アオバと現代陰陽師
@french-bull-dog-luv
第1話 赤城神社へ
「こんなの聞いてなーーーい!」
鬱蒼とした山の中。
胸まで届く草と日光を遮る高い木々に囲まれて、アオバの悲痛な叫び声が響く。
今時の若い彼女の格好はこの場にふさわしくない。
ピッチリとしたブルージーンズに袖丈や着丈が短さの限界にチャレンジしたようなTシャツ。
さらに足はペッタンコの夏サンダルという、街歩きならいざ知らず、決して山の格好ではない。
「あと少しだよ!多分。」
彼女の前を行くマツリの低い声が答えた。
180cmはあろうかという大女で、右手のバットをブンブン振り回して草をなぎ倒し、それをどしどし踏んで道をつくっていた。
ベリーショートとがっしりとした体つきはプロレスラーのようでかなり迫力がある。
彼女の格好も山歩きとは程遠い。
ダボつき気味のストレートジーンズに半袖パーカー。
値が張りそうなごついスニーカーを履いて、右手のバットをブンブン中。
左手に白地に紺の水玉模様の風呂敷包みを持っているが、ファッションと不釣り合いで浮いていた。
「多分て本当!?そろそろ一時間くらい経ちそうだけど!草ばっか!道さえないんだけど!」
今にも泣きそうな声でアオバが吠える。
「ここ道のはずなんだよ。4か月ぶりだから草ボーボーになっちゃったけど。」
マツリは全然気にしていない風にサラッと答えた。
さらに続けて
「この仕事、こういうこと多いから頑張って慣れてね♪」
などとまぁるいお相撲さん顔をニッコリさせてのたまう。
「絶対無理!」
アオバはいよいよ泣きそうな顔ではっきり叫び切った。
高い木々のおかげで日陰ではあるが、まだ残暑厳しい9月なので汗だくだ。
ここまで来たのもマツリの運転だったので、帰ることは出来ない。
彼女に付いていくしかないのだ。
はぁ~と深いため息をつき、重い足をまた一歩踏み出した。
「(なんでこんなことに。)」
強い後悔と共に昨日を思い出す。
ガラガラっとレトロなガラス張りの引き戸を開けるとまぶしい日差しが差し込んできた。
アオバは一歩外に出てひと伸びすると、肩にかかる茶髪を手に持っていたゴムで後ろに一つ結びした。
下はスウェット、上はいかにも部屋着用といった猫のイラスト入りTシャツ、そしてサンダル。
扉を閉めると家の前の坂道を登り始めた。
彼女の家は木造二階建てで、正面に引き戸四枚分の広い間口があり1階は店舗になっている。
間口の上には「温泉まんじゅう」の大きな看板がドカーンと打ち付けられていた。
いわゆるお土産屋さんというやつだ。
見れば清水寺の参道よろしく道の両脇に同じような建物が大小並んでいる。
しかし、どの店も空き家状態なので異様な光景だ。
ちなみにアオバも住んでいるだけでお店をやっているわけではない。
ここは北山村。
近くには浅間山で知られる嬬恋村がある。
ぽつんと一軒家ならぬぽつんと一村状態の隔絶された山村だ。
この坂道の先に古い神社があり、元々はその神社と村の温泉を使って観光地化しようとしたらしい。
何が理由かは知らないが、それがとん挫したため廃村状態になったという。
建物は完璧に完成した状態なので、これを放棄したということは相当なことが起こったに違いない。
今ではマツリによって連れてこられた何人かが住んでいるだけだ。
この村は彼女が許可をした人しか住むことができない。
しばらく坂道を登っていると「永楽屋」の看板がかかった建物にさしかかる。
「アオバ!」
ふいの幼い声に周りを見渡すと、永楽屋の閉まっている引き戸を魔法のようにすり抜けて一匹のトラ猫が出てきた。
というか魔法である。
「タマちゃん!」
出てきたトラ猫を抱っこして話しかける。
「何してたの?」
腕の中の彼は嬉しそうな表情をしている。
「ネズミ捕ってた!」
「ネズミ・・・。」
アオバは苦笑いする。
多くの人がそうであるように、アオバも害虫や害獣は大嫌いだ。
「捕れた?」
「うん!二匹とったよ!」
褒めて褒めて!という勢いでキラッキラの眼差しを向けてくる。
「そ・・そうか~。すごいねー。」
必死で笑顔を作るが、目線は仕留めたときに使ったであろう口元に行ってしまう。
とても可愛いのだけれどその口でやっちまったのだろうな~と思うと複雑だ。
「アオバはどこ行くの?」
頭をコテンと傾けてあざと可愛く聞いてくる。
「マツリのとこだよ~。」
可愛さに耐えられず顎下をクイクイと撫でると、タマちゃんは目を細めて気持ちよさそうにした。
「一緒に行っていい?」
「いいよ~。」
アオバはタマちゃんを抱きなおすと、マツリの待つ温泉宿へ向かった。
坂道の先には神社へ続く長階段があるが、その手前の左手にさらに上へ続く坂道が続いている。
そこを5分ほど登り続けると視界が開け、マツリの住んでいる温泉宿が出現する。
「着いたー!」
アオバは息を整えながら言った。
ただでさえ坂道を登るのは大変だが、途中からタマちゃんを抱っこしているのでかなりきつかった。
宿の前の広い駐車場には日産の白いキャラバンが一台だけ、真ん中に線を守らず乱暴に止められている。
温泉宿は木造3階建ての古き良き日本建築だ。
建物の屋根や柱は全体的に濃いブラウン基調で、そこに整然と並んだ障子の白が映えている。
いや正確には映えていた、だろう。
今は無造作に取り付けられた大小のソーラーパネル達が、景観を思いっきり損ねて見るも無残な有様だ。
入り口の自動ドアは開けっ放しにされており、中に入るとまた和風な内装の玄関ホールが広がっている。
外と同じで階段や柱などの木材部分は濃いブラウン、壁は土壁となっていた。
アオバは玄関ホールの突き当り右の階段に向かう。
電気が来ていないので入り口からの光だけが頼りだが、階段は完全に日が当たらないので昼間でも真っ暗だ。
ポケットから小型ライトを取り出し、それを頼りに登っていく。
3階に着くとこれまた真っ暗な廊下が左右に広がっていた。
これを右方面にまっすぐ進んで一番奥の部屋を目指す。
客室のドアは洋式ドアで、やはりここもカギはかかっていない。
部屋を開けるとすぐ小上がりの小さな玄関があり、そこで靴を脱いで居室につながる襖を開けた。
「マツリ、おはよー。」
襖を開けると8畳の和室となっており、入って左手の壁沿いに冷蔵庫や大きな本棚、洋服やその他の小物を収納するメタルラックがずらっと並んでいる。
グレーの敷物の上に長方形の大きなこたつがあり、その上はカセットコンロや飲み終わった缶、ノートパソコン、競馬新聞、カップ麺のごみなどが雑然と置かれていた。
今は夏なのでこたつ布団はないが、床には洋服や何だかわからない物がとっ散らかっていて、冬になってもこたつが使えるかは甚だ疑問である。
右手の壁には開けっぱなしにしてある押し入れがあり、中にはプラスチックの収納ケースが何個も積みあがっていた。
押し入れとこたつの間に布団が敷かれてあるが、アオバはこの布団が押し入れに入っているところを見たことがない。
おそらく万年床だろう。
窓際にはソーラーパネルとつなぐ重量級のごついポータブル電源が5台設置され、そこから線が何本も伸びている。
部屋の中は差し込む日差しとそこかしこに取り付けられたライトが点灯していて明るかった。
そして何より涼しい。
窓の上に取り付けられたエアコンが全力で稼働している。
ここのポータブル電源はほぼエアコンのためにあると言っても過言ではない。
この汚部屋の主であるマツリは布団の上でこたつに向かってスマホをいじっていた。
「おーおはよー。タマ様も一緒じゃんw」
マツリが顔を上げて笑いながら答える。
ダボっとしたジャージ姿でパッと見では男性に見えてしまう。
「永楽屋のところから一緒にきたんだよ。」
アオバは言いながらタマちゃんを下におろした。
「マツリ!ネズミを二匹捕まえたよ!」
タマちゃんはピョンとこたつの上に飛び乗ると、散らかってるものに臆することなく、思いっきり踏みながら倒しながら落としながらとマツリの前に行ってお座りした。
「マジっすか!相変わらずいい仕事ぶりっすねぇ~!ネズミは建物をダメにしますからね。もしダメになったら新しい人呼べなくなっちゃいますからこれからも頑張ってください♪」
マツリはいつものお相撲さんスマイルでよいしょする。
「まかせて!来たついでに旅館のネズミとってくるよ!」
「お願いします♪」
そう言うとタマ様はピョンとこたつから降り、入ってきた入り口に向かってスッと消えていった。
「可愛い神様だよね~。」
アオバは微笑みながらタマちゃんの出ていった後を見て言った。
「見た目に騙されんなよ~?油断して下手な約束なんかすると普通に命落とすこともあるから気を付けてね。」
マツリはニヤニヤしながら軽い調子で忠告してくる。
「わかってるって。でも本当に可愛いよね、タマちゃん。見た目もだけど素直ないい子だし。」
「アオバはお気に入りだからな~。タマちゃんとか普通呼べないよ?まあ、神様に気に入られるのは良いこっちゃ♪」
アオバははにかみ笑いした。
タマちゃんことタマ様はこの村の坂上の神社に祀られた神様である。
北山村が拓かれた時に村の繁栄を願って祀られたらしい。
アオバはタマ様が何故動いたり会話したり出来るかという原理は分からなかったが、多分なんかの魔法だろうとさして気にしていなかった。
ちなみに姿についてだが、別に猫の神様というわけではなく、トラ猫姿で現れると村人に可愛がってもらえたのでその姿で現れるようになったのだとか。
「それで今日は何するの?」
言いながら床に散らばったものを除けて、自分の座る場所を確保する。
「今日じゃないんだけど明日出かけることになったよ。赤城山に行く。」
アオバの前のこたつの上を軽く片付けながらマツリが言った。
「赤城山?」
赤城山は日本百名山にも数えられる、群馬を代表する山の一つだ。
一応、活火山とされているが噴火の兆候はなく、根拠とされる鎌倉時代の噴火記録が怪しいため違うのではないかと言われている。
「そう。赤城山の赤城神社の大掃除。担当はあたしの兄弟子なんだけど、仕事中に大けがして寝たきりになっちゃったから代わりにあたしが管理してんだよね。」
アオバは寝たきりと聞いて思わず顔が引きつる。
「寝たきりって・・・。この仕事、本当に危ないんだね。」
「ん~でもそんなに命がけの仕事はないと思うよ。・・多分。」
神妙な面持ちで聞いたが、マツリは全然といった風に答えた。
「多分じゃダメじゃんw」
マツリと話していると話している内容が深刻でも軽い感じに思えてしまうので気楽だ。
「まあ、そこは運次第よね。本当に。」
マツリはニヤニヤして言うが、アオバは苦笑いだ。
「でも大掃除か~。ここ(北山村)みたいに保存魔法かければいいじゃん。」
「かけてあるよ。でも建物が保存されててもほこりは積もるし、草は伸びるから掃除は必要。」
「あぁそっか。」
アオバが初めて北山村に来た時にも建物に傷みはなかったが、部屋の中が埃まみれだったのですぐには住めなかったことを思い出した。
「そそ。だから明日は動きやすい服装でよろしく!あと一日では終わらないと思うから現地でキャンプするんで3日分くらいのお泊りセットも用意してね。」
「3日!?そんなにかかるの?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
3日ともなるとかなり広範囲の掃除ということになる。
「多分それくらいかかると思う。外の草を刈って除草剤を撒くだけで1日終わっちゃうと思うんだよね。」
マツリは眉間にしわを寄せ、斜め上を見て思い出しながら考えている様子。
なんだか重労働の予感である。
「大掃除だからね。しかも4か月放置のお買い得セット♪」
「そんなセット要りません!」
いつものニッコリ顔で言われたが全然うれしくない。
「お泊りセットってごはんとかも?」
アオバは何が必要かを考えながら質問する。
「あ、そういうのは大丈夫。服とお風呂セットがあれば大丈夫だよ。」
「OK分かった。」
思ったより少ない荷物で済みそうだ。
近くに宿泊施設でもあるのだろうか。
その時は深く考えなかった。
「神社まではちょっと歩くけど30分ちょいで着いちゃうから大したことないと思う。」
「30分ちょいって結構歩かない?キャリーケースにしようと思ったけどリュックの方が良いか・・・。」
悩んでいるとマツリが得意げな顔して言った。
「ご心配なく!そこは風呂敷の出番ですよ♪」
「風呂敷?」
「そうそう。これよこれ。・・・・あれ、どこだ?」
マツリはメタルラックに風呂敷を取りに行ったが見当たらなかったらしい。
ラックの上をガチャガチャかき回しているがそれでも見つからないようだ。
「も~片づけないからだよ。どんなやつ?」
「白地に紺色の水玉模様のやつ。・・・あれ?マジでどこいった?」
アオバも立ち上がりこたつ周りを探し始める。
放ってある雑誌や新聞をまとめながら進むと、その下から敷かれてぺったんこになった例の風呂敷が出てきた。
「あったよ!」
「あー!それそれ!」
マツリに風呂敷を手渡すと彼女はそれを広げ始めた。
白地だがところどころにシミがついていて、使い古してあるせいか若干黄ばんでいるような気がする。
「この風呂敷に荷物を包んでくってこと?」
「そう。見ててね。」
そういってマツリは床に雑に風呂敷を広げた。
広げたと言っても大きすぎたので、端をかなりの長さぐしゃぐしゃっと乱暴に折り曲げていた。
次にこたつの上からカセットコンロを片手でひょいと持ち上げると風呂敷の上に置く。
途端にカセットコンロはシュルシュルと小さくなっていき、ミニチュアサイズになったところで止まった。
「え!なにこれ!すごい!」
アオバは目をキラキラさせて声を弾ませる。
「で、これを戻すと・・。」
今度はミニチュアコンロを風呂敷から取り出して元のこたつの上に置いた。
5秒ほどして今度はシュルシュルと元の大きさに戻ってゆく。
「すごいすごい!めっちゃ便利じゃん!」
魔法の世界ならではのアイテムに興奮が収まらない。
「縮小風呂敷っていうの。まあそのまんまだね。あたしのは1/30に縮小するタイプ。重さも1/30になるから本当に便利♪」
「重さも?ねえねえ、これ欲しい!」
「同じやつだと7万くらいだよ。サイズが小さかったり縮小倍率が低いやつはもっと安いよ。」
「7万・・・?」
一瞬にして興奮が冷める。
風呂敷なんて百均にも売っているものなので、魔法アイテムとはいえ、そこまで値が張るとは思ってもみなかった。
「高めだけど引っ越しとかに使う人が多くて結構みんな買ってるよ。その分中古とかも出るからネットオークションで探してみたら?」
中古があると聞いてアオバの表情は再び明るくなった。
1万くらいで買えないだろうかなんて甘い期待を抱く。
「上限の重量が決まってるから選ぶときには注意ね。このタイプは1トンまで大丈夫。ただ風呂敷に対してあまりにも大きすぎるのはうまく縮小できなくて失敗することがあるからサイズも注意。ちょっとはみ出すくらいなら平気だけど、もし失敗すると一部分だけ縮小しちゃって家電とかバッキバキに壊れるから。」
「1トンとか家一個分の荷物が入っちゃうね。」
1トンの荷物量がどれほどのものかは想像できなかったので、マツリのより下の性能で十分な気がしてきた。
しかし沢山入るのは良いが、一つ気になる点がある。
「でも風呂敷自体が大きくて持ちにくくない?」
そう、大きさだ。
端がグシャグシャに折られているので正確には分からないが、目の前の風呂敷はアオバが縦に余裕で収まるくらい大きそうだ。
そんなサイズでは風呂敷包にして手に持って歩けば地面にズッてしまうに違いない。
「ふっふっふ。勿論それも大丈夫♪これは2m×2mのやつなんだけど、見てて。」
マツリは風呂敷の端の角をつまむと中心に向かってひょいっと投げた。
すると風呂敷が勝手にだんだん小さくなりながら端と端が蝶々結びして、最後にはよく見る丸っとした適度な大きさの風呂敷包みになった。
「風呂敷のこの角の端だけ染まってるでしょ?この角を中央に向かってひょいってやるとどんなに中身が入っててもこの形になってくれるんだよ。このサイズなら持っていけるでしょ?」
アオバは実際に見せながら説明してくれるのを感心ながら聞いていた。
「やばい、マジでほしいかも。」
マツリを見てそう言ったアオバの顔には満面の笑みがある。
「いろんなサイズとか柄があるから調べてみると良いよ。明日はこれにキャンプとか大掃除の道具を包んで持ってく予定。」
「了解!早速調べたいからパソコン借りていい?」
「いいよ~。縮小風呂敷で検索してみて。メーカーは桂繊維ってとこがおすすめ。ローマ字でKATSURAって入れてごらん♪」
アオバはこたつに戻ると早速ノートパソコンを開いた。
場面は戻って山の中。
アオバの心の中でマツリへの恨み節がぐるぐると暴れまわる。
山登りするなんて聞いてない!
30分ちょっとなんて嘘ばっか!
辿り着く前に倒れそう!
てかこのあとで大掃除とか無理じゃない!?
昨日の雰囲気からこの苦行は想像できるはずもなく、てっきり車で行けるもんだと思っていた。
「こんなすごい所なら言ってよね!そしたらちゃんと用意してくるのに!」
サンダル履きで来たのは本当にまずかった。
歩きにくいのは勿論、けがをしそうでちょっと怖い。
荷物はマツリに渡してあるので手持ちは飲み切った空のペットボトルだけだが、そのペットボトルでさえダンベルのように重く感じる。
「ごめんごめん。こんなに草がすごいとは思ってなくってさ。油断しちゃった♪」
「油断しちゃった♪じゃないよ・・・。もう死にそう。」
何度目か分からないため息をついて、必死に一歩を踏み出す。
「本当にあと少しだから頑張って♪」
もう返事もしたくない。
「あ!ほら!見えたよ!」
突然言われたので反射的にマツリが指さす方向を見ると確かに赤い鳥居が建っている。
「え?いきなり?」
一歩前に上を見た時には何もなかったはずなのに、今ははっきりと結構な大きさの鳥居が20mほど先にデーンと見えている。
こんな大きさならもっと下からでも絶対に見えていたはずだ。
「ここは隠された場所だからね。来るべき人が来た時にしか出現しないようになってるんだよ。」
さすが魔法。
ゴールが見えると気持ちが少し楽になる。
二人は草をかき分けて鳥居の前まで来ると一礼して中に入る。
入った瞬間、背の高い草に囲まれたこじんまりとした神社が目に飛び込んできた。
鳥居の外からは森の風景しか見えなかったのに・・・と回りを見渡すと、透明な壁のようなものが神社を四角く囲っているような気がする。
「この結界の内側と今登ってきた道をきれいにして帰るんだよ。」
結界。
なるほど、これも魔法なのねと納得だ。
マツリは登ってきた時と同じように草をブンブンドシドシしながら結界の隅の方へ向かっていった。
「ここにテントを設置しよう。」
そう言ってマツリは草むしりしてスペースを確保し始める。
アオバも同じように手伝った。
「了解。てかやっぱり草がすごいね。」
「夏だからね~。5月に使った除草剤は持続効果のないやつだったみたい。知らないで撒いちゃってこんな有様だわw」
明るく言ってるが呆れてしまう。
「そこ大事なとこでしょ!もう!あーシャワー浴びたーい。」
シャワーと言って、アオバはふと思った。
「てかここ水きてる?」
登ってきた悪路に水道管が通っていたとは思えない。
テントをたてるという事はここに泊まるという事。
銭湯が近くにあったとしても、お風呂のためだけに山を上り下りするとは考えにくい。
てことはお風呂入れないってこと?
いや、お風呂セットを持ってくるよう言われたし・・・。
一瞬の間に頭の中に不安と疑問がドバッとあふれ出してくる。
「水はお風呂と一緒に持ってきてるから大丈夫♪」
「持ってきた・・・?」
怪訝な顔をして聞き返す。
お風呂を持ってくるって意味が分からない。
あの風呂敷に包んだってこと?
でも小さくするだけだから水はこぼれてしまうのでは?
袋に入れて口を縛ったとか?
険しい顔で再びグルグル考え込んでいると、そんなアオバの様子が面白かったのかマツリが笑って言う。
「まあまあ、ちょっと待ってね♪」
マツリはあの風呂敷を解いて広げた。
中にはミニチュアサイズになった様々なものがガチャガチャと入っており、なんと冷蔵庫まで入っていた。
「冷蔵庫まで持ってきたの?」
「持ってきたよ!アイス食べたいもん。見て見て、こんなミニチュアでもちゃんと冷えてんの♪」
そういってミニミニな冷蔵庫をパカッっと開いて見せてきた。
この冷蔵庫は魔法製品で、電源がなくても中を冷やし続ける非常に便利な冷蔵庫だ。
魔法には有効期限があるらしく、期限が来たらメーカーから追加魔法を購入しないといけないらしい。
「なんか可愛い!てか風呂敷から離しても元に戻らないんだ?」
「うん大丈夫。地面とかに設置しないと魔法が解けないようになってるから。流石に離した瞬間に戻ったら怪我する人が続出すると思うよ。」
呆れたニヤニヤ顔で言ってくる。
「確かに。」
「えーっと、どこかなー。」
マツリは冷蔵庫を戻すと再び風呂敷を漁り始め、目的のテントを取り出した。
「ジャーン!ドイツからの輸入品です!」
そういってカーキ色のミニチュアテントを掌に乗せて見せてくる。
「ふーん。これ魔法のテント?」
「勿論。まあ説明は直接見るのが早いから設置しちゃうね。」
ミニチュアテントを地面に置くと昨日見たカセットコンロのようにスルスルと元の大きさに戻っていく。
テントはどういう風に畳まれているのかは不明だが、棒状の芯に巻かれるような感じで長細く巻物のように畳まれていた。
マツリはそのテントを持ち上げると、どちらが上下かを確認してから地面に縦に突き刺して離れた。
数秒ののち、突き刺さったテントは自動的に組み立てが開始され、ものの1分ほどでアオバの背丈と同じくらいの三角テントが立ち上がった。
「普通のテントっぽい。それにあんまり大きくない気がするんだけど・・・?」
「中に入ってみればわかるよ♪」
不思議そうにアオバはテントへと向かい、入り口のチャックを開けてみる。
「えー!ヤバッ!なにこれ!?」
中に入ると驚いた。
テントの中は外からは想像できない広さだ。
入ってすぐは玄関になっており、靴を脱いだ先には十畳ほどのフローリングの洋間が広がっている。
押し入れが一つと隅には簡易キッチンがありIHの二口コンロと流しが設置されていた。
左手の二つのドアは片方はトイレ、もう片方は脱衣所とその先のお風呂につながっている。
テントというよりアパートの一室だ。
「どう?すごいでしょ?」
入り口を狭そうにしながら、マツリがのっそりと入ってくる。
「すごい!これ本当にテント?」
「”魔法の”テントです♪」
マツリはえっへんというように答える。
「えーこれも欲しいー。」
「魔法のアイテムが何でも欲しくなっちゃう病かな?」
面白そうに笑いながらマツリが茶化しつつ続ける。
「気持ちはわかるけどこれは結構高いよ。」
風呂敷が7万の世界だ。
これだけ大きな物ならそれなりの額になるだろう。
「いくら?」
「450万。」
「450万!?」
思ったよりも高い!
車が買えてしまう。
「そもそもドイツの現地価格でも2万ユーロはする高級品なんだよ。そこに輸送費+日本仕様への改造で結構掛かるんだよね。玄関つけたり水のタンクつけたり、充電池つけたりってね。西洋魔法なら杖の一振りで水とか火とかつけれるけど日本人には出来ないからそいう設備を取り付けなきゃいけないわけ。」
「それでこんな価格に・・・。流石に高すぎて手が出ないかも。」
改めて内装を見渡して考える。
外国の家仕様だったら靴は脱がないし、トイレとお風呂が一緒になっていたりするかもしれない。
きっと内装はほとんど全てを取り替えたに違いない。
確かに結構かかりそうだ。
「この仕事続けていけばすぐ買えるよ♪・・・死ななければ♪」
「最後が不穏なんですけど!?」
マツリは笑いながら風呂敷から部屋に置くものを取り出し始めた。
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