第3話 十七歳になった日常

 かつて、ミスティーグラン大陸には、ドラゴンやウルフ、ゴーガイルなど、数多の魔物が蔓延っていた時代がある。


 人々が邪悪な魔物に怯える中、魔術の才能を持つ一握りの人間たちが立ち上がり、魔物退治を始めた。


 それが今ある退魔師という職業の始まりとされている。


 やがて魔物たちを活性化させていた元凶『邪竜』が封印されたことにより、魔物の数は減少した。

 だが、滅びたわけではない。人々が安心して暮らせる環境を守るため、魔物討伐は今もなお、この大陸に必要不可欠。


 人材不足が起きぬよう、皇帝の命により国々は退魔師の専門学園を造り、優秀な人材の育成に力を入れている。



◇◇◇◇◇



 時は過ぎ――十七歳になったセレナは、魔物退治を生業とする退魔師見習いとして、学園で修行に励んでいた。

 今年は卒業試験も控えている三年生だ。


 大陸で退魔師を名乗るには、例外なく三年間王立の退魔師養成専門学園に通い、免許を取る必要があるため気が抜けない。


 ちなみに、学園の教科書にも載っている、邪竜を封じ皇帝から『竜殺し』の称号を与えられたのは、アーチデイル家の先祖である。


 そのため学園ではアーチデイル家というだけで、羨望の眼差しを受けることが多い。


 セレナも一族の名に恥じぬよう、訓練に励んではいたが……どんなに努力しても、魔力のない彼女を、一族の誰も戦力としてみなしてくれていないのは、相変わらずだった。


 学園で、優秀な成績を収めようと、免許を取ろうと、このままいくと卒業後は、現場に出されることもなく、すぐに結婚の運びとなるだろう。






 昼休み前の訓練で乱れてしまった髪を、ブラシで梳かす。


「うぅ、結んでいた髪の癖が、なかなか取れない……」


 訓練中はポニーテールの方が楽だし好きなのだけど、彼の好みはおろした髪なので、このままではいけない。

 こんなこともあろうかと持参したミストを振りかけ、なんとか整える。


 その後は、肌荒れがないかチェックしながら、色つきのリップクリームで、唇を艶やかにした。


「大丈夫かしら、わたし、汗臭くない?」

 おかしなところはないかと、更衣室の姿見の前で、くるりと回って確認してみる。


「はいはい、大丈夫よ」

「毎回思うけど、セレナは婚約者に気を遣いすぎじゃない?」

 不安そうに何度も確認するセレナに、友人たちも半ば呆れ顔だ。


「そうかしら」

 婚約者に会う前に身嗜みを整えるのは、普通のことじゃないかと、セレナは首を傾げる。


「王太子だとか、格上の相手じゃあるまいし」

「まあ、でも、美形ではあるものね。セレナの婚約者さん。身形もちゃんとしてるし」


「そうなの。だから、わたしもちゃんとしないとって……あ、もうこんな時間!? 行かなくちゃ!」

「は~い。いってらっしゃい」


 時計を見たセレナは、友人たちに手を振ると、更衣室を飛び出す。


 婚約者を、待たせるわけにはいかないから。






「見て、ユリウスくんよ!」

「きゃー、今日も麗しい」


 セレナが足早に廊下を歩いていると、女子生徒たちの黄色い声が聞こえてきた。


 反射的にそちらへ視線を向ければ、女子生徒たちの、うっとりとした視線を集めながらも、まったく意に介することなく、一人廊下を歩いているユリウスの姿。


 幼い頃から天使のようだった透明感のある美少年は、そのまま絵に描いたような美青年へと、成長を遂げていた。


 今では魔力を暴走させることもなくなり、学園では完全無欠の王子様扱い。すっかり、女子生徒たちの憧れの的だ。


 愛想が無く、近寄りがたい雰囲気は相変わらずのため、遠目で見惚れるだけの女子が殆どのようだが。


(相変わらず、すごい人気ね)


 我が義弟の人を魅了する存在感に、義姉ながら感心していると、少し遠くにいたユリウスも、セレナの視線に気がついたようで、ばっちりと目が合った。


「ユリウスも、これからお昼?」

 特に用事はないけれど、無視をするのも気が引けるので、声をかけてみたのだが。


「……ん」

 彼は、愛想もなく一言だけで答えると、視線を前に戻し、セレナの横を素通りしていった。


(行っちゃった……)


 素っ気ないが、いつものことだ。それを寂しいとは思いつつ、気にしていても仕方ないので、婚約者と約束してる食堂へと向かうため、セレナは再び歩き出したのだった。






「フレッド、お待たせ!」


 肩にかかる美しい金髪が目をひく、長身の後ろ姿を見つけ、セレナは気を引き締め淑やかに歩き出す。


 ここでドタドタと走ったら、溜息を吐かれてしまうから。


「セレナ、遅かったな。なにか、あったのか?」

「いいえ……前の授業が、少し長引いてしまって。遅れてごめんなさい」

「大丈夫、席は取ってあるから」


 フレッドは、セレナの背に手を添え歩き出す。

 今日は合格をもらえたようだと、ほっとした。


 前に、授業の後時間がなくて、訓練着のまま待ち合わせ場所に現れたセレナを見た時の、フレッドの幻滅したような、引き攣った表情は忘れられない。


 あれが、セレナが容姿に気を遣うようになった、きっかけの出来事とも言える。


 従兄弟のフレッドとの婚約話が上がったのは、この学園の三年生に進学してすぐの頃だった。

 正直、同じ一族とは言え、分家であるフレッドの家とセレナの家は、親同士の仲があまりよくない。


 その影響もあり、フレッドも本家の娘である自分のことを、あまりよく思っていないのだろうと感じていた。


 だから、婚約話が上がった時は戸惑い、さらに彼の本音を知った時は驚いたのだけれど……。


「今日は天気が良いから、窓際の席を取っておいたんだ。君、好きだろ。ここからの眺めを見ながら食べるランチ」


「ええ、ありがとう!」

 完璧主義な彼に釣り合うよう努力するのは、少し大変なこともあるけれど……彼は、こうして紳士的に接してくれるので、セレナも頑張ろうと思える。


「そうだ。急だけど、今日の放課後は空いてるか?」

「放課後? 特に予定はないけど」


 なにかあるの? と聞いてみてもフレッドは、渡したいものがある、と笑みを浮かべるだけで、詳細は教えてくれなかった。

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