる。

その後は30分ほどくだらない話をしつつ食事をしていた。

魔法関連のことを聞こうとすると、例の国際条約が~とか言って何も答えてくれなかったので、コンビニスイーツや100均グッズなどの本当にくだらない話をした。

「あー美味しかった♪」

一通り食べ終えたマツリが満足そうに言うとのそっと立ち上がった。

「じゃ、あたし帰るわ!雇用条件の紙は後でポストに入れとくね♪」

言いながら隅に置いていたバットを手に取ると、ひょいっと肩に担いて玄関に向かう。

「う・・うん。」

アオバは何と言ったらいいのか分からず、ただ返事をするしかない。

マツリは靴を履き、玄関のドアを開けて外に出る。

ドアを閉める前にまっすぐアオバの方を見てニッコリと笑うと「じゃね♪」と短く挨拶してドアを閉めた。

彼女がアパートの階段を下りていくドスドスという音が遠ざかる。

それを廊下に突っ立ってボーっと見送ると、その日はもう何もする気になれずすぐに寝ることにした。


翌日、起き抜けにコーヒーを飲みながら昨日の食い散らかしの後始末を考えてうんざりしていた時、ドアポストに手紙がストンと落ちる音がした。

ボロアパートなので、ドアの前に人が来れば階段を上がる音で気付くはずだが、そういった音はしなかった。

という事はきっと魔法で届いたのだろう。

例の雇用条件とやらが来たのかと立ち上がって玄関へ向かう。

ダメもとでドアを開けようと試したが、やはり開く気配はない。

諦めてポストを覗く。

中には茶色の長封筒が入っていた。

手に取ってみると下手くそにデカデカと書かれた「雇用条件」の文字が飛び込んでくる。

アオバは軽くため息をつくと、部屋に戻りコーヒーを飲みながら中身を確認した。

条件は下手な正社員よりずっと良いものだった。

だが昨日も思ったように雇用主に問題がある気がする。

気がするのだが・・・何故かふつふつと転職に前向きな気持ちが湧いてくる。

その気持ちは非常に強く湧き続け、しかし冷静にならねばという理性とぶつかって、相当アオバを苦しめた。

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