反抗期の義弟に呪いをかけられたあげく、口説き落とされそうになって困っています!

桜月ことは

第1話 セレナは義弟を甘やかしたい

 跡取り娘のセレナは、残念なことに魔力を宿し生まれてこなかったようだ。


 ――一族の面汚し。出来損ないの娘。


 大人たちが、自分のことをそんな風に噂しているのを、セレナは子供ながらに理解していた。


 魔物退治を生業にしているアーチデイル一族。


 その一族のかしらは、この大陸では辺境伯と同等の権力を与えられている『竜殺し』の称号を受け継ぐ。

 その頭の娘として生まれたのに、魔力が一切無いというのは、異例の出来事だったのだ。


 一族の者たちは、皆、上位クラスの魔力を宿し生まれてくるはずなのに。


 魔物討伐には、必要不可欠な魔力を持たない出来損ないのセレナは、一族のトップである父スタンリーの子ではないのではないか。

 母レイラが、よそで作った子なのではないか。


 そんな憶測を好き勝手言われていたけれど、仲の良い両親を間近で見ていたセレナは、自分が父の子ではないのかもと、不安に思うことはなかった。


 けれど、魔力がなければ、一族の跡取りとしての役目を果たせないだろう。


 子供ながらに、そんな自責の念に駆られ続けていたセレナの元に、ユリウスがやってきたのは彼女が十二歳になったばかりの頃のこと。


 彼は、父の今はなき親友の息子らいし。


 一族の子供ではなかったが、十歳にしてすでに、竜殺しの一族の誰も敵わないほどの魔力を、その身に宿す、規格外の存在だった。


 ああ、自分は跡取りの役目を外されたのだなと、セレナは察した。

 だから両親は、ユリウスを養子にもらい、後継者に育てようと考えたのだと。


 だが、突然出来た義弟が、憎らしいかと言えば、そんなことはなかった。


 正直、セレナは、肩の荷が下りた思いだったのだ。



◇◇◇◇◇



 ある日の昼下がり。

 セレナは、最近やってきたばかりの義弟を、屋敷のテラスへと誘った。


「ユリウス、隣国から取り寄せた果物は気に入ってくれた?」

「…………」


 セレナにそう聞かれても、ユリウスの返答はない。


 彼は、あまり感情を表に出さない少年だった。

 無邪気にはしゃぐ姿なんて見たこともないし、口調も淡々としており、基本無口だ。


 けれど、もくもくと甘酸っぱい果物を頬張り続けるその瞳が、僅かに輝いて見えたので、気に入ってくれたのだと思う。


「よかったら、わたしの分も食べて?」

 ユリウスに喜んでもらいたくて取り寄せたものだったので、その反応に嬉しくなったセレナは、自分の分も差し出した。


 甲斐甲斐しく義弟の世話をする光景を、屋敷の使用人たちは、皆微笑ましそうに見守っていたのだけれど。


「……いらない」

 自分の分を食べ終えたユリウスは、顔を背け、早々と自室へ戻っていってしまった。






 またある日の昼下がり。


「トリックオアトリート!」

「…………」


 突然、黒猫の耳と尻尾のついたローブを被ったセレナが、部屋に突撃したせいか、ユリウスは不審者を見るような目でこちらを一瞥した。


「知ってる? 今日、異国では、魔界のものに変装して、大人たちにおやつを要求できる日なんだって」

「…………」


「おやつをくれない大人には、いたずらできるんだって。面白そうでしょ! わたしたちもやりましょう!」

「……え?」

「ユリウスは、狼男ね!」


 困惑しているユリウスへ、オオカミの耳と尻尾のついたローブを被せれば、狼男の完成だ。


「か、かわいい~っ、ユリウスとってもかわいいわ!」

 ユリウスは美しい白銀の髪に、アメジスト色の瞳を持つ、天使のような美少年。

 ただでさえ可愛いのに、耳付きフードを被った姿は眼福だ。


「…………」

 義姉にぎゅうぎゅうと抱きつかれ、頭を撫で回されても、ユリウスはもう諦めているのか、無言でされるがままになっている。


「さあ、まずはお父様の執務室に突撃よ!」

「えっ……」

「おやつをもらえなかったら、泥団子を投げつけて逃げましょう!」

「…………」


 なにか言いたげだったユリウスの手を握り、セレナは彼を部屋から連れ出す。


 ユリウスがその手を振り払うことはなかったけれど、父の仕事の邪魔をした二人は案の定こっぴどく叱られた。


 父のお説教を聞きながら、セレナは巻き込んでしまったユリウスを、申し訳ない気持ちで盗み見したが、いつもと同じ無表情の少年が、今なにを思っているのかは、分からない。


(はぁ……また、嫌われちゃったかな)


 ユリウスの、笑顔が見てみたい。そう願っているのに、なかなか上手くいかなくて、いつも行動が裏目に出ている気がする。


 だから、セレナは、義弟にあまり好かれていないようだと自覚していた。



◇◇◇◇◇



「ユリウスが、また魔力を暴発させたらしい」

「なぜお頭は、あんなのを拾ったんだ! あんな化け物を!」


 やがて、本家の次期当主候補として、つねに注目を浴びていたセレナへの冷たい視線は、義弟のユリウスに強く向けられるようになっていった。


 強大な魔力を持って生まれてきてしまったばかりに、まだ幼く体力もないユリウスは、すぐに体調を崩し魔力を暴発させたりと、不安定な状態だったためだ。


 魔力が暴走すると、誰も手がつけられないことと、彼の生まれた一族の事情も相まって、化け物と恐れられ、暴走のたびに結界を張った地下室に幽閉されている。


 ユリウスの不安定さを承知で引き取った両親も、予想以上のことに手を焼いているようだ。


 だが、誰もがユリウスを恐れるなか、セレスの彼への感情は、恐怖心とは違う物だった。


 自分は魔力を持って生まれてこなかったことで、一族から蔑まれてきたが、ユリウスは誰にも負けない魔力を持っているのに、周りから悪く言われ厄介者として孤立させられている。


 結局彼らは、一族のトップを名乗れる地位に近い存在を、妬み攻撃したいだけなのかもしれない。


 十二歳にもなれば、そんな一族をまとめ上げている父の苦労も見えてきて、セレナは自分が背負うべきだったその重圧を、これからはユリウスが自分の身代わりに受け続けるのかと思うと、彼に対して罪悪感のようなものを覚えてしまうのだ。


 だから、いつもついつい、彼を甘やかしてしまうのかもしれない。


 まだ幼く、他に身寄りもない。養護院からも魔力の暴走により見捨てられ、今は冷たい地下牢に幽閉されている孤独な男の子。






「ユリウス」


 ユリウスが幽閉されるたび、毎夜セレナは大人たちの目を盗み、様子を見に行く。


 理性を無くし叫んだり、魔力を何度も暴発させる彼を見ていると、いつも胸が苦しくなった。


 彼は、今なにを思っているのだろう。

 寂しくはないだろうか。心細くはないだろうか。

 もし自分なら、孤独に押しつぶされてしまいそうだ。


「ユリウス……大丈夫よ、怖くないよ。ユリウスは、一人じゃないから」


 ――わたしが、守ってあげたい。


 理性を無くした彼には、きっと声は届いていない。

 正気に戻った時には、自分が会いに来ていることも、覚えていないようだ。


 それでもセレナは結界越しに、まだ幼い義弟へ、そう伝え続けた。

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