第12話 義弟は義姉を、呪いたいほど愛してる

「はぁ、はぁ……」


 医務室に行っても、フレッドが追いかけてきてしまうかもしれない。

 けれど、今は心の整理をするため、一人になりたかった。


 だからセレナは、この前教えてもらった穴場の、旧校舎屋上に逃げ込んだ。


 だが、日陰にあるベンチで横になっていた人物が、物音に気づいて起き上がる。

 一人だけ、先客がいたようだ。


「姉上」


「ユリウス……」


 そうだった。ここは、ユリウスの昼寝場所でもあるんだった。


 今は誰とも顔を合わせたくなかったけれど、もうここから立ち去るのも億劫だ。


「どうしたの? ひどい顔してるけど」

「誰のせいで……」


 声を震わせるセレナの瞳から、ついに堪えきれなくなった大粒の涙がこぼれ落ちる。


「誰に泣かされたの?」

 ゆっくりとユリウスが、こちらにやってきた。


「全部、ユリウスのせいじゃない! どうして、こんなひどい呪いをかけたの? どうしてっ」


「誰かの、知りたくなかった心の声でも耳にした?」


「そうよっ、昨日からずっと、フレッドの声が……本心が……」


 政略結婚とはいえ、フレッドは自分を想ってくれていて、自分もその気持ちに応えたいと思った。

 そして、一族の面汚しと言われていた自分でも、役に立って認められたいという思いもあった。


 だから、もっと彼に気に入ってもらえるよう、幻滅されないよう、自分なりに努力してきたつもりだ。


 けれど、彼は……。


 心が打ち砕かれたように痛み、胸が苦しい。


 そして、なんて自分は惨めなんだと、こんな自分自身に羞恥心さえ覚える。


「姉上を傷つけたのは、オレの呪いじゃない。あの男の本心だ」


「…………」


 そうとも言えるけど「だから、謝る気はない」と言いたげな態度をされるのは、納得いかない。


「でも、ユリウスが呪いなんてかけなければ、知らずに済んだじゃない! そうしたら、こんな苦しい気持ちにだってならずに」


「あんな男と結婚したら、遅かれ早かれ、傷つくことになったんじゃない?」


「それでもっ……わたしたちの結婚は、家同士を結びつける大切なものだから。それならっ……何も知らないまま、幸せな気持ちで結婚したかった!」


 みんなが言うとおり、自分は恋愛ごとには初心だし、鈍感なんだと思う。

 だから、こんな呪いさえなければ、一生騙されて、彼の本心や浮気にも気づかずに、いられたかもしれないのに。


 それを、本当の幸せと呼ぶのかは、分からないけれど。

 どうせ避けられない結婚なら、騙されたままのほうがマシだった。


「どうして、こんな呪い……わたしって、そんなにユリウスに嫌われていたの?」

「…………」


 きっとユリウスは、気付いていたのだと思う。

 フレッドの本心が、どんなものか。

 そのうえで、こんな呪いをかけてきたのだ。


「呪いで苦しめたいほど、わたしのことが憎かったの?」

「…………」


 セレナの涙ながらの訴えを、ユリウスは無言で聞いていた。

 その表情は、なにを考えているのか、分からない。


「なんとか言ってよ、ユリウス」


 その時――そっと伸びてきたユリウスの指が、頬を流れる涙を優しく払う。


『嫌いなわけない。呪いたいほど、愛してる』


「……え?」


 触れられた瞬間、聞こえた言葉に、セレナは意表を突かれて固まる。


『ずっと、好きだった。ずっとずっと昔から、セレナだけを』


 頬に添えられた手から、溢れんばかりの想いが流れ込んできた。


「オレは、聞かれて後ろめたくなるような気持ち、なにもないよ」


 真っ直ぐな想いと眼差しに射貫かれて、セレナの中に困惑が生まれる。


「あんな男、捨てちゃいないよ。オレが、忘れさせてあげるから」

『本気だよ』


「そ、そんなこと……」


「オレじゃ、ダメ?」

『誰にも渡したくない。オレを見て、セレナ』


 言葉と心の声が、共にセレナへの想いを伝えてくる。裏表のない、愛の言葉を。


 だが――。


「……そんなこと、できないわ」


 セレナは、戸惑いを振り払い、ユリウスの目を見返した。


 一族のトップの娘として生まれてきたのに、魔力を持たず、跡継ぎになれない自分。そんな自分が、一族の役に立てる、数少ない貢献がフレッドとの結婚なのだ。


 今、アーチデイルは一族の中の派閥争いで、ギスギスしている。

 フレッドとの結婚は、それを鎮める効力があるから。


 これは、父やいずれ跡を継ぐユリウスの負担を減らすためにも、必要なことだ。

 自分の気持ちだけで、今更破談になんてできない。


「フレッドとの結婚は、アーチデイルの一族にとって、必要なこと」

「っ……」

「お互いの気持ちなんて関係ない」

「そんなのっ」


 ユリウスは、切なげに顔を歪め、なにか言い掛けた。


 けれど、その時。


「セレナ!」


 セレナを探し屋上までやってきたフレッドは、ただならぬ様子の二人を見つけ、駆け寄ってくる。


「フレッド」


 だが、ユリウスの手から逃れることは、叶わなかった。


『だめ、もう逃がさない』


 後ろから絡め取るように抱きしめられた瞬間、足下から魔法陣が浮かびあがる。


(な、なに!?)


 セレナは、抵抗する間もなく、急に意識が遠のいていった……。

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