第4話 婚約者からの贈り物

 帝国の外れにある豊かな自然に囲まれた町、サンセリア。

 セレナが生まれ育ったこの町は、魔物が多く住み着く森が付近にあることから、魔境と呼ばれることがある。


 そんな環境にあるのに栄えているのは、サンセリアが別名、退魔師の町と呼ばれているほど、退魔師だらけだからである。


 まず、魔境の森の管理を任されているため、アーチデイル家が居を構えているのも、住人たちの安心材料のひとつだ。


 さらに、魔境の森を訓練場として利用し、即戦力となる退魔師を育成しようと建てられた学園は、今では大陸一の名門校となっている。


 これだけ大勢の退魔師に守られていれば、魔物に襲われる心配など無用だと、住民や商人たちが集まってくるのも自然なことだった。



◇◇◇◇◇



 放課後になり、セレナはフレッドに連れられ、サンセリアの大通りにやってきた。

 色んな店が密集して並ぶそこは、いつ来ても人々で賑わっている。


「ねえ、フレッド。どこへ行くの?」

「もうすぐ着く。セレナも、きっと喜ぶ店だ」

「わたしも喜ぶ……美味しいものを、食べに行くとか?」


 そういえば、最近新しく出来たジェラートの店が美味しかったと、友人に教えてもらったばかりだった。

 フレッドは流行に敏感なので、もしかしたらと期待したのだが。


「はぁ……君は、本当に色気より食い気だな」

「ご、ごめんなさい……」

 どうやら、外れてしまったようだ。

 フレッドに、残念なものを見るような目で見られ恐縮する。


 また、やってしまった。どうして自分は、彼にとって、期待はずれな言動しかできないのだろうと、自己嫌悪におちいる。


 その時――。


 大通りの先にある坂道の上から、なにかが崩れ落ちた音と男性の叫び声が聞こえ、何事かとセレナは顔を上げる。


「危ない! 避けてくれー!」


 大きなワイン樽が転がり落ちてきた。どうやら、坂の上で作業していた荷台が崩れたようだ。


「大変!?」


 坂の下には、ぽかんとした顔のまま動けなくなって固まる小さな男の子がいた。

 あんな大きな樽の下敷きになったりしたら、ひとたまりもないだろう。


 そう思った瞬間、駆け出していた。引き留めるようなフレッドの声が、聞こえた気がしたけれど、もうセレナの耳には入っていない。


 無我夢中で男の子の前に飛び出すと、大きな樽をセレナは両手で容易く受け止めた。


(あ、よかった。予想より全然軽いわ)


 そうセレナは思ったが、中にたっぷりとワインが入ったオーク樽が、軽いわけない。


 華奢な女の子が、大きな樽を軽々受け止め持ち上げる姿に、野次馬たちは驚き、辺りはしーんと静まり返っていた。


「わー、お姉ちゃん、すごい! 力持ち!!」


 そんな中、セレナに助けられた少年が、目を輝かせ声をあげる。


「あぁ、怪我人がでなくてよかった。すみませんでした、本当にありがとうございますっ」


 それから、青ざめた青年が、ようやく坂から駆け下りてきた。


 店の中にいた少年の母親も、事態に気付きやってきて、勝手に外に出た少年を嗜めつつ、セレナに感謝を伝えてくれる。


 樽を抱えたままのセレナは、咄嗟に体が動いてしまっただけだが、それで役に立てたならよかったと、ほっとしたのだけれど……。


「……いつまで、その巨大な樽を持ち上げているんだ」

「フ、フレッド!」


 慌てて樽を地面に置くと、お礼がしたいと言ってきた青年と母親へ丁重にお断りをいれ、フレッドはセレナを人集りから連れ出した。


「まったく、あんな人目のあるところで怪力を使うなんて、はしたないぞ」

「っ!」

「野次馬たちの反応を見ろ。こっちまで恥ずかしくなる」

「ご、ごめんなさい……」


 この細い腕のどこに、そんなパワーがあるのかとよく言われるぐらい、セレナは大男顔負けの怪力なのだが、フレッドはそれが嫌なようだった。


 自分より力の強い女性なんて、という思いがあるらしい。

 だから、最近は重いものを持たないよう、控えていたのに……。


「これからは、もっと気を付けるわ。だから……」

「ああ、気を付けてくれ」

 そこで、しゅんとしてしまっているセレナに気付いたのか、フレッドは言葉を付け加える。


「……とっさに子供を助けようとした、君の優しさを否定したわけじゃない。ただ、君には僕の自慢の婚約者でいてほしいんだ、分かるだろ?」


「……ええ。フレッドの期待に応えられるように、がんばるわ」


 セレナの言葉を聞いて、フレッドは満足そうに微笑んでくれた。



◇◇◇◇◇



「送ってくれてありがとう」

 その後、気分を取り直したフレッドに連れていかれたのは、街中にある宝飾店だった。


 それから、少しのデートを楽しんだ後、まだ日が落ちぬうちに、彼はセレナを屋敷の前まで送りとどけてくれた。


「……本当によかったの? 今日は、誕生日でもなんの記念日でもないのに」

 セレナは、申し訳なさそうにしながら、けれど少しはにかむように、自分の左手の薬指に視線を向ける。


 薬指には、夕日を反射し輝く、小粒のダイヤが埋め込まれた指輪。

 フレッドからの、突然の贈り物だった。


「なにか特別な日でなければ、婚約者に贈り物をしてはいけないなんて、決まりはないだろ?」

「ありがとう、大切にするわ」

「ああ、そうしてくれ」


 それだけ言って、フレッドは満足そうに帰ってゆく。

 セレナは、そんな彼の背中が見えなくなるまで、門の前から動かずに見送っていた。


 自分たちの結婚は、冷め切った家同士の関係を、再び強固なものにするという、大事な役割がある。


 所謂、政略結婚というやつだ。だが、どうせなら両親のように仲睦まじく、愛のある家庭を築きたい。


 それが、セレナの願いだった。


 彼好みの淑女になるため、女性らしく振る舞うよう気をつけているのも、そのためだ。

 そうしたら、フレッドは喜んでくれるから。


 この指輪は、そんなセレナの努力を、少し認めてもらえた証のような気がして、セレナは喜びを噛み締める。


「いつまでそこに突っ立てる気?」

「ひゃっ……ユリウス」


 驚いて飛び上がりながら振り向くと、いつの間にか、冷めた目でこちらを見下ろしているユリウスの姿があった。


 やましいことなんてなにもないけれど、今のやりとりを、家族に見られていたのかと思うと、ちょっぴり恥ずかしい。


「……入らないの?」

「あ、入るわ、待って!」

 ユリウスは、特に今のことには触れず、門を開け屋敷の方へと歩き出す。


 セレナも慌ててその後を追いかけた。






「…………」

「…………」


 屋敷の門でばったり会ったユリウスと、なんとなくそのまま並んで廊下を歩く。

 だが、隣同士の自室までの道のり、ずっと無言でいるのもなんだか気まずい。


 そう思って、ちらりとユリウスを盗み見すると、同じくこちらを盗み見していたらしいユリウスと、目が合う――が。


「……間抜け顔」

「へ?」

「いつも、そんな顔してるの? あの人といる時」


 ユリウスからの突然の言葉に、呆気にとられているうちに、彼はとっとと自室に入っていってしまう。


「ちょ、ちょっと、ユリウス!」


 ドアの閉まった音でハッと我に返ったセレナだったが、もうドア越しに呼びかけても、ユリウスからの応答はない。


(間抜け顔って……わたし、どんな顔してたの?)


 複雑な気持ちになり、むにむにと自分の頬を揉みながら、セレナも自室に戻る。


(はぁ、昔は、もう少し可愛げがあったのにな)


 ユリウスは、元々無口な子だったけれど。

 セレナには他の人より少しだけ、心を開いてくれている。そう思える時期もあったのに。


 いつから、こんな距離感になってしまったのだろう。


 ユリウスが学園に入学してから、特に冷たくなった気がする。そう考えると……。


「反抗期なのかしら」


 セレナは、せっかく浮かれていた気分が、自室に入る頃には、すっかりしぼんでしまっていた。

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