第2話  孤独な少年時代 ―ユリウスside―

 一週間の幽閉を終え、ユリウスはようやく地下牢から解放された。

 まだ本調子ではなかったが、今夜は一族の集会がある日。


 そんな夜に自分が幽閉されたままでは、体裁が悪いというのが、アーチデイル夫妻の考えなのだろう。


 しかし、まだ体調は安定していない。いつ魔力が暴発するか分からない状態に不安を覚える。






 最初だけなんとか集会に顔を出したユリウスは、大人たちが酒に酔い始めた頃を見計らって、会場を抜け出した。


「くっ……はぁ、はぁ」


 バクバクと鳴る心臓を押さえながら、なんとか人気のない中庭の木陰まで、自力でたどり着く。


(まずい……力が、抑えられない)


 ユリウスは、その場に蹲り、魔力が暴走しないよう、内側に力を抑え込もうと感情を鎮める。


 体調が思わしくない時、感情が大きく動いてしまった時、特に魔力を暴発させてしまうから。


 常に冷静に、感情を表に出ないよう心がけているうちに「子供らしくない」「まるで氷で出来た人形のようだ」などと揶揄され、不気味がられるようになってしまった。


 そんな自分を拾い養子にしてくれた、アーチデイル夫妻には感謝している。


 それから――。


(もう、幽閉は避けなくちゃ……)


 少しでも迷惑をかけぬよう、人気の無い中庭まで身を隠しに来たというのに。


「なんだユリウス、こんなところにいたのか」

「我が竜殺しの一族の次期お頭候補が、こ~んなところで油を売ってていいのかよ」


 耳障りな声に顔を上げると、ニタニタと意地の悪そうな笑みを浮かべた、同世代の少年が二人そこにいた。


 彼らは分家の子供たちで、前にセレナに従兄弟だと紹介してもらって以来、あまりいい印象はない。


 たしか兄がフレッドで、弟がディラン。


 こういった集まりで顔を合わせると、人目のない時を見計らって嫌味を言ってきたり、足を引っかけてきたりと、陰湿な嫌がらせをしてくる兄弟だ。


(最悪……)


 ただでさえ感情を荒ぶらせたくないのに、彼らはユリウスの気持ちを逆撫でするような言動を、取ってくるかもしれない。


「ごめん……今、気分が悪くて」

「ハハッ、なんだって? 声が小さすぎて聞こえないな」

 聞こえているくせに。鼻で笑われ、ユリウスは内心苛つきながらも我慢する。


「悪いけど、少し一人にして……」


「はぁ? 一人にしてだって? 僕らに命令する気か」

「生意気な態度しやがって!」


 最初から、ユリウスをいじめて、憂さ晴らしをするつもりだったのだろう。

 少年たちは言いがかりをつけ、ユリウスの手を踏みつけてきた。


「っ、やめ――」


「はは、お前って、なにをされても『やめて』しか言えないのな」

「ぐっ」

 ドカッと、横腹に蹴りを入れられる。


「やり返す度胸もないのかよ。こんなのが、一族の跡取り候補だなんて、情けない」

「それも、人を祟る一族の生まれのくせに。汚らわしい」

「…………」


(やり返す度胸もないだって?)


 自分が手を出せば、こんな奴ら一瞬で殺せる。


 それでも拳を握りしめ、ユリウスは怒りの感情を鎮めようとした。


 彼らを傷つけることに、躊躇いがあるからじゃない。

 なんとか理性を保てているのは、アーチデイル夫妻への義理と……優しい義姉を悲しませたくない、そんな思いだけだった。


 自分が幽閉されると、いつもセレナは悲しそうな顔をするから。

 心配して、内緒で会いに来てくれるから……。


「まったく、貴様みたいな奴を跡取り候補にあげるなんて、スタンリー様はなにを考えているのかって、大人たちはみんな嘆いてる」

「養子のユリウスはこんなだし、実の娘のセレナは、あろうことか魔力を持たない出来損ない。本家は呪われてるってな、ははは」


「っ!」

 セレナの名を出された瞬間、ずっと感情を押し殺していたユリウスの目に殺気が宿る。


「おまえら姉弟は、本家の、いいや、アーチデイル一族の恥さらしさ!」


 そこで、ユリウスの中にあった理性の糸が、プツンと切れた。


「次期お頭の座は、おまえじゃなくて、分家とはいえ、優秀なフレッド兄さまにって話も出てるんだぞ!」

「そうだな。いずれは、僕が後継者にっ」


「セレナは、恥さらしなんかじゃない!」


「ぐはっ!?」


 ユリウスから放たれた魔力の波動により、吹き飛ばされた兄弟は、近くの木に身体を打ち付け、唖然としていた。


 まさかユリウスが、刃向かってくるとは思っていなかったようだ。


「な、なにするんだよ、いきなり!」

「おれたちに怪我をさせたりしたら、父上に言いつけてやるからな、ぐっ!?」


「うるさい、黙れ」

 命じながらさらに自分の中に抑え込んでいた魔力を解放すると、とても立っていられない疾風が、辺り全体に巻き上がる。


 フレッドたちはその圧倒的な力に恐怖し、跪いたまま震えていた。


「や、やめてよ」

「わ、悪かった。僕たちも少しやり過ぎた。だから、お、落ち着けよ、なっ」


 彼らが青ざめた顔で、なにか言っている。

 けれど、自身の魔力の闇に飲み込まれ、すでにユリウスの正気は失われていた。


「地獄に落ちろ」


 泣き叫ぶ兄弟を見下しユリウスは、闇色の魔力を纏った手を翳す。


(いい気味だ。どんな風に、呪い殺してやろう)


 子供とは思えぬ魔王のような笑みを浮かべるユリウスを見て、兄弟は失神した。


 だが――。


「ユリウス、だめ!」

「っ!?」


 力を使おうとした瞬間、信じられないことに、セレナが目の前に飛び出してきた。


 正気を失っていたはずのユリウスは、咄嗟に力を解いたが、納得いかない。


「――なんで、そんな奴ら庇うわけ」

「違うわ!」


 魔力の波動に飛ばされそうになりながらも、怯むこと無くセレナは前へ進み、ユリウスの懐に入り込むと。


「なにがあったのかは知らないけど……どんな理由があろうと、一族の人間を殺めたら幽閉じゃ済まされない! だから、抑えてっ」


 ――わたしが守りたいのは、ユリウスよ。


 そう彼女は、言った気がした。


 けれど最後の方の言葉は、腹に一撃をくらわされ、伸されたせいで聞き取れなかった。


 油断した。たまに手合わせをするが、ユリウスは物理攻撃じゃセレナには手も足も出ない。


 あまり知られていないけれど、彼女は魔力がない変わりと言うべきか、武術のセンスが長けているうえに、怪力の持ち主だった。

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