第15話 常桜殿
トンネルを抜け15分くらい走っただろうか。
あの桜が段々と近づいてくる。
イナゴの集落で入った大浴場を彷彿とさせる幻想的な風景だが、桜の木の一本一本が見たことないほどの大木で迫力が段違いだ。
マツリに許可を取り車の窓を開ける。
ひらひらと舞う桜の花びらを思わず手でキャッチしてみると、温泉の時とは違いしっかりと質感がある。
「ねえ、桜って幻覚じゃないの?」
今手の中にある花びらは消えることはなく、触れば花びら独特の触感があり、ぐっと力を入れてこすれば無残に形が崩れグチャグチャになってしまう。
どう考えても本物だ。
「幻覚だよ。ただ物凄くハイレベルな幻覚。これを破るのは個人では無理だね。」
アオバは神妙な面持ちで頷きながらもう一度手を窓の外に出してみる。
花びらが当たったり掠ったりする感触や桜の香りは到底偽物とは思えない。
素敵な魔法だと思った。
「綺麗だね。」
感動でただそうとしか言えなかった。
しばらく走っていると建物が見えてくる。
大きな木製の塀の向こうに立派な瓦屋根が見えている。
正面には皇居の大手門のような立派な門があり、それは固く閉ざされていた。
付近の拓けた所に車が何台か並んで駐車してあり、マツリもその並びに駐車した。
門の前には門番だろうか、誰かが立っているのが見える。
近づくにつれ、アオバはその姿に段々と驚きが隠せなくなってきた。
その人は上が灰色がかった水色、下が濃い灰色の袴姿で下駄を履いていた。
驚いたのは見えている肌が頭髪も含めて全て真っ白い毛で覆われていたからだ。
おまけに頭の上にぴょこんと二つの耳が立っている。
言わずもがな、キメラ族に違いない。
しかもデカい。
マツリは180cm程だが、その1.5倍くらいの大きさがある。
そんなのが門の前でこちらを見ているのだから自然と緊張してしまった。
アオバとは対照的にマツリは笑みを浮かべながら話しかける。
「ゴロウちゃんお疲れ♪」
「こんにちは!誰?」
見た目のいかつさとは裏腹に、幼い物言いだ。
門番ことゴロウは首を傾げつつ、アオバの方を向いて聞いてきた。
「マツリの助手のアオバです!」
近くで見上げると、白い毛に覆われていても笑っているのが分かり安心した。
毛によって顔の彫りが良く分からないが、クリっとした目がちょっと可愛い。
「初めまして。僕ゴロウ。」
「ゴロウさんていうんですね。よろしくお願いします!」
アオバもニッコリと返す。
ゴロウがパアッと表情を明るくさせ尋ねてきた。
「中入る?」
「うん、お願い♪」
「はーい!」
ゴロウは元気に返事をすると後ろの大きな門を押し始めた。
太い木材を組み合わせた相当な重量の門だったが、彼は難なく押して開けていく。
イナゴ族のジャンプのようなキメラ族の特殊能力だろう。
ありえない筋力だ。
「ゴロウちゃんはね、絶滅した日本白熊のキメラなんだよ。」
マツリがアオバの疑問に先回りして説明してくれる。
「日本にも白熊っていたんだ?」
「大昔はね。毛皮のために狩られて戦国時代にはもう絶滅したって言われてる。北の方に生息していて、夏に冬眠して冬に活動する珍しい熊だったらしいよ。」
夏に”冬”眠とは・・・分かるけど。
マツリは続ける。
「肉食性ですごい狂暴だったって文献がいくつも残ってるよ。だからパワーがすごいんだ。」
アオバは狂暴と聞いて思わずゴロウの方を見てしまった。
表情もこわばったアオバの様子を見て、マツリが慌てて続けた。
「あ、ゴロウちゃんは狂暴じゃないから安心してね♪」
それを聞いてすぐアオバに笑みが戻った。
ガゴンと音がして門が開ききる。
向こう側は白い砂利に囲まれた石畳が敷かれ、奥に古い大屋敷が建っているのが見える。
「ゴロウちゃんありがと♪」
言いながらマツリとアオバは門をくぐっていく。
「どういたしまして!」
ゴロウは満面の笑みで手を振ってお見送りしてくれた。
彼が門を再び閉じたのを確認すると、アオバは話し出す。
「ちょっと言動が幼い感じがしたね?」
ゴロウは敬語どころか、たどたどしい物言いをしていた。
全体的に小学生のような印象を受けたのだ。
「キメラ族は人間寄りか動物寄りかで知能指数に影響が出るの。イナゴ族は人間寄りだから知能指数は年齢相応。ゴロウちゃんみたいな熊族は動物寄りだから知能指数は低め。確かゴロウちゃんは10歳程度だったかな。」
小学生と思ったのは当たっていたらしい。
「どっち寄りって遺伝子的な話?」
「そんな感じじゃない?詳しくは知らないんだよね。人間は脳を発達させて頭を良くする方向に進化した生物。動物は優れた身体能力を獲得する方向に進化した生物。簡単に人間寄りなら頭が良くなって動物寄りなら身体能力が良くなるって覚えとけばいいと思うよ。」
アオバは頷きつつ話を聞いている。
「あたしは前に軽自動車を頭の上に持ち上げて移動させてるのを見たことがある。」
「軽自動車って何キロくらい?」
「1トンはあると思うよ。」
「1トン!?」
「パワーだけじゃなくて走りもヤバい。熊と同じだから時速50キロとかで走るらしい。」
「もはや車じゃん・・・。」
熊族がオリンピック出場を許可されたなら、さぞつまらない大会になるだろう。
きっと金メダル総なめに違いない。
そんな話をしている内に屋敷の前に到着した。
アオバの家のようなレトロなガラス戸を開けて中に入ると、広い玄関に靴が何十足も入るであろう木の下駄箱が確認できる。
上がった先には階段と廊下があり、その奥はまた外に繋がっているのが見えた。
扉などはなく、廊下が外の屋根付き廊下と繋がってさらに奥の建物に続いているようだ。
アオバはマツリの後をついて上がると、彼女は屋根付き廊下の手前で止まり横の襖を開けた。
「お疲れ様でーす。」
マツリは気のない挨拶を中の人物たちに投げかける。
アオバはマツリと襖の隙間から中の様子をそっと覗きこんだ。
部屋は広い和室で、入り口と反対側は全面障子となって光が差し込んでいる。
中には二人の老女が中央の掘りごたつに座ってお茶を飲んでいた。
二人とも上下白色の神社の宮司さんのような恰好をしていて、袴は差し込んだ日差しでキラキラと模様が浮き出ていることから布地と同じ白色の刺繍がされているようだった。
「あらマツリ。ハツさんとこ行くの?」
アオバは老女の声には聞き覚えがあった。
赤城神社で電話をしてきた人だ。
確か師匠の奥さんと言ってたか。
緩い天然パーマの黒髪ショートヘアで、少し厚化粧気味だからかファンデの白さに赤い口紅が際立っていた。
なんとなく大阪のおばちゃん感がある。
「そう。もう行っても大丈夫?」
「平気だよ。・・・後ろの子はアオバちゃん?」
マツリが少し退いてくれてひょっこり顔を出せたので、ペコっと軽くお辞儀した。
「いつもマツリがお世話になってるね。大変でしょう?」
「いえ、とんでもないです!」
アオバは慌てて否定する。
なんせ隣には本人がいるのだだから下手なことは言えない。
そんな様子に奥さんは笑って言った。
「そんな気を使わなくていいのにぃ~w」
マツリも笑いながら反論した。
「ひどくない?wちゃんとやってるし!・・・多分w」
「多分じゃダメでしょ!ただでさえアオバちゃんは分からないことばかりなんだから。」
みんなで笑って和やかな雰囲気が流れる。
マツリが部屋の時計を確認すると14時まで10分を切っていた。
「時間だからちょっと行ってくるわ。」
「はい、いってらっしゃい。」
二人は襖を閉めて屋根付き廊下へと進んだ。
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