第18話 エピローグ ―ユリウスside―
「消えちゃ、いや! ユリウス!!」
そう言って、セレナは呪いを解く口付けをくれた。
義弟を消滅させられないという、同情心からかもしれない。
それとも彼女は、自分の使命や婚約者より、ユリウスを選ぶと決めてくれたのだろうか。
正直、どちらでも良かった。
今、この瞬間、自分を求め唇を重ねてくれた事実に、心は震えた。
歪んだ愛の箱庭が崩れてゆく。その音を聞き、ユリウスは幼い日のことを走馬灯のように思い出しながら、静かに目を閉じたのだった。
◇◇◇◇◇
十一歳のユリウスは、薄暗い地下牢の中で丸まっていた。
また魔力を暴走させ、幽閉された。
アーチデイル夫妻も、こんな自分を引き取ったこと、今頃後悔しているだろう。
今回は、セレナに伸されたおかげで、周りに危害を加えることはなかったが。
あの時、セレナが止めに入ってくれなければ、自分はフレッドたちを、呪い殺していただろう。
なんの躊躇もなく。
(同族殺しなんてしたら、オレも即断罪されてただろうな……)
いつも寛大な養父も、今回ばかりは事態を重く受け止めている。
魔術に制限を与えられる契約書に血判を求められ、もう二度と人を呪い殺せないよう約束させられた。
(あんな奴ら、生かしておいても、あの子にとっての害にしかならない。それなら、オレが……)
刺し違えて始末してしまった方が、セレナのためじゃないかと、ユリウスは思う。
呪い以外の方法でだって、やろうと思えばできそうだ。
口ばかりで世間知らずのお坊ちゃま二人ぐらい。
その後、自分も始末されるのだとしても。それでいい。自分なんて、断罪されてしまった方がいいんだとさえ思う。
これ以上、アーチデイル夫妻とセレナに、迷惑をかけないうちに。
「ユリウス、大丈夫?」
深夜、いつものように、セレナが大人の目を盗んで会いに来てくれた。
いつも結界の中で暴走している姿を見られるのが、恥ずかしかった。
だから、気づかないふりをしてしまっていた。
セレナは一度も、暴れる自分を蔑んだり、化け物扱いしてきたりしたことはないのに……。
「お腹に、一撃いれてごめんね?」
罪悪感の滲む声に、ユリウスは思わず顔を上げる。
セレナはなにも悪くない。暴走しようとした自分を、止めてくれただけなのに。
「痛かったわよね……」
「……大丈夫」
本当は、まだ痛いけれど、気を遣わせたくなくて、ユリウスは気怠げにのそりと起き上がり答えた。
「ユリウス!」
目が合うと、彼女は少しだけほっとしたように、表情を和らげる。
「なんで……いつも、オレに会いに来るの?」
「え?」
「なんで、今日もオレを庇ったの?」
ユリウスは、無性にむしゃくしゃしてきた。
今日だって、止めになんて入らず、見て見ぬふりをしていてくれれば……でも。
「ほっとけるわけないか。オレが暴走すれば、迷惑するのはこの家の人たちだし」
「迷惑なんて、そんな」
「……これ以上、顔に泥をぬられたくなければ、一生オレをここに幽閉したらいいよ」
「そんなこと、誰も望んでないわ」
そう言うセレナは、悲しそうな声だった。
「でも、それが最善のはず。このままじゃ、また暴走して、今度こそ……」
「なら、またわたしが止めてあげる!」
「今日みたいに、上手くいくとは限らない」
「それじゃあ、わたしもっと強くなるわ」
「……は?」
「鍛錬して、いつでもユリウスを、止められるぐらい強くなる! 大丈夫、わたし怪力だから!」
まさか、そんな風に言われるとは予想していなくて、ユリウスは言葉を無くす。
「だから、ユリウスは、なにも心配しなくていいわ。こんなところに、ずっと閉じ込められる必要ないのよ」
竜殺しと呼ばれる一族の、大人たちさえ手を焼く自分に、彼女は怪力だけで挑もうというのか。
「どうして、オレにそこまで……」
「だって、家族だから。お姉ちゃんは、いつだって可愛い弟の味方でいたいの」
その言葉に、ユリウスは、嬉しさと切なさが入り交じり、泣きそうな顔で笑った。
セレナを傷付けたくないから、もっと力を制御できるようになりたい。そう願った。
きっと、あの瞬間から、自分はセレナのことが――。
◇◇◇◇◇
パリンとガラスが砕け散るような音と共に、魔法陣が壊れ消滅した。
そして、放課後の屋上に、消えたはずのセレナとユリウスが浮上する。
「セレナ!」
そこにいたフレッドは一瞬安堵し、けれど次の瞬間、表情を強張らせた。
宙に浮かぶセレナとユリウスが、キスをしている。
やがてセレナは、ユリウスにもたれかかるようにして、意識をなくしたようだった。
信じられないものを見るような目で、こちらを見上げてくるフレッドの視線を感じる。
ユリウスは、自分の腕の中で眠るセレナを抱きしめ、フレッドを見下ろした。
彼は、ギリギリと歯を食いしばり睨み付けてくる。
「貴様、セレナになにをした!」
まさか、セレナが自分を裏切るはずがないと、自分のものだと、まだ、彼は信じきっているようだった。
自分は、裏で幾度も不貞行為を繰り返していたくせに。
呪いを使ったことによる処分を受けろと、フレッドが喚き散らす。
「どうせお得意の呪いで、セレナを誑かしたんだろ! でなければ、セレナが貴様なんかとっ!」
キスをするわけがないと、言いたいのだろう。
「誑かす?」
首を傾げるユリウスに、しらばっくれるなとフレッドはまくし立てる。
「確かに呪いは使ったけど……オレは、セレナを欺いたりしない。アンタと違って」
「なんだとっ!?」
バチバチと睨み合う二人の間に、火花が散った。
「ただ、愛してるって、伝えただけだ。自分なりの方法で、何度も、心から」
そして、その結末は――。
「っ……ユリウス?」
セレナは、まだ元の世界に戻った反動で、朦朧としているようだった。
それでも、ユリウスが無事であるか、不安げに確認してくる。
「大丈夫、ここにいる」
「よかった……」
ユリウスの顔を見て、セレナが、ほっと表情を和らげる。
フレッドの存在など見向きもせず、自分に向けてくれる眼差しが愛おしい。
ずっと、焦がれていた。彼女が自分だけを見てくれる瞬間を。
(かわいい。もう一度、キスしたい……)
「っ!」
セレナが急に赤面する。声に出さずとも、指輪の呪いにより、ユリウスの気持ちが聞こえたのだろう。
「ちょ、ちょっと、ユリウスッ」
(だめ、離さない。照れてるの? かわいい、もっと見せて、その顔。オレだけに)
頬に、瞼に、唇の端に、ユリウスはキスの雨を降らせる。
いくら伝えても伝えたりない愛情を、惜しみなく贈るように。
「なっ、なにをやっているんだ!? 離れろ、ユリウス!!」
地上からフレッドがなにか叫んでいるが、邪魔なので結界を張って、聞こえないようにした。
おかげでセレナは、まだ彼の存在に気付かない。
もう少し、この甘い一時を堪能したかった。
地上に降りたら、また現実に戻ったセレナは、婚約者の手を取るのかもしれない。
ユリウスのことは、義弟として愛していると、残酷な言葉と共に……。
「セレナ、好きだよ」
「っ!」
セレナは? そう聞く勇気が、自分にはない。
こんな大それた呪いを使うことは躊躇わないのに、それだけのことが、聞けないなんて。
けれど、その時――。
例の指輪がセレナの薬指からするりと外れて、地面に落ちる音がした。
「ユリウス?」
まだ、それに気付いていないセレナが、急に黙り込んだユリウスに首を傾げる。
「……やっぱり、少しは期待してもいい?」
「え?」
きっと、まだ彼女も気付いていない。自分の中で起きた心の変化に。
それに一人気付いたユリウスは、セレナを強く抱きしめた。
もう、離さないと、腕の中に閉じ込めるように。
END
反抗期の義弟に呪いをかけられたあげく、口説き落とされそうになって困っています! 桜月ことは @s_motiko21
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