第18話 タヌキの商店

翌日、いつものようにマツリの旅館で朝食を食べる。

今日は言っていた通りタヌキの商店に行くらしい。

「アオバの反応が楽しみだな♪」

山盛りご飯の丼を片手にマツリが笑っている。

ミライは仕事のある日は朝食を先に済まして出勤するので今日はいない。

「佐々木さんは化けダヌキって言ってたけど、人間に化けたりするの?」」

アオバもご飯茶碗片手に漬物をつまみつつ質問する。

「するよ!じゃないと人間相手にお店なんて出来ないからね♪」

良く考えればその通りだ。

コミュニケーションが取れなければお金のやり取りが出来ない。

「そもそもなんでタヌキがお店なんてやってるの?」

一番の疑問だ。

あんたがたどこさ♪でも歌われるように、人間はタヌキの敵のはず。

にも拘らず、あえて商売をするのには余程重大な訳があるに違いない。

「ご飯買ったり病院に行くためだよ。人間と一緒。」

マツリはさも当たり前のように答えた。

「ご飯!?病院!?タヌキが?」

アオバは目を丸くして驚いた。

そんな人間みたいなお金の使い道だとは思ってもいなかったのだ。

「そうだよ?商店やってるようなタヌキがいる地域では結構見るよ。スーパーで買い物してるタヌキとか、動物病院の待合室で待ってるタヌキとか。」

アオバはタヌキが買い物カートで爆走したり、病院待合室の椅子にちょこんと座ってうなだれている姿を想像してしまった。

「え、ちょっと見てみたいかもw」

何だか化けダヌキというのはコミカルな生き物のような気がする。

「まあ楽しみにしてて♪」

マツリはパクリとご飯の大きな一口を放り込んだ。


食事を終えると、ルーティンである片付けと掃除を済ませ、いつものキャラバンに乗り込む。

二人が乗り込んですぐ、マツリのスマホがメッセージを受信した。

マツリはそれを確認すると顔を思いっきりしかめて、ウワッと小さな声でつぶやいた。

「どうしたの?」

心配そうにアオバが尋ねる。

「先輩からタヌキの商店で欲しいものがあるから買ってきてって言われた。」

マツリはうーんと難しい顔をして唸っている。

先輩というのは初めて聞いた。

陰陽師は基本単独で仕事をするためか、アオバはマツリの仕事の人間関係をあまり知らない。

一体どういう人なのだろうか。

マツリは大きなため息をつくと、スマホを車に備え付けられた充電器に繋いで傍らに置く。

「明日先輩のとこに行かなきゃいけなくなった。これを分かっててハツさんは言ってたのか・・・。」

ハツさんと聞いて前日の会話を思い出す。

「もしかして先輩っていうのはマリコさんて人?」

「そう。」

マツリは車を発射させつつ返事をした。

「陰陽師になるための訓練をしてくれたのが昨日話した高橋マツオ師匠。陰陽師になった後に教育係としてついた占女がマリコ先輩。」

「先輩って陰陽師じゃなくて占女なんだ?」

「基本、陰陽師は占女の指示で動くからね。最初の頃は経験が浅いから専属で当てがわれて、彼女たちに助けてもらうんだよ。」

言いながらもマツリは浮かない顔だ。

「あまり会いたくなさそうだね。」

アオバが聞くと、マツリはさらに苦々しい表情になった。

「訳アリなんだよね。ちょっとめんどくさい人なんだわ。」

アオバはふーんと頷き、沈んだ空気を断ち切るべくこの話を終わらせた。


車で10分くらい走り、側道に入って山を登る。

5分くらい進んだ所でトタンで囲われたボロボロの小屋が見えてきた。

その隣の拓けた所に適当に駐車して、二人はその小屋へ向かって歩き出した。

小屋は八百屋さんのように広い間口で、手前から奥までサイズも種類もバラバラな机がいくつも置かれており、その上に商品が置かれていた。

動物の骨に昆虫の死骸、山菜や木の実をつなげたネックレスやブレスレットなどの他に、葉っぱの包みやその辺に落ちてそうな石などよく分からないものが並んでいる。

布や段ボールの切れ端に数字が書かれていて、おそらくそれが値段と思われた。

5円、10円とどれも安く、アオバでも相場観のある山菜は破格に安いと感じた。

店内には2匹のタヌキが居て、片方はキノコの入ったいびつな木の籠を前足と頭を使って器用に押しながら通路を進んでいた。

アオバ達が近づくと2匹とも顔をこちらに向けて、手前の何もしていなかったタヌキがこちらに近づいてくる。

タヌキは手近な台のバッタの死骸を手に取るとパクッと食べてしまった。

アオバは呆気に取られてそれを見ていると、食べ終わったタヌキがフゥと一息ついたと思ったらポンッという音とともにたちまち人間の男性に変身した。

「いらっしゃいませー。」

タヌキもとい男性はへにゃッとした笑顔で挨拶する。

面長でぼさぼさの黒い短髪。

笑うと目が無くなってしまうような一重である。

服装はタヌキの模様がそのままプリントされたような長袖長ズボンで靴ははいておらず裸足だった。

「あ、え?あ、こんにちは。」

アオバはいきなり目の前で起こったことが脳で処理しきれず、変な返事になってしまった。

彼は相変わらずへにゃり笑顔でこちらを見ている。

「久しぶり♪元気してた?」

マツリの明るい声が後ろから響く。

「久しぶりー。元気だよー。新しい人ー?」

「そう!アオバっていうの。非魔社会(ひましゃかい)からこっちに来たから分からないことだらけなんだよね。今は変身に驚いてるみたいだよ♪」

彼はそれを聞いてハッハッハと笑い出し、アオバに向き直った。

「変身はじめてなのー?すごいでしょー?」

言葉の最後を伸ばすのは彼の癖みたいだ。

マツリがのそっとアオバの前に出てきて店内を見回すと彼に尋ねた。

「虫よけの粉ってどれくらいある?出てるだけ?」

「奥にもっとあるよー。父ちゃん、出してあげてー。」

彼は後ろの台に前足で一つずつ一生懸命にキノコを乗っけているタヌキに声をかけた。

父ちゃんという事は親子でお店をやっているということか。

お父さんタヌキはこくんと頷くと店舗の奥へと走ってゆき、マツリもその後を追った。

アオバはおいてかれて少し焦ってしまう。

なんせ、このお店の商品は何に使うのか見た目から判断出来ないものばかりで、買い物しようにも無難に買える物は本当に山菜やキノコくらいしかない。

そんな事情を知ってか知らずか人間タヌキは話しかけてきた。

「何を買いに来たのー?」

それはアオバも知りたい。

正直ただ行ってみたかっただけというのが殆どで、既に割と満足していた。

アオバは一瞬悩み、とっさに佐々木さんとの会話を思い出して、彼に聞いてみた。

「えーっと・・・山歩き用のグッズ?みたいなのってありますか?」

人間タヌキはあるよーと言って店内の商品をいくつかピックアップして持ってきた。

「これが虫よけの粉と木登りの粉ー。こっちが水探しの棒ー。それでこれは毒抜きの薬ー。」

そう言って見せてきたのは、粉が包まれているであろう葉っぱ包みと、そこらに落ちてそうな木の棒。

最後の薬だけ薬局で貰う薬のように個包装されていた。

名前からなんとなく使い道は分かるのだが、使い方はさっぱり分からない。

その様子を察したのか、彼は説明してくれた。

「虫よけと木登りの粉は水に溶かして使うのー。身体に塗ると虫が来なくなるし、木にくっつけるようになるよー。水探しは棒が倒れた方向に水があるよー。毒抜きはなんでも効くよー。マムシもムカデも大丈夫だよー。全部人気だよー。」

終始笑顔でおすすめしてくる。

確かにどれも山歩きで役立ちそうだ。

とりあえず最初だから言われたとおりに買ってみよう。

「それを全部お願いします。いくらですか?」

アオバは言いながら財布を開ける。

「何個買うのー?」

何個?

そうか、普通は複数個で買う物なのか。

アオバはえーっとと戸惑いつつ、最終的には水探しの棒以外は3つずつお願いした。

人間タヌキは毎度ーと言って店の奥の作業台に積んであるいびつな木籠を取ってくると、そこに商品をポイポイと放り込んで差し出してきた。

「全部で180円になりますー。」

「安っ。」

つい言葉に出てしまう。

こんな安さでやっていけるのだろうか。

「安いー?薬があるから高いよー。」

彼は笑いながら言った。

これでも高い方なのか。

お金の感覚が随分違うようだ。

アオバは200円を渡しておつりを受け取る。

マツリは奥に行ったっきりでまだ帰ってこない。

このまま何もしないのも気まずいので、色々質問してみることにした。

「ここは親子でやっているんですか?」

「そうだよー。父ちゃんと母ちゃんとやってるー。兄ちゃんは出稼ぎに行ったー。」

「出稼ぎ?」

他のタヌキの商店に出張という事だろうか。

「そうー。町に行って工事現場で働いてるー。婆ちゃんが病気して病院のお金が要るから出稼ぎいってるー。」

やはりこの商店の売り上げではやっていけてないのだ。

おそらく保険なんてものは存在しないだろうから、動物病院のお金は高額だろう。

「この前ねー、仕事終わって公園でタヌキのまま寝てたら保健所に連れてかれたんだってー。ドッグフード美味しかったって言ってたー。」

アオバは吹き出してしまった。

ちょっとお兄さんは間抜けなタヌキさんかもしれない。

とはいえ、保健所というのは捕まった動物にとっては命の危険のある場所だ。

「無事に出てこれたんですか?」

「大丈夫だよー。僕ら二ホンバケダヌキは国で保護してもらってるから山に返してもらえるー。僕もドッグフード食べたーい。」

呑気な答えにアオバがホッとしていると、奥から女の人の声がした。

「ジョンソン!袋詰め手伝って!」

お店は両親とやっていると言っていたので、お母さんタヌキの声だろうか。

それにしても・・・ジョンソン?

「はいー!今行くー!」

彼は大きめの声で返事した。

「ジョンソンてお名前なんですか?」

少し訝し気にアオバが質問する。

「そうだよー。僕はジョンソン。母ちゃんはスパロウ。父ちゃんはデップ。兄ちゃんはジェニファーだよー。」

色々突っ込みたい!

でも名前ってデリケートなものだから万が一傷ついちゃったら申し訳ないし・・・。

あー言いたい!

日本人・・・いや、日本タヌキでしょうが!

なんで外国人の名前なの!

ていうか絶対映画俳優とか歌手から取ったよね?

それと性別!

スパロウとかジェニファーはちょっとおかしくない!?

アオバは膨れ上がる気持ちを押さえつけ、精いっぱい無難な言葉を選んだ。

「へえ~かっこいい名前ですね。」

ジョンソンはニッコリと笑うとそうでしょー!と嬉しそうに返した。

そのまま彼は奥へ手伝いに行き、入れ違いにマツリとお父さんタヌキが戻ってきた。

お父さんタヌキことデップは人間の姿にはなっておらずタヌキのままだ。

「アオバは何か買った?」

マツリが聞いてくる。

彼女は言っていた虫よけの粉以外にも山菜やキノコを大量に買い込んだようで、アオバのものとは比べ物にならない大きな木籠を両手で抱えていた。

「買ったよ!これ!」

言いながら自分の木籠をマツリに見せる。

「その虫よけメッチャ良いよ!3つどころかあるだけ買っちゃってもいいくらいだよ。安いしね♪」

そう言われると欲しくなるのが人間の性。

結局店頭に並んでいる虫よけの粉を全て購入することになった。

マツリが戻ってきたので、アオバは他のおすすめの商品を聞いてみた。

「おすすめはやっぱ虫よけだけど、後は夜目が利くようになる木の実があるんだよ。ドライフルーツにしたやつがあると思うんだけど・・・。」

マツリが話しているとデップはすかさず走って行って、おそらく言っていた木の実であろう物をを両手と顎で必死に抱えながら二足歩行で持ってきた。

可愛い!

これは買ってあげたくなる!

「あ、じゃあそれもお願いします!」

タヌキなので表情は分かりにくいが、目の輝きなどから彼が笑ったように感じた。

手に持っていた木籠を差し出すとその中にコロコロと木の実を入れ、さらにもう一度走って行って同じくらい木の実を抱えて戻ってくる。

あ、これは全部買わせるつもりかもしれない。

しかしよたよたと一生懸命運ぶ姿は断りにくく、値段も安いのでまあいいかと好きなだけ持ってきてもらった。

お会計を済ますと、二人はデップにお礼を言って店を後にする。

デップは店の外まで出てきて、車が遠ざかるまで二本足で立ちながら手を振ってお見送りしてくれた。

「タヌキ可愛かったね!」

アオバがキラキラとした笑顔で言う。

「分かる!ぶっちゃけ人間に化けないで商売した方がたくさん買ってもらえそうだよね♪」

「確かに!こういう商品て自分達で作ってるの?」

アオバは車の振動で木の実が落ちそうなのを頑張って支えながら聞いた。

「そうだよ。山で取れるものに魔法を込めて作ってるの。長く人間と共生してきたからそういう知恵がついたらしいよ♪」

アオバはへえ~と面白そうに聞く。

マツリは笑い出して続けた。

「でもやっぱ何より名前が変だよなw」

やはりみんなそう思うのだ。

車内で二人は大笑いした。

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アオバと現代陰陽師 @french-bull-dog-luv

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