第14話 夜のデート

 その後、屋敷の者に見つかることなく、裏口から抜け出した二人は、サンセリアの大通りを並んで歩く。


「もう、強引なんだから……」

「どうしても、セレナと出掛けてみたかったんだ」

「そんなの、今まで何度もあったじゃない」

 なにも、夜に内緒で抜け出さなくてもと、セレナは思ったのだが。


「姉弟としてじゃなくて、これはデートだよ。セレナ」

「っ!」

 改めてそう言われると、緊張してくる。

 確かに、ユリウスと二人で出歩くのを、デートだなんて意識したことは、今までなかった。


「それで、どこへ行く気なの?」

「特に決めてない」


 なんて計画性のない。

 普通、デートに誘うなら、事前に予定を決めたり、店を予約したりしておくものじゃないだろうかと、セレナは思った。


(だって『    』は、いつもそうしてくれていたし……)


 また、ズキンとこめかみが痛む。


 一瞬、ユリウスじゃない誰かの存在が、頭を過った気がする。


「どうかした?」

 だが、ユリウスに手を触れられ、指を絡ませられると、その誰かの面影は弾けて消えた。


「…………」

「セレナ?」

「……なにかを、忘れてしまっているような、胸のモヤモヤがずっとあって」


「ふーん……でも、思い出せないなら、たいした記憶じゃないんじゃない?」

「そう、なのかしら……でも、なんだか……」

「オレが、忘れさせてあげる」

「っ!」


 ぎゅっと、繋いだ手に力が込められる。


「そんな記憶、気にならなくなるぐらい、楽しもう」


 そう言って、ユリウスは笑った。


 昔は天使みたいにかわいいと思っていた、ユリウスの笑顔。

 たまに見せてくれる、その顔がたまらなく愛おしくて、胸がきゅんと高鳴るほど大好きだった。


 でも今は……目の前にいる、熱っぽく自分を見つめてくる青年の笑みに……あの頃とは違う意味で、セレナの胸が僅かに高鳴る。


「行こう、セレナ」

「う、うん……」


 なぜ、ユリウスは突然、自分を好きだなんて言ってきたのだろう。

 ずっと保ち続けてきた関係を、壊すようなことを……。






 そうして、行き当たりばったりで最初に二人が入ったのは、少し大人の雰囲気がするバーだった。


 二人とも未成年なのに。いけないことをしている気分でドキドキしたが、そこは酒だけじゃなく、スイーツでも有名な店のようだ。


 よく周りを見渡してみると、カウンターで強めの酒を飲んでいる壮年の男性もいれば、窓際の席でジェラートを食べながら、会話に花を咲かせている若い女性たちもいる。


 これなら自分たちも、この場に馴染めず浮いてしまう程、場違いには見えていないかもしれない。

 そんな心配をしていたセレナをよそに、物怖じすることなく、ユリウスが頼んでくれたのはイチゴがのった特大のパフェだった。


 甘いものは大好物だし、とても美味しそうではあるのだが。


「こんなの一人じゃ食べきれないわ」

「大丈夫、二人で食べるんだから」

「えぇっ、そんな……恋人同士じゃないんだから」


 周りの人たちに勘違いされちゃうと、セレナは困り顔で俯いた。


「セレナ、意識しすぎ」

 まあ、意識してくれているだけ、嬉しいけど。とユリウスは照れることなく、パフェのクリームをすくい上げる。


「誰も、オレたちの関係になんて、興味持ってないよ」


 確かに。店内は薄暗いし、みんな自分たちの時間を楽しんでいる様子なので、ユリウスといても学園にいる時ほど、視線を感じない。


「ほら、甘い物でも食べてリラックス」

 言いながら、クリームのついたイチゴを差し出され、反射的にセレナはそれを口にした。


(思わず食べさせてもらっちゃった……)


 恥ずかしいけど、美味しい。

 甘酸っぱいパフェが、セレナの緊張を解いてくれる。


「どう? 美味しい?」

 無言で頷くと、ユリウスは「じゃあ、オレも」と、当然のように待っている。

 セレナに、食べされてもらうのを。


(なにやってるのかしら、わたしたち……)


 これはもう、正真正銘のデートだ。言い逃れはできない。


 幼い頃は、体調を崩したユリウスに、こうして食べさせてあげていたけれど。それから、先日ユリウスが、朝起きてこなかった時も……。


 でも、好きだと言われてからするのは、今までとは全く意味が違う行為のように思えた。


 いやでも意識してしまう。


 昔としていることは、変わらないはずなのに。


「うん。本当だ、美味しいね」


 唇の端についたクリームを、舌でぺろりと舐め取るユリウスの仕草が艶めかしくて、セレナの気持ちは、どうにも落ち着かなかった。






 パフェを平らげバーを出た後は、催事場に並んでいた夜店を、二人で見て回った。


 手を繋いで歩いていても、誰も怪訝そうな顔をするものはいない。当然だ、ここには二人の関係を知っている人なんて、いないのだから。


 夜店を楽しむ周りの雰囲気も相俟って、徐々にセレナも開放的な気分になってくる。


 そうしたら、いつの間にか心から、この時間を楽しみ、ユリウスと笑い合っている自分がいた。



◇◇◇◇◇



 しばらく夜の街を散策した二人は、さすがにそろそろ戻ろうかと、深夜の帰路をのんびり歩く。


 セレナは、ほんの少しだが、このまま帰るのが、もったいないような気持ちになった。


 それぐらい、ユリウスとの、行き当たりばったりのデートは楽しかったのだ。


 普段夜遊びなんてしないので、それだけでも、とても刺激的な体験だったというのもある。

 けれど、この充足感は、それだけじゃない。


 ユリウスが、いつものそっけない態度など嘘みたいに、無邪気な一面を見せてくれるから。

 セレナも、デートなのだと気負うことなく、純粋に楽しめたのだと思う。


 デートとは、もっと相手に合わせるように取り繕って……終始、気を抜いてはいけないものだと思っていたのに。


 今日は、楽しかった。と、素直な感想を伝えたら、また彼は嬉しそうに笑った。


「今日のユリウスは、表情が豊かね」

「そう?」

「いつもそうだったらいいのに」

「どうして?」

「ユリウスが、笑ってくれると、わたしも嬉しい気持ちになるから」

「っ……」


 セレナの笑顔を見て、ユリウスは突然そっぽを向いてしまった。


「……不意打ち」


 顔は確認できないけれど、なにか呟き耳が真っ赤になっている。

 照れているのだろうか。


 自分の言葉一つで、こんな反応をしてくれるなんて。

 ユリウスが、本当に自分のことを、好きでいてくれているのが伝わってくる。


 そして、自分は……戸惑いながらも、その気持ちが嬉しい。

 いけないことだと、義姉として自制しなければと感じつつ、そう思ってしまうのだ。


「いつもユリウス、そっけなくて寂しかったし……」

「それは……あまり感情が大きく動くと、魔力を制御できなくなるから」

「でも、子供の頃より意識して抑えられるように、なっているんでしょ?」


 それなのに、子供の頃よりそっけない態度をされるのは、納得いかない。

 そのせいで、セレナはずっとユリウスが反抗期なうえ、自分のことを疎ましく思っているのだと、勘違いしていたのに。


 それがまさか……好意を持たれていたなんて、青天の霹靂だった。


「もう子供じゃないからこそ、制御しにくい感情もあるだろ」

「そういうもの?」

「……全然、分かってない顔」

「???」


 ユリウスは、不思議そうにしているセレナを半眼で見やり、溜息を吐いた。


「セレナといると、心乱されるって意味」

「っ!」

 腰に手を回してきたユリウスに抱き寄せられ、また耳元で甘く囁かれたせいで、セレナはドキッとする。


「恋情とか、嫉妬心とか、独占欲とか……どれも、子供の頃には分からなかった。セレナにしか感じないものだよ」


 セレナと接すれば接するほど、それらの感情に心が掻き回され、平常心を保つのが難しかった。

 だから、あえて避けていたと、ユリウスは認める。


(そっか。だから『    』と『  』してから、余計ユリウスはわたしを避けるように……)


 自分の思考に違和感を覚える。

 頭の中に、自然と浮かんできた言葉。なにかが抜け落ちている。足りない。


「セレナ?」

「わたし……やっぱり、大切なことを忘れている気がするの」

「…………」


 突然、不安げな顔をするセレナを、ユリウスは感情の読めない目をして、無言で見つめていた。

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