第13話 内緒の関係

 いつも仲が良くて、お互いを大切に想い合っているのが伝わってくる。そんな両親を見て育ったセレナは、温かな家庭を築くのが密かな憧れだった。


 幼い頃は、そう思っていた。


 自分もいつか――でも……。






「…………」

「――ナ、セレナ」

「っ!」


 名前を呼ばれ、ハッとする。

 夕日の差し込む、オレンジに染まった旧校舎の屋上で、セレナはぼんやり佇んでいた。


(あれ……わたし……)


 なんだか、寝起きのように、頭が上手く回らない。


「どうしたの、ぼーっとして」

 そんなセレナを見て、隣にいたユリウスが苦笑いを浮かべている。


「えっと……なんで、ここにいるんだっけ?」

「なんでって……ぼーっとしすぎでしょ」

「ご、ごめんなさい」


 別に、具合が悪いわけじゃないのだ。

 ただ、なぜだか記憶があやふやで、思考が纏まらない。


「放課後になっても屋上で昼寝してたオレを、セレナが迎えに来てくれたんだ」

「そう、だった……?」


 そうだった気もする。

 そうだ。一緒に帰る約束をしていたのに、いつまで経ってもユリウスが来ないから、探しに来たのだ。


「本当に大丈夫?」

「う、うん」

「頼りない返事」

「そんなこと……」


 そう言いながらも、自分を見つめてくるユリウスの目や表情が、優しく慈愛に満ちていて、セレナは困惑する。


 ユリウスのこんな表情……今まで、見たことがあっただろうか。

 何に対しても、無関心な印象を受ける彼が。


「セレナ、そろそろ帰ろう」

「…………」

「なに?」

「ユリウス、わたしのこと名前で呼んでたっけ」


「なに言ってるの。二人きりの時は、名前で呼んでるだろ」

「っ!」

 そして当たり前のように、ユリウスに手を握られ、セレナは目を丸くする。


「そ、そうだったかしら……あの、それで、この手は?」

「いつも繋いでるだろ……二人きりの時は」

「えぇ!?」


 本当に? からかわれているだけじゃないだろうか。

 だって、ユリウスは……ユリウスは……?


 なにかが胸につかえているのに、その先の言葉は、思考に靄がかかって出てこなかった。






 それから、屋敷までの送迎用馬車の中でも、ユリウスは二人きりだからと、指を絡ませてきた。


「あの……姉弟でこんなの変よ。恋人同士じゃないんだから」

 セレナは、困惑気味に、手を引っ込めようと試みたのだが。


「……嫌?」

「嫌とかじゃなくて」

「嫌じゃないなら、いいだろ」

「ダメだってばっ」


 いつもより距離が近いせいだろか。なんだか、緊張している自分がいる。

 ユリウスを変に意識してしまう。義弟なのに……。


「もしかして、照れてる?」

「なっ!?」

 そうだとしても、認められるはずがない。

 けれど、顔を赤くして困り顔のセレナを見て、ユリウスは楽しげに笑った。


「だとしたら、やっぱり家に着くまでは、このまま」

「な、なんで?」

「もっとセレナに、意識して欲しいから」

「い、意識?」


 まったく意味が分からないでいるセレナの顔を、ユリウスは間近で覗き込んできて、囁いた。


「オレの告白、忘れちゃったの? 呪いたいほど、愛してる、セレナ」

「~~~~っ!?」


(そ、そうだったわ! わたしっ……)


 あれは、数日前の出来事だっただろうか。

 旧校舎の屋上で……。


 義弟の態度が、こんな風に変わった理由を、ようやく思い出す。


(なんで、こんな大事な記憶が、抜けていたのかしら。わたし、ユリウスに告白されて……)


 ずっと嫌われていると思っていた義弟からの、突然の告白に信じられない思いだった。

 戸惑い、返事ができなかったセレナに、これからは義弟としてじゃなく、男として意識してもらえるようにがんばる、と彼は言ったのだ。


 それから、二人きりの時だけ、ユリウスはセレナを名前で呼ぶようになり、こうやって……。


「思い出した? 本当にセレナってぼんやり。まあ、そんなところもかわいいんだけど」

「っ!?」

 耳元で囁いてきたりして、強引に距離を詰めてくるようになった。


「もう、そんなに近づかなくても聞こえるわ!」

「分かってるよ。近づく理由は……セレナに意識してもらうためだから」


 恥ずかしげもなく、真顔でそんなことを言われても困る。

 いつもと変わらない抑揚のない声音にも、熱がこもっているように感じた。


 どうしたらいいのだろう。

 こんな関係、誰にも相談できない。

 義弟に口説かれているだなんて。

 両親にも、友人にも……なのに、強く拒絶できないのは、なぜだろう。


 結局セレナは、悶絶しそうになりながら、馬車での秘密の時間を耐えたのだった。






 屋敷に着くと、ようやく繋いでいた手を離し、ユリウスはセレナを解放してくれた。


「あら、おかえりなさい、二人とも」


 出迎えてくれた母に「相変わらず仲良しね」と言われ、セレナの目が泳ぐ。

 だがユリウスは、否定も肯定もせず「そうかな」と笑みを浮かべていた。


 その後、いつも通り家族揃って夕食を済ませると、父から久しぶりにカードゲームをしようと提案され、みんなで少し遊んだ。


 両親は、まさか自分たちが、裏で付き合う付き合わないの攻防をしているなんて、思ってもいないだろう。


 もし、ばれてしまったら……どんな反応をされるか分からない。



◇◇◇◇◇



「はぁ……このままじゃ、いけない。絶対にいけないわ」


 流されて、ずるずると内緒の関係が続くのもよくないし、仮に付き合うことになった場合、公にはなんて言えば?


 養子のユリウスとセレナは、血がつながっているわけじゃない。

 だからこの国の法の下で、結婚することは可能だ。


 貴族の間では、優秀な子供を養子として迎え育て、実子と結婚させることも、そこまで珍しいことではないと聞いたこともある。


「…………」


 けれど、自分たちは結ばれてはダメだと、なぜかセレナの本能が、警告を鳴らすのだ。


(だって、わたしには……他に――っ)


 なにか浮かびかけたが、ズキリと急にこめかみが痛み、掻き消される。


 セレナは、無意識に、なにもない薬指を指でなぞりながら、モヤモヤを感じた。


 その時、ドアをノックする音が聞こえ、肩を竦めて振り向く。


「起きてる?」

 声の主は、ユリウスだ。


「……起きてるわ」

 答えてから、眠ったふりをすればよかったかしら、と気付いたが今更遅い。

 しかたなく、セレナは部屋のドアを開けた。


「どうしたの?」

 おっかなびっくり、ドアの隙間から顔を覗かせると、そんなセレナがおかしかったのか、ユリウスがくすくすと笑う。


 告白してくれた後から、前よりユリウスは少しだけ表情豊かになったと思う。

 セレナの前でのみ、そういう一面を見せてくれているのかもしれない。


「そんなに警戒しないで。なにも、取って食ったりしないから」

「あ、当たり前だわ!」


「そんなことより、デートしよう、セレナ」

「え?」


 いきなり? こんな時間から?


「だめよ、もう夜よ。お母様たちが心配するわ」

「大丈夫。秘密にすれば、バレないよ」

「なっ」


 したたかな笑みを浮かべたユリウスに、手を掴まれ引き寄せられる。


 よろけたセレナは、やすやすとユリウスの腕の中へ、捕らえられてしまった。


「ちょっと、ユリウス」

「しー、静かに。そんな声出したら、誰か来るかも」

「っ!」


 ユリウスの人差し指が、セレナの唇に触れる。

 それだけでも恥ずかしかったのに、ユリウスはそのまま、ふにふにとセレナの唇をつつきながら。

「……かわいい。キスしたい」

 なんてボソリと熱っぽい眼差しで言ってきた。


「な、なっ、何を言うの!?」

「声、大きい。バレてもいいの? オレは、別にかまわないけど」

「〜〜〜〜っ」


 義弟の腕の中で赤面している姿なんて、絶対に家の者に見られてはいけない。


 身を固くして周りを警戒したセレナだったが、幸い今のところ薄暗い廊下に、人の気配はなかった。


「さあ、早く。誰も来ないうちに」


 迷っているうちに、ユリウスに強引に手を引かれ、結局セレナは、夜の街へと連れ出されてしまったのだった。

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