第6話 義弟には思い人がいるらしい
――もう少し、男を見る目を養った方がいい。
セレナは、次の日になっても、昨夜のユリウスの言葉が、心に引っかかっていた。
「ねえ……わたしって、男の人を見る目がないと思う?」
いつも通りの昼休み。フレッドに会う前の身嗜みチェックをしながら、友人に聞いてみる。
「なに、突然」
隣で髪を弄っていた友人が、セレナの方を向く。
「誰かに、なにか言われたの?」
「少し……」
義弟に指摘されたとは言いづらく、もごもごしてしまう。
「う〜ん……見る目があるかないかは、置いといて、相手に合わせすぎとは思うかしら」
「でも、相手の好みに合わせるのは、当たり前のことじゃない?」
セレナが驚いて目を丸くすると、友人は呆れ顔になる。
「じゃあ聞くけど、お相手の方が、セレナの好みに合わせてくれたことはある?」
「え……」
そんなこと、考えたこともなかった。
「婚約してからセレナ変ったよね。前は、大剣をぶんぶん振り回して魔物退治してたのに、急に弓矢しか使わなくなったり」
「それは……重たい大剣を振り回す女性は、どうなんだって、フレッドが渋い顔になるから」
「訓練だってあんなにがんばってたのに」
「手にまめができたり、肌が痣や傷だらけだと、フレッドが……」
それに、結婚したら家庭に入る様にフレッドには言われている。
魔力のない退魔師なんて、周りの足を引っ張って危ないだけだからと。
「まあ、変わるのはセレナの自由だけどさ。彼といて、楽しい?」
「も、もちろん!」
「大切にされてるなって、感じられる?」
「そ、そこそこには……」
「正直に言うと、私は前のセレナの方が、生き生きしてた気がする」
「…………」
フレッド好みの女性になれるよう努力、というか無理をしているのは事実だった。
でも、恋人がいる世の女性たちにとっては、それが、普通だと思っていたのに……少なくとも、友人は違うらしい。
ありのままの自分をさらけ出さないと、後々苦しくなるだけだと忠告された。
「そんなに取り繕わなくてもいいんじゃない? だって、フレッドさんは、昔からセレナのことを、想ってくれていたんでしょ?」
「う、うん……」
そんな彼の思いを知って、セレナは婚約の覚悟を固めたのだ。
だが、それは、そうなのだけど、でも……。
フレッドは、セレナに淑女であることを望んでいる。
自慢できる婚約者であることを。
「セレナ、なんでそんなに、婚約者のために無理してるの?」
「だって……今のわたしじゃ、相手を幻滅させてしまうだけだから……」
ただでさえ、竜殺しの一族は、魔力の強い伴侶を得るのが、ステータスな部分がある。それなのに彼は、魔力のない自分を選んでくれたのだ。だがら、それぐらいは叶えてあげたい。
(それに……フレッドとの結婚は、家同士のためでもあるから。もし、幻滅されたりしたら……。わたしが原因で、破談にするわけには、いかないもの)
◇◇◇◇◇
(あ、ユリウス)
友人との会話を切り上げ、フレッドに会うため、足早に学園の廊下を歩いていると、昨日のように歩いてきた義弟と目が合う。
思い切って、笑顔で手を振ってみると、ツンと視線を逸らされてしまった。
ついに、完全無視かと思ったが。
(ん?)
よく見ると、低い位置で分かりづらいが、ぎこちなく手を振り返してくれているようだった。
昨日、冷たくされるのは寂しいと言ったからだろうか。
だとしたら、不器用な返しが、ちょっぴり可愛くて嬉しい。
「ユリウスくん!」
だが、セレナが声をかける前に、ユリウスは女子生徒二人に呼び止められてしまう。
「あの、そのっ」
「この子が、あなたに話しがあるの! 少し、着いてきて、お願い」
もじもじと頬を赤らめている女の子の隣で、活発そうな女の子が、ユリウスをどこかに連れて行こうとしている。
どう見ても、あれは告白される流れだろう。
そんなところを、義姉に見られているのは、気まずいだろうと、セレナは気を利かせ、そっとその場を後にしたのだった。
「やっぱり、ユリウスって人気があるのね」
今日もフレッドと待ち合わせしている中庭へ着くと、セレナは先ほどのことを、ぼんやり思い返していた。
今更だけれど、あんな風に、直接女子生徒に誘われているところを見たのは、初めてだ。
遠目から見惚れられている場面は、よく目にしていたけれど。
(可愛らしい女の子だったな……ユリウスは、なんてお返事するんだろう)
「ユリウスがなんだって?」
「きゃっ、フレッド!」
振り向くと、いつの間にか、彼が背後に立っていた。
気配を感じ取れないなんて、気が緩みすぎだと反省する。
「今日は、セレナの方が早かったみたいだな」
「ええ、少しだけね」
「それで、ユリウスとなにかあったのかい?」
ぼそっと呟いた独り言まで、聞かれていたようだ。
「なんでもないの。ただ、さっきユリウスが、女の子に呼び出されてるのを見かけて」
「ああ……ユリウスは、入学以来注目の的のようだしな」
フレッドが、少し渋い顔つきになる。
「竜殺しの一族アーチデイルの、それも頭の息子となれば、それも仕方ない。本当は、呪術一族の者だと言うのに、知られていないから」
それは、吐き捨てるような言い方だった。
「っ……生まれがどこであろうと、ユリウスはアーチデイル家の人間よ」
「おっと、すまない」
目で訴えると、フレッドは肩を竦める。しかし、口では謝罪しても、内心少しも悪びれていない気がした。
この大陸で呪いは禁忌。しかし、裏社会では、金品と引き換えに、人を呪い殺すことを生業にしている一族も存在する。
そして、ユリウスは、確かにその一族の生まれだった。
呪い殺しは、重罪だ。しかし、立証困難で捕まらないことの方が多い。そのため、大金をはたいてでも依頼する者もいて、家業として成り立ってしまっている。
正直、金を貰い人を呪い殺す一族に、恐怖を覚える気持ちは、セレナにもある。
けれど、ユリウスはその一族の家で生まれただけで、犯罪者ではないのに……。
「本当に悪かったよ。君の義弟を、悪く言うつもりはなかったんだ。確かに、ユリウスは家柄だけじゃないく、優秀なうえに顔も良い。人気を集めるのも無理はないと思うよ」
セレナは、まだわだかまりが残っていたが、いつまでも重たい空気でいるのも耐えがたいので、フレッドの謝罪を受け入れ気持ちを切り替えた。
「そうね。ユリウスったら、家では、全然そういう話をしないのだけど、恋人とかいるのかしら」
ユリウスが恋愛……あの無口で、なんにも関心がなさそうな義弟が。
想像してみようとしたが、上手く思い浮かべられない。
「義姉に、一々自分の恋愛事情なんて話さないさ、普通」
「そうよね……」
仲の良い姉弟ならまだしも、最近の自分たちは、気軽な雑談すらあまりしないし、仕方ない。
「まあ、でも……噂は、たまに耳にするな」
「噂?」
「どんなに家柄の良い美人に言い寄られても、見向きもしないって」
そんな気がした。恋愛なんて興味なさそうだものと、セレナは納得しかけたのだけれど。
「どうやら、心に決めた女性がいるらしい」
「えっ!? 恋人がいるってこと!?」
「さあ? 思い人がいるってだけで、恋人かどうかまでは」
誰に問い詰められても、口を割らないらしい。
セレナは、意外すぎて動揺というか、少しショックを受けてしまった。
本当に、自分は最近のユリウスのことを、なにも知らないのだなという事実に……。
「ああ、間違えても本人に、思い人が誰かなんて、聞いてはいけないぞ」
「なぜ?」
フレッドが念をおすように言ってきたので、首を傾げる。
「それは……本人が、誰にも言いたがらないのに聞くなんて、野暮だろ?」
「確かに、そうね。気をつけるわ」
聞いても、うんざり顔ではぐらかされるのが、想像できた。
「さあ、ユリウスの噂話はこれぐらいにして、昼食にしよう」
昨日は食堂だったから、今日は外で食べようということになった。
だが中庭は、いつも生徒たちで混雑する。
すでにベンチは一つも空いていない。
するとフレッドは、なにか思いついたように「この前見つけた穴場に行こう」と、セレナを連れ出したのだった。
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