第二話 【あやかし喫茶】は縁を結ぶ

01-1.河童の若葉のお知らせ

 墓参りをした日から一週間が経過した。


 その間、伊織は心の中に大切にしまっていたはずのものを無くしてしまったかのように、ぼんやりと過ごすことが多かった。一週間が経ち、ようやく、吹っ切れたかのように動けるようになったのだ。


「若葉。これを坊やに届けてくれないか」


 伊織は風呂敷で包んだ荷物を片手で雑に掴む。


 風呂敷の中には喫茶店の制服と伊織の名刺、それから二十万円ほどの現金が入れられた財布が入っている。無言で風呂敷の中にしまっている伊織の姿を見ていた若葉は、嫌そうな顔をした。


「あの不味そうな子のところに若葉ちゃんを送るんですかー?」


 若葉は文句を口にする。


 美香子と優斗を喫茶店に招き入れた鈴とは違い、若葉は人間と接する機会が少ない。そもそも、人間に対して妖力を補充するのに適した食料であると認識をしている。


「若葉は賛成できませんけどねー」


「なにが不満だ」


「いろいろと不満ですよー。伊織さんもわかっているんじゃないですかー?」


 若葉は伊織が掴んでいた風呂敷を両手で受け取る。


 それを受け取りながらも、文句だけは口にし続ける。


「人なんて妖力を回復させるのに適した食料ですよー。若ければ若いほど美味しくて、歳をとればとるほどに食べれたものじゃなくなるんです」


 若葉は持論を展開する。


 それを伊織が受け入れないとわかっていながらも、何回も口にし続けてきた話である。


「わざわざ人のお金を作りに行く伊織さんの姿は見れたものじゃなかったです」


 若葉はこの一週間、伊織の姿を見続けていた。


 常世にある人の為の銀行で手続きをする姿や人の食べ物を購入する姿は、どこにでもいる人間の青年のようだった。


 誰もが伊織の姿を認識しているのにもかかわらず、誰もが違和感を抱かない。


 そのような存在になりたいのではないのかと、若葉は心配をしていた。


「伊織さん」


 若葉にとって、伊織はようやくできた大切な家族だ。


 勝手に住み着いてしまったことにより始まった関係ではあるものの、それは人間たちとは比べ物にならないほどに長い時間続けていく予定の関係である。


 その関係に横入りをされた気分だった。


「若葉は伊織さんの家族になりたいのです」


 若葉は小柄な河童だ。同じ池で生まれた河童たちから嫌がらせを受け、故郷を追われる形で一人ぼっちになった。


 一人で生きる術を若葉は知っている。


 小柄な若葉を警戒する人は少なく、仲間に分け与える必要がないからこそ、食料を狩る回数も少なくて済む。


 誰に縛られることも、誰かに遠慮をすることもない。


 悠々自適な生活は、若葉を孤独で苦しめ続けた。


 だからこそ、若葉は伊織と鈴がいる家に固執する。


 三人で暮らす生活は愉快なものだった。喫茶店を開けば、どこから噂を聞き付けたのか、愉快な妖怪たちが来店する。それは楽しい時間だった。


「血の繋がりがなくても、種族が違っても。若葉はあの人間たちより、伊織さんのことをわかってあげられます」


 若葉は真剣だった。


「若葉はご長寿河童ですから、伊織さんを置いていくことはないですし」


 若葉はその言葉が伊織の心を動かすと信じていた。


 瞬く間に命を燃やし尽くしてしまう人と比べ、河童は長生きだ。故郷の河童たちも長生きの傾向があった。


 若葉も先の見えないほどに長い年月を生きるだろう。


「お子ちゃまな伊織さんの姉貴分にだってなってあげれます」


 若葉は伊織が望んでいるかのような言葉を提案したつもりだった。


 自信を持って告げた言葉を聞き、伊織は困ったように笑った。


「一緒に暮らせば家族も同然なんじゃねえのか」


 伊織は鬼となってから言い聞かせられてきた春日の言葉を口にする。


 一緒に暮らせば長い年月をかけて家族になっていく。それは種族の壁を越え、関係性の壁をなくし、次第と家族になっていくものなのだと春日が何かが起きる度に言っている言葉だった。


「若葉と鈴は俺の家族なんだろ?」


 伊織は若葉がなぜ焦っているのか、見当もつかなかった。


「姉さんは姉さんだ。苦労をかけちまったから、少しばかり詫びを入れたい。それだけの話が、どうして、若葉の家族の話になるんだ?」


 伊織の問いかけに対し、若葉は風呂敷を握りしめながら頬を膨らめた。


 若葉が必死に訴えたことが一つも伝わっていないと言いたげな顔だ。


「乙女心のわからない伊織さんですね!」


 若葉は怒っているのだと主張するように声を大きくしたが、なにも怖くはない。威嚇にすらなっていない姿は可愛らしいものだった。


「あやかしのお子ちゃま伊織さんに若葉が教えてあげましょう!」


 若葉は真剣だった。


 水かきのある緑色の手を懸命に動かし、大事な甲羅と皿を見せつける。緑の肌や河童特有の見た目は若葉の誇りだ。


 たとえ、同じ池で生まれ育った仲間たちに小さすぎるとからかわれ、嫌がらせを受けた日々を思い出すきっかけとなっても、若葉は河童の姿を変えようとはしなかった。


 この家に住み着いた頃から、伊織の家族だと主張するかのように肌の色を緑ではなく、肌色に変化させることはあるものの、自分は由緒正しい河童であるという誇りだけは捨ててはいなかった。


 喫茶店に出ている時だけは肌の色を変えている。


 しかし、途中から元の色に戻っていることも珍しくはない。


「伊織さんは鬼なのですよ」


「知ってるが」


「知っているだけじゃないですか。鬼はですね。人と違うんです。人は鬼にとって食料の一つでありましたし、昔から、とーても仲が悪くて対立してきた存在なんです」


 若葉の話に心当たりはあった。


 ……姐さんに拾われた時に聞いたな。


 昔々から続く話である。


 鬼頭自警団を名乗る前、鬼の頭領である酒呑童子とその仲間たちが現世で悪さをしていた頃の話だ。好き勝手な振る舞いをした挙句、食料だと見下していた人が徒党を組み、酒呑童子の首が刎ねられてしまった大事件だ。


 それを機に、酒呑童子たちは拠点を常世に移した。


 人は徒党を組み、敵わぬ相手に挑んでくる習性がある。


 そう学んだ酒呑童子たちは統率の取れた集団となり、他のあやかしたちと区別をする為に鬼頭自警団と名を改め、人とあやかしの中立を保っている。


「知っている」


 伊織は視線を床に向けた。


 自覚はある。しかし、自覚をしたとはいえ、急には止まれない。


「若葉が心配することにはならねえさ。どうせ、姉さんが死ぬまでの間だけだ」


「人の寿命は昔より長いですよ」


「それでもたかが知れてるだろ」


 伊織の言葉を聞いても、若葉は納得していない。


 ……姉さんだって、どれくらい生きるかわからない。


 少なくともあやかしが視えている。それが寿命が近い証拠だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る