第5話 イナゴの集落

昼食後、少し休憩してから片付けを始める。

来た時のように風呂敷に部屋の中の物を移すのかと思ったが、洋服などのお泊りセットだけを外に出して他の家電などはそのままにした。

外に出てマツリがテントを軽く5回叩くと、設置した時のように自動で畳まれてゆき最後は巻物の状態になってボトッと地面に落ちた。

拾い上げ、お泊りセットと一緒に風呂敷にまとめて下山を開始する。

行きと違って草がない上に下り坂だったので、下りきった時にはこんなに近かったのかと驚くくらいスムーズだった。

荷物を車に積み込むと沼田市に向けて出発する。

寝不足だったのでウツラウツラとしてしまい、それに気付いたマツリが寝てて良いと言ってくれたのでありがたく寝させてもらった。


しばらくの後、ドゴンッと車が揺れて目を覚ます。

見れば未舗装のくねくねとした山道を登っている。

ひと眠りしたからか、頭がすっきりとした。

その内少しきつめのカーブに差し掛かかる。

ガードレールなどはなく道の端からすぐに斜面になっていたので、脱輪などしようもんなら死んでしまうのではないかと心配になった。

そこを慎重に曲がって登っていこうとすると斜面の下の妙な光景に気づく。

周りは枝打ちされた杉の木々に囲まれているはずなのに、その部分だけまるで鏡が割れたように向こう側に別の風景が見えていた。

アオバはピンときた。

赤城神社にかかっていた結界と同じものだ。

おそらくあの向こうに集落があり、それを隠しているに違いない。

「あれかぁ~。派手にやったな~。」

マツリも気付いたようで眉間にしわを寄せ、あちゃ~という感じで見ていた。

向こう側には舗装された道路を車が走っているのが見える。

結界が割れているせいか周りの木々の風景がおかしなことになっており、上下がずれているのに立っている木や、途中から上側しかない宙に浮いている木など、摩訶不思議なことが起こっていた。

そのまま5分ほど車を走らせたあたりで、マツリは減速しながらきょろきょろと周囲を確認し始めた。

「ここら辺なんだけど、どこだったかなぁ~。」

トロトロと走りながらマツリはフロントガラスの向こうの木々を睨みつけて何かを探しているようだ。

「何を探してるの?」

「入り口の目印。分かりにくいんだよね、ここ。」

どんなやつ?と聞こうとすると突然、あった!と大きな声を出して加速し始めた。

そして道のない所を左折しようとする。

アオバには杉の木々に向かってぶつかりに行ってるようにしか見えない。

「待って待って待って!いやーーーーーー!」

ぶつかる!と思った瞬間に目を閉じたが衝撃はなかった。

恐る恐る目を開くとさっきと同じような山道を走っている。

え?と固まっているとマツリが面白そうに笑いながら言った。

「集落に続く道も隠してあるんだよw入り口の目印がさびた鉄くずなもんだから、木の色と似てて分かりにくいんだよね~♪」

言われて後方を振り返ってみたが、山道が曲がりくねっているので木々しか見えず確認することはできなかった。

ふとそれまでガタガタと揺れていた車が安定した走りへと変わった。

前に向き直ると舗装された道に切り替わったようだ。

風景も木々に囲まれていたのが田畑の景色に変わっていった。

夕方だからかほとんど人はおらず、遠くにぽつぽつと小さくそれらしい点が見えるだけだ。

少しの間のどかな道を進んでいくと先の方に大きな日本建築が見えた。

「あそこが今日泊まるとこだよ。」

マツリはその建物に向けて運転してゆく。

宿の駐車場に着くと、その全容があらわとなる。

手前は二階建ての木造長屋で、奥にはさらに瓦屋根がそびえ立つのが見えていることから、建物がいくつもあるのが分かる。

立派に連なる大きな瓦屋根が大屋敷の迫力と威厳を醸し出していた。

壁や柱の色が古い建物独特の焦げ茶色で、障子の白や照明の暖色とマッチしている。

荷物を下ろしていると、新たに宿泊客と思われる車が駐車場に入ってくる。

その車は少し離れた所に駐車すると、中の家族が外に出てきた。

心配していたイナゴ族との対面だ。

「・・・あれ、結構平気かも。」

アオバは拍子抜けしたように、ボソッとつぶやく。

確かに人とは少し違う雰囲気があるのでキメラ族であることは分かる。

しかしカマも触覚もなければ肌色も自分たちと同じ色だ。

外見で分かる違いとしてはやや目と目の間が離れギョロ目気味なのと、口の動きが違うくらいで他は普通の人間と変わらない。

「だから言ったじゃん♪キメラって言ってもベースは人なんだからそんなに違わないんだよ。」

あまりジロジロ見てしまうのは失礼なので、マツリの方に向き直る。

「顔つきがちょっと違う感じがするけど他は一緒だね。」

「骨格にイナゴ感があるんだよ。目と目が離れてるのと、口の動き方が特徴。あたしらは顎は下側だけだけど、イナゴ族は左右の牙みたいな顎の名残があるから口回りの骨格が違うんだよね。あとは見た目では分からないね。」

アオバは心配事がなくなったので、俄然、温泉宿が楽しみになってきた。

分かりやすく表情も明るくなったため、マツリも一安心だ。

二人は宿に向かって歩き始める。


入り口の暖簾をくぐると、スススッと仲居さんが出てきて笑顔でお出迎えしてくれた。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。」

仲居さんもイナゴ族だが、アオバはもう全然へっちゃらのようで、むしろお出迎えしてくれるような旅館に泊まったことが初めてだったこともあり感動していた。

「予約していた常桜殿のマツリです。」

「ああ!お話は伺っております。お部屋へご案内いたしますのでお荷物をこちらへどうぞ。」

二人は荷物を渡し、靴を脱いで上がる。

アオバは下駄箱に入れるのだろうと、いつもしているように振り返ってかがみながら靴を取ろうとした。

「あ、こちらでやりますので、そのままで大丈夫ですよ。」

「え!あっすいません!」

アオバは恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。

なんせ高い宿になんて行ったことがないのでどうしたらいいかが分からない。

「いえとんでもございません。ありがとうございます。どうぞこちらへ。」

仲居さんの落ち着いた雰囲気に助けられる。

二人は彼女の後について日本庭園に面した廊下を歩いていく。

見事な枯山水に青々としたもみじが風でそよそよと揺れている。

紅葉の時期に来たならば、さらに綺麗だろう。

見とれていると前を歩いているマツリが急に停まったので危うくぶつかりそうになった。

「こちらのお部屋になります。」

襖を開けてもらうとすぐに鍵付きの洋式ドアが見えた。

「あれ、ドアつけたんですか?前来た時はそのまま部屋だったけど。」

「あぁそうなんです。外国のお客様が増えるにつれて色々配慮が必要になりまして。」

そう言いながらドアを開けて中に入る。

「こんなとこにも外国人が来るんですね?てっきり草津とかに行くもんだと思ってました。」

「4年ほど前だったと思いますがSNSに投稿してくださった方がいて、そこからこちらにいらしてくださる外国人の方が年々増えてきたんです。あまり混まないのでそれが逆に良かったみたいです。」

「あ~なるほど。ここはそうそう来れないですもんね。」

「ええ。ツアーがあるわけではないですし、隠里(かくれさと)ですので来るには自力で交通手段を手配しないといけないので、秘境のような感覚みたいです。建物が歴史的文化財なのでそれが好きな方も多いですね。」

「納得です♪」

部屋は広い和室で中央に座卓があり、周りに4つの小さな座椅子が並んでいる。

奥の障子窓の向こうには先ほどと同じような日本庭園が広がっている。

「お夕飯は18時にお持ちいたします。大浴場は玄関に戻っていただいて、そこから入り口の真向かいにまっすぐ進んでいただくとございます。その他、ご入用のものがございましたら、こちらに内線でお電話ください。」

仲居さんは一通りの説明をすると退室していった。

改めて室内を見回すと、やはり気になるのはこの部屋の売りである部屋付き露天風呂だろう。

右手中央の引き戸を開けると脱衣所があり目の前に洗面台が備え付けられていた。

入って左手の引き戸を開けると2畳ほどの浴場が現れる。

洗い場の奥に檜風呂が設置されており、竹で組まれた壁で隣と仕切られていたが、庭側は壁がなく湯につかりながら庭園を見れる作りだった。

「どう?いい雰囲気でしょ?」

マツリが後ろからひょいっと覗いて聞いてくる。

「最高!めっちゃ綺麗。もうお風呂入る?」

「その前に何かいるなら注文しとかないといけないから、これ見てみて。」

座卓の上に冊子がいくつか置いてあったが、そこに料理の追加オプションの記載があるらしい。

コース料理以外に注文する場合は事前に言っておかなければならない。

「あたし上州豚の肉巻きおにぎり追加で注文する。何個にしようかな~♪」

「頼んだ料理って結構量ありそう?」

「懐石料理で何品も出てくるけど、普通くらいだと思う。」

「ん~どうしようかなぁ~。残しちゃうと悪いしやめとこうかな。」

「注文しちゃいなよ!食べきれなかったらあたしが食べちゃうから♪」

マツリは部屋の冷蔵庫から瓶入りのウーロン茶を取り出して飲み始めた。

「本当?じゃあ上州豚のとんかつ注文しても大丈夫?重すぎ?」

「いけるいける!他は?」

「他は大丈夫。私も冷蔵庫の飲み物もらっていい?」

「好きなだけどうぞ♪お金は気にしないでいいよ。言ったと思うけど経費だから。」

そう言うとマツリは内線で料理の注文を始めた。

アオバは冷蔵庫から缶ビールを取り出してプシュッと開けると座椅子に座って飲み始めた。

体の隅々までビールが染み渡る感覚にどうしても顔が緩んでしまう。

「それにしてもこのご時世によくこんな経費が通るよね?」

電話を終えたマツリに問いかける。

「こういう事させてくれるからこの仕事続けてるけど、出来なくなったらみんな辞めちゃうと思うよ。」

「やっぱり命がけだから?」

「そうね。でもそれだけじゃないよ。」

マツリはウーロン茶をグイっと飲み切って続ける。

「労働基準法の適用外なとことか。基本的に24時間365日勤務が前提で休日なし。一応配慮して週に1~2日は休めるよう仕事を割り振ってくれてるけど、ダメなときはダメ。あたし最高249連勤したことある。」

「200!?え、ヤバ!」

働き始めたばかりのアオバはいずれ自分もそうする日がくるのかと不安になる。

「そう。災害が起こるとどうしてもね。まあ、お察しの通り東日本大震災の時だったんだけど。」

「あの時か~。」

東日本大震災と聞いて納得した。

あの規模で人が亡くなれば、生命の危機に発動するエラー魔法も桁違いに多かったに違いない。

「まだ見習いだったけど規模が規模だったんで駆り出されたんだよね。あの時は大変だったなぁ~。」

マツリは険しい表情で思い出している様子だ。

「まあ連勤だけじゃなくて、あとは単純に続けていくのが難しいから結局若いうちに退職しなきゃならないことが多いんだよね。男性は40代、女性は20代30代で辞めてく人が多いね。」

「早くない?なんで辞めちゃうの?」

マツリは2本目のウーロン茶を取り出してくると、アオバの向かいに座って話をつづけた。

「単純に体力がきつくなってくるんだよ。基本的に単独で仕事をすることが多いからフォローしてもらえないし。弟子がいればそいつを使ってこなせたりするけど、そもそも弟子を取るには竹の格に出世しないといけない。」

「竹の格って赤城様のところでも言ってたね。」

「松竹梅の竹ね。下が梅の格、上が松の格。細かくはもうちょっとあるんだけど、大体大まかにその3つに分かれてる。で、竹の格に出世するには陰陽師としての仕事が全てこなせることが条件。人に教えるんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。その中には危険のある力仕事も含まれてて、それに必要なパワーがないって人が結構いるの。男性は3割くらいの人がクリアできないし、女性の場合はもっと悲惨で8割以上の人がクリアできない。そうなると出世の条件を満たせないからずーっと梅の格のまんま。」

「梅の格って平社員みたいなかんじ?」

アオバはまだ常桜殿の階級制度がいまいちピンとこない。

普通の企業と違うようで分からないのだ。

「うーん、そんな感じかなぁ。多分。」

マツリもピンとこないようだ。

まあ、彼女も一般企業に勤めたことがないのだから分からないのも無理はない。

アオバは続けて聞いてみる。

「ずっと平社員で若いうちに退職する可能性が高いってこと?それなら最初から別の仕事についてキャリアを積む方が良くない?」

「まさにその通り!陰陽師になれるレベルの魔法使いなら引く手あまただし、占いが出来ればそっちで開業してウハウハよ。わざわざ命がけのきつい陰陽師なんてやらない。高待遇を抜いたら仕事としてのメリットが陰陽師にはないの。」

「それで経費も使いたい放題なのか・・・。」

アオバは高待遇の理由に納得した。

これまでは皇室の直轄組織だから国のお金を自由に使いたい放題出来るからとか、そんなどうしようもない理由を想像していた。

「納得した!マツリがお金持ちな謎が解けたわ~w」

「あたしはパワータイプの仕事がこなせるから梅の格だけど竹の格と同じくらいの給料もらってるんだ♪」

「そうなの?いくら?」

アオバの顔がニヤついている。

マツリもニヤアと口角をあげて言った。

「アオバが自分の給料と比べて絶望しちゃうといけないから内緒♪」

「ずるい!」

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