第5話 義弟は、わたしの婚約者が嫌いらしい

「セレナ、最近、フレッド君とはどうなんだい?」

 いつもの家族揃っての夕食時、突然父にそんなことを聞かれた。


 フレッドに家まで送ってもらった時間帯に、父は不在だったので、あれを見て聞いてきたわけではないようだが。


「……特に問題ありません」

 ユリウスに間抜け顔と言われたことが頭を過り、セレナは表情を引き締めた。


「なんだ難しい顔をして。喧嘩でもしているのか?」

「い、いえ、大丈夫です! 仲良くしてます!」

 しまった。表情を硬くしすぎてしまったかと、慌てて否定する。


 この婚約は家のためでもあるのに。上手くいってないのではと、両親に心配をかけるわけにはいかない。


「あら、セレナ。どうしたの、その指輪」

「あ、これは……」

「フレッドさんからの贈り物だよね」

 さらっと、ユリウスが自分の代わりに答えた。


「ど、どうして!?」

 まだ、誰にも言った覚えはないのに。

「薬指に指輪なんて、それしかないだろ。それに、姉上、その指輪を何度も嬉しそうに確認してたし」

「っ!?」


 間抜け面で、と両親の前で言われることはなかったけれど、セレナにだけそう伝わるような、含みのある言い方をされた気がする。


 だが、二人の微妙な雰囲気になど気付かず「素敵ね」と、母は微笑ましそうだ。

 父も、二人が上手くいっているならよかった、と表情を緩める。


(ユリウスったら、お父様たちの前では愛想が良いんだから)


 平和な一家団欒の中、微笑を浮かべるユリウスを見て、セレナは一人複雑な思いでいた。






 あれから夕食を終えるまで、フレッドとのことを母に、根掘り葉掘り聞かれたセレナは、顔が熱くなり、少し庭先で涼んでから自室に戻ることにした。


 母は甘酸っぱい恋バナを求めていたようだが……そんな話、親にどんな顔をして話せばいいか分からなくて困る。


 それでも期待に応えるべく、なんとか仲良しエピソードを絞り出していたのだが、話の途中からユリウスの表情が、どんどん冷たくなってゆくのを横目で感じ、居たたまれない気持ちがした。


 義姉の恋愛話なんて、聞くに堪えなかったのかもしれない。


(……どんどんユリウスに、嫌がられている気がする)


「なんで、わたしにだけ、反抗期なのかしら」


 ユリウスはいつも、両親の前では良い子だ。

 でも、あれはあれで、外面が良いだけとも言える。

 もう家族になって何年も経つというのに、彼が自然体でいられるような存在に、自分たちはなれないのだろうか。


「はぁ……」

「なに、その溜息。さっきまで、あんなに楽しそうに惚気てたくせに」

「ユ、ユリウス!?」


 珍しくユリウスが、項垂れていたセレナの隣までやってきた。

 最近は、顔を見ると避けるように回れ右して、いなくなってしまうことが多いのに。


(なんの気まぐれかしら)


 だが、たまにこうして急に近づいてきたり、かまってくることもある。

 気分屋というか、そんなところが猫みたいな性格だと思う。


「惚気てたわけじゃ……フレッドと、問題なく仲良くしてるって伝えた方が、心配かけずに済むでしょ?」

「じゃあ、さっきのは全部演技?」

「そ、それは……」


「そんなわけないよね。姉上って、思ってることがすぐ顔にでる性格してるし」

「むっ……確かに、ユリウスみたいに、ポーカーフェイスでは、ないかもだけど」


 唇を尖らせ拗ねてしまうと、僅かにユリウスの口元に笑みが浮かんだ。

 こんな表情を見せてくれたのは、いつぶりだろう。


「別に、けなしてるわけじゃないよ。表情豊かなところも、かわ……」

「かわ?」

 変なところでユリウスの言葉が途切れ、セレナは首を傾げる。

 しかし、咳払いしたユリウスは、それ以上を口にしないで止めた。


「なんでもない……。それより、なんで溜息吐いてたの?」

 もしかして、心配してくれたのだろうか。

 それほど深刻な顔をしていたのかもしれない。


「姉上のことだから、どうせ、またあの人のことでも考えてたんだろうけど」

「ユリウスのことを、考えていたのよ」

「…………」

 素直に答えると、僅かにユリウスの眉が動いた。

 これは予想外だったようだ。


「昔は、あんなに可愛かったのに。最近は、顔を合わせても素っ気ないなって」

「……オレに、可愛かった時期なんてある?」

「あるわ! 笑った顔なんて、本当に天使みたいに可愛かったもの」


「化け物って呼ばれてたオレを、天使なんて例えるの、姉上ぐらいだよ」

 そう言いながら、ユリウスも昔のことを思い出しているのか、懐かしそうに目を細めている。


「それが今じゃ、学園で顔を合わせても、冷たい」

「それは……」

 ユリウスは、なにか言いたげだったけれど、思っていることを、言葉にしてはくれなかった。


「もしかして、寂しい? オレがかまってあげないから」

 そして、本音の代わりに、珍しく茶化すようなことを言ってくる。


「そんなの……当たり前じゃない」

「っ」

 セレナは、取り繕うことなく本音を口にしながら、むにっとユリウスの頬を両手で挟んでやった。


「ユリウスに冷たくされると、寂しいわ」

「……そんなこと考えて、さっきから浮かない顔してたの?」

「そうよ」

「…………」


 なぜだろう。ユリウスの目が泳いでいる気がする。

 「いい加減、義弟離れしたら」と、また素っ気なく突き放される予感がしていたのに。


「そっか……ごめん。寂しくさせて」

 ユリウスは、セレナから目を逸らし、ぼそりと呟いた。

 頬が赤い気がする。それから、僅かに震える声音からは、喜びが滲んでいるような……。


「どうして、少し嬉しそうなの?」

「っ……嬉しいわけないだろ。面倒くさい義姉だなと思っただけだよ」

 すぐに動揺した表情は引っ込み、ユリウスは心底嫌そうな顔をして、ずっと頬に触れていたセレナの手を払った。


「また、そういうこと言う……っ?」


 だが突然、払われたと思った左手を掴まれ、急に引き寄せられてドキッとする。


「…………」

「な、なに?」

 まじまじと見つめられ、先ほどまでは平気だったのに、今度はセレナが狼狽えてしまった。


「あんな男のどこがいいの?」

「え?」

 ユリウスの視線が、指輪に向けられていることに気づき、あんな男とはフレッドのことだと察する。


「……ユリウスは、フレッドのことが嫌い?」

「嫌い」


 仮にも姉の婚約者に対し、容赦ない物言いだ。


 ユリウスは子供の頃から、フレッドのことが嫌いのようだった。

 過去には、フレッドとその弟諸共、呪術で消し去ろうとしたぐらいだ。あの時、二人の間になにがあったのかは、何度聞いても、二人とも教えてくれないので、詳しくは分からないのだけれど。


「どうして? 確かにフレッドは、少し傲慢なところもあるけれど……わたしやユリウスに対しては、歩み寄ろうとしてくれているじゃない」


 いずれ自分の義弟にもなるユリウスと、もっと仲良くなりたいと、フレッドはよくセレナに言っている。だが、声をかけてもユリウスは、つれない態度なのだとも。


「……姉上は、騙されてるんだ」


 ユリウスは俯き、なにかぼそりと呟く。

 けれど、小さすぎて、その言葉は上手く聞き取れなかった。


「ユリウス? 今、なんて言ったの?」

「別に……姉上って、本当に単純だなって言っただけ」

「っ!」


 それだけ言うと、ユリウスは手を離した。

 そして、さっさと庭先を後にしようとする。

 セレナと話す気分では、なくなったようだ。


(本当に気分屋なんだから)


「もう、ユリウス!」

 呼び止めても聞いてくれないかと思ったが、ユリウスは屋敷に戻る前に、一度足を止め振り返る。


「一つ忠告」

「忠告?」

「もう少し、男を見る目を養ったほうがいい」

「ど、どういう意味?」


「姉上は少し優しくされると、コロッとだまされちゃうぐらい初心だからって意味」

「なっ!?」


 アレが優しい男に見えるとか、趣味悪い。と、最後に毒づくと、今度こそユリウスは行ってしまった。


 言い返す間すら与えられず、わなわなと震えるセレナを残して……。


「なによ、ユリウスだって」

 一丁前に、姉に物申してきたユリウスだって、たいした恋愛経験はないはずだ。


「…………」

 いや、しかし、学園の王子様と言っても過言ではないユリウスなので、実はああ見えて百戦錬磨の色男という可能性も……。


「わたしって、今のユリウスのこと、なにも知らないのね……」


 最近どう? なんて、軽々しく話しかけられるような雰囲気ですら、今はない。家族なのに。


 そのことを寂しく思いながらも、セレナはユリウスの後を追いかけることなく、とぼとぼと自室へと戻ったのだった。

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