第17話 散々な帰り道
帰り道は最悪だった。
勿論階段のことである。
行きの下りと違い、帰りの上りは地獄。
何度見上げても、先が真っ暗な階段が続いているだけ。
終わりが見えないという事があれほどつらいと感じたことはない。
やっとの思いで登り切った時には足がガクガクしてまともに歩けないほどだった。
「隣でちょっと休んでから戻ろうか♪」
マツリの気遣いが本当にありがたい。
二人はだだっ広い隣の畳部屋へ移った。
マツリは入ってすぐエアコンを作動させると、ど真ん中に仰向けにデーンと寝転んだ。
アオバもその隣で足を伸ばして座る。
「はあ~疲れた!あの階段きつすぎ・・・。もう足がヤバい。エレベーターつけて欲しい。」
ぐったりするアオバをマツリは笑った。
「運動不足だなあ~♪何度も行くことになるから頑張って体力つけないと♪」
またあそこに行かないといけないなんて、疲れが倍になった気がした。
「はあ~マジかあ。私もランニング始めようかな・・・。それにしてもあの洞窟すごかったね。洞窟っていうか水晶?奥のおっきい宝石。」
アオバは先ほどまでの光景を思い出す。
「あそこは占処(うらないどころ)って言って、この国一番の占いをする場所。あの水晶は未来を映すモニターみたいなものだね。日本は水晶の名産地なんだけど、その中でもあれは別格。世界三大水晶の一つなんだよ。」
「世界三大水晶?確かに大きさすごかったもんね~。」
あの神々しさは世界レベルなのか。
確かに物凄い感動だった。
少しの間二人とも無言になり、エアコンの涼しい風を感じる。
「聞いてた通り3日後に利根川で仕事だから準備しといてね。まあ準備って言っても、いつも通り動きやすい恰好くらいしかないけどさ。」
「除霊するの?」
マツリはんーと少し考え込み、悩みながら答えた。
「除霊って言うか・・・んーなんて言うんだろう。ただ魔法を解除するだけなんだよね。そうすると留まっていた魂が解放されて、本来行くべきところに行けるようになる。」
「行くべきところっていうのはあの世ってこと?」
「それは分からない。昔の伝承なんかでは色々言われてるけど、どれも科学的根拠はないしね。あたしらはただ鎖を壊して自由にさせて、後のことは自然に任せてるだけ。」
アオバは陰陽師があの世について知らないというのが意外だった。
天国や地獄に行き来出来たりするとさえ思っていたのだ。
マツリが話を続ける。
「色んな創作物で陰陽師は死後のことを知ってるみたいに描かれるけど、実際はみんなと一緒。自分が死んでみないと分からないのは同じだよ。」
アオバはへえ~と頷き、陰陽師というのが思っていたよりもずっと自分と同じ感覚の人間であることを理解した。
「3日後に色々見れるよ。流石に魂を見れるなんてのは初めてだろうしね♪」
アオバは不謹慎だが少し楽しみに感じた。
話していると突然、誰かが屋根付き廊下をこちらに向かって歩いてくる音がする。
マツリも流石に起き上がり、中央間口の方を見る。
すると、初老の男が部屋へと入ってきた。
夏なのに白い長袖Yシャツで下は黒いスラックス。
ガリガリの男で肩まで伸びた黒髪にフチなし眼鏡をかけている。
顔は骨ばっていて肉が少なく、骸骨の形が分かってしまいそうだ。
男は二人を嫌悪の眼差しで見ると、きつい口調で怒鳴りつけてきた。
「何やってんだ。ここはお前らの部屋じゃねえ!とっとと出てけ!」
あまりの物言いにアオバはムッとしたが、マツリを見ると軽蔑の眼差しを向けていることに気付く。
こんな表情をしている彼女は見たことがなく、少し怖いとさえ感じた。
マツリは冷ややかな声色で返答する。
「鈴木さんお疲れ様です。あたしらの部屋でもないですけど、使っちゃいけないとは言われてないんで問題ないっす。」
マツリの生意気な返答に鈴木という男はブチ切れた。
「てめえなんだその物言いは!何様だコラ!」
しかしマツリは一歩も引かず、勢いよく立ち上がると相手に近づきつつ怒鳴り返す。
「あんだよクソジジイ!やんのかコラア!」
アオバは男に対してムカついていたが、喧嘩になりそうな現状に流石に焦りだす。
人を呼びに行くべきだろうか。
地下に行くより向こうの屋敷にいる師匠の奥さんを呼ぶ方が早いか。
そんなことを考えていると、突然ハツさんの厳しい声が響く。
「そこらへんにしときな。ゼンジ。早く下においで。」
アオバはキョロキョロと見回したが彼女の姿はない。
声の止んだ後もしばらく二人は睨みあっていたが、鈴木は大きな舌打ちをするとフンッと鼻を鳴らし、隣の部屋へと向かっていった。
彼がダンッと乱暴に襖を閉め、階段を下りていく音が聞こえると、マツリは大きなため息をついて全身の力を抜いた。
「・・・今の誰?」
アオバはそっと聞いた。
「鈴木ゼンジ。常桜殿て組織は占女たちの下に陰陽師がいる構図なんだけど、その陰陽師の3人のリーダーの一人。」
ということはすごく偉い人だ。
そんな人に対してマツリはあんな物言いをしてしまって大丈夫なのだろうか。
「あいつはくそ野郎なんだよ。みんなに嫌われてる。男尊女卑がすごいから女性陣からは特に嫌われてる。アオバも関わっちゃダメだよ。呼び出されても無視していいから。」
なるほど、性格に難があるのか。
しかしリーダーを無視しても良いとは、本当に大丈夫なのか不安になる。
「でも一応リーダーなんでしょ?流石に無視はまずくない?」
おずおずとアオバが聞くと、マツリは首を横に振って答える。
「あいつは仕事が出来ないし、思いやりの心もない最低野郎なの。あいつの命令とか聞いちゃうとマジな話、命に関わる。もし無視してトラブってもあたしの師匠に頼めば何とかなるから平気。師匠はあいつと同じリーダーの一人だからね。」
聞いていたお師匠さんがリーダーだったとは。
確かにそれならどうにかなるかもしれない。
アオバは分かったと頷いた。
二人は休み続ける気になれず、そのまま部屋を出て帰ることにした。
廊下を歩きながらふと気になったことを質問する。
「そういえばあの人には苗字があるんだ?」
アオバはこの仕事に就いた時に、自分の苗字を使わないようきつく言われた。
なんでも、魔法において名前というのは非常に大切なもので、それを相手に知られると操られたり呪われたりすることもあるらしい。
群馬支部の人達は、仮の苗字で「郡島」と名乗ることになっている。
県名の読みが入っているのが特徴で、アオバの部屋に押し入った斉藤さんは埼玉支部の陰陽師だから「さい」が入っていたのだ。
先ほどの男は鈴木ゼンジと言っていた。
47都道府県に「すずき」の一部が含まれる読みは無い。
という事は、鈴木というのは本名なのだろうか。
「本名ではないよ。3人のリーダーは分かりやすく日本のトップスリーの苗字を使うの。「佐藤」と「鈴木」と「高橋」だね。あたしの師匠は高橋マツオっていうんだよ。」
やはり例外なく苗字は隠す決まりのようだ。
アオバは今後のために覚えておこうと、頷きながらお師匠さん名前を小さく復唱した。
「師匠にはその内会う日がくるよ。今は長野に応援に行ってるからいないけど。」
そういえば奥さんとの電話で言ってたなとアオバは思い出した。
「さて!用事も終わったことだし、切り替えて観光に行きましょう♪」
マツリがいつもの笑顔に戻ったのでアオバもホッとした。
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