第11話 本心なんて知りたくなかった

「ユリウス!」


「おかえり」


 青い顔をして帰ってきたセレナが、一番に向かったのは、もちろんユリウスの部屋だった。


「楽しかった? 今日のデート」

 深刻そうなセレナの表情を見て、ユリウスは薄い笑みを浮かべる。


「今朝言ってた呪いってなに? いったい、わたしになにをしたの?」


「触れた人間の、本心が聞こえる呪いをかけた」


(……やっぱり)


 薄々そんな気がしていた。けれど、認めたくなかった。


 あれが……フレッドの本心だなんて。


「今すぐ解いて」

「なんで?」

「なんでって」

「今日、誰かの本心が聞こえて、困ることでもあった?」

「っ!」


 婚約者の本性を知ってしまった。

 自分に優しいのはうわべだけで、心の中では馬鹿にされていた。


 でも、それを知ってしまったからって、今更婚約破棄ができるわけじゃない。

 そう思うと、今日知ってしまった事実は、自分の胸の中だけに、しまっておいた方がいい気がした。


「……困ったことなんて、ないわ。でも、呪われている状態でいるのは、気分が悪いの」

「じゃあ、その指輪を外して」

「指輪?」


「オレが呪いをかけたのは、姉上にじゃない。その指輪にだから」

「なっ……」


 セレナは、躊躇して固まった。

 フレッドのいないところでは、指輪を外していればいいかもしれない。

 けれど、肌身離さずつけていると、約束してしまったのだ。よりによって、フレッドの前でだけは、絶対に外せない。


 一番聞きたくないのは、彼の本心なのに。


「ユリウスの、意地悪っ」

「どうしたの? 嫌なら、それを外せばいいだけだ」

「そうじゃなくて、指輪にかけた呪いを解いて」


 言いながら、指輪をユリウスに差し出してやるつもりだったが……いくら引っ張っても、指から指輪が抜けなくなっていて、セレナは青ざめた。


「なんだ……まだ、ダメなんだ」

「だめって、なにが?」

「それは呪いの指輪だから。姉上に、贈り主へのなんらかの未練があると外せない」

「外せない!?」


「あいつの本性を知ったら、一気に気持ちが冷めるかと思ったのに」

「そんなわけ、ないじゃない!」


 確かに驚きショックだったけれど、それでも自分がフレッドと、結婚する気持ちに変わりはない。

 だって、この結婚は、自分だけの問題じゃないから。


 だが……ならば、自分は一生フレッドの、うわべとは裏腹な本性を、見続けなければならないのか。

 そのうち、心が病みそうだ。

 この呪いは即効性はないが、じわじわと毒のように広がり、徐々に心を蝕まれてゆく、恐ろしい呪いなのかもしれない。


 もう、ユリウスは当てにできない。自分で解く方法を探さなければ。



◇◇◇◇◇



 翌日。


 セレナは、重たい気持ちで登校した。

 誰にも触れないよう、おっかなびっくりしながら、放課後までやり過ごすしかない。


 それでも、数人の友人と接触してしまったが、幸い嫌な思いはせずに済んだ。


 友人たちの心の声は、普段セレナに接してくれている態度と、なんら変わりの無いものだったから。


 そんなに警戒しなくても、悪意のある本性を隠し持っている人など、周りにはいないのかもしれない。


 そう思うと、昨日のフレッドの、毒を含んだような本音が、なおさら際立つ。


 もうすぐ昼休みだ……。


 婚約してからずっと、昼食は一緒に取る約束になっている。

 昨日のこともあるし、急に避けるようなことをすれば、不審に思われるかもしれない。


 そう考えると、行かないわけにもいかず、セレナは重い足取りで、いつもの約束の場所へと向かった。






(あら?)


 約束の時間から少し遅れてしまったが、先に着いていたフレッドは、誰かと談笑していた。


 相手は、見覚えがある。別のクラスの女子みたいだ。

 なんとなく声を掛けずに、二人の様子を伺っていたら、視線に気がついたフレッドが、話を切り上げこちらにやってきた。


「なんだ、いたなら声をかけてくれればいいのに」

「ごめんなさい……邪魔しちゃ悪いと思って」

「邪魔なわけないさ。君は、僕の婚約者なんだから」


 いつもなら、その言葉で安心できるのに。


「でも……まだお話の途中だったんじゃない?」

「いや、ただのクラスメイトと、世間話をしていただけさ」


 それもいつもの自分なら、素直に彼の言葉を信じて、気に留めることもなかっただろう。


 でも、今日は――。


(口ではそんなことを言っても、内心は邪魔に思ってるんじゃ……)


「さあ、今日は食堂でいいかな」

 そんなセレナのモヤモヤには気付かずに、フレッドが、そっとセレナの腰に手を添えてきた。


『危なかった。学園では、あまり話しかけてくるなと彼女には言ってあるに……。まさか、セレナも昨日彼女と一晩中楽しんだことまでは、察していないだろうが……疑われたか? いや、セレナは鈍い。今までも気づかなかったんだ、大丈夫だろう』


 くらりと目眩がした。

 昨日、彼が言っていた予定とは、まさか……。

 先ほどの彼女とフレッドは、深い仲なのだろうか。


「おっと、どうしたんだ」

 よろけたセレナを、心配そうにフレッドが支える。


『昨日からどうも様子がおかしい……僕に夢中のはずのセレナが、キスも拒んだ。まさか、ユリウスとなにかあった、とか?』


「……ごめんなさい。少し気分が悪くて。医務室で休みたいから、今日の昼食は遠慮させてもらうわ」


 セレナは、精一杯動揺を隠し、フレッドから離れると、医務室まで付き添おうとした彼を「大丈夫」と拒み、逃げ出したのだった。

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