01-3.

「睡蓮坊ちゃんが人の世話をしてるんですかー? ええー、無理でしょー? だって、あの睡蓮坊ちゃんですよー? 若葉でも手こずるのにー」


 若葉はありえないと言わんばかりに笑い出した。


 その言葉に伊織は苦笑いをする。


 ……全員、同じことを言うんだな。


 噂を聞いた者は、全員、同じことを口にした。


 実際、人の道を歩んでいる半妖の姪を鬼頭自警団に預けようとした姿を思い出すと、世話ができているのか、心配になるほどである。


「まあ、でも、それなら納得できますねー」


「は?」


「怖い顔をしないでくださいよー」


 若葉はすべてを理解したといわんばかりの顔をした。


 ……嫌な予感がする。


 話の流れで睡蓮の話をしたのがいけなかったのだろう。若葉の中では同じような境遇に陥っている恩人を助ける為に、努力をしようとしているのだと勝手に解釈されてしまっていた。


「坊やの面倒を見ることができればー、睡蓮坊ちゃんの子育ての手伝いができるからでしょー? 自警団の若衆とはいえ、伊織さんはまだまだお子ちゃまですからねー。そういうのを任せられるのも貴重な経験になりますよー」


 若葉の視線が優しいものに変わった。


 それならば、協力を惜しむわけにはいかないと言いたげな顔だった。


「いや、ちが――」


「最初からそう言ってくれたらよかったのにー。若葉だって、睡蓮坊ちゃんには世話になってますからねー。それなら、それでちゃんと協力しますってー」


 若葉は伊織の言葉を最後まで聞かなかった。


 それから風呂敷を抱きしめたまま、歩き出す。協力すると決めたのならば、荷物を届ける為に現世に向かうのだろう。


 ……勘違いしてるな。


 しかし、伊織はそれを訂正しなかった。


 ……坊やが人の道を外れてしまえば、姪御様の遊び相手にされるか。


 睡蓮が頭を抱えているのを知っている。


 偶然、再会をしたらしい姉に託された姪はすべてを諦めような目をしているらしい。その経緯を睡蓮は酒を飲みながら、伊織に愚痴をこぼしていた。その間、人見知りが激しい姪を鬼頭自警団に預けてきたのだから、睡蓮に子育ての才能がないのは誰もが知ることになってしまった。


「若葉。気を付けて行ってこいよ」


 伊織は若葉が失敗をしないと知っている。


 伊織とは比べようもないほどに年数を生きている河童であり、かつては人を騙して池に沈めていたこともあるほどの実力者だ。


「大丈夫ですってー。お駄賃はきゅうりでお願いしますねー」


 若葉は意気揚々と出かけて行った。



* * *



「うひゃぁ。ずいぶんと変わりましたねー」


 若葉は都会の街並みに目を回しそうになった。


 伊織も購入した電子機械を片手に周囲に気を駆ける余裕もなく歩き回っている人々の間を縫うようにして、進む。目的地はわかっている。


 ……今度、鈴ちゃんも連れてきましょうかねー。


 座敷童の鈴は移動を好まない。


 それは以前、人の行動に憧れて旅行をしてみた結果、住んでいた家が落ちぶれてしまい、小さなアパートに引っ越していたことがあった。


 座敷童の住む家は繁盛をするが、出ていかれると衰退する。


 その力を鈴は実感させられてしまった。


 それ以降、家には住まず、気に入った人に付くようにした。


 そうすれば、その人とくっついて歩いていても家には影響を与えない。しかし、離れると座敷童の本質を発揮するらしく、世間の荒波の中で手放してしまった人の手を二度と鈴が捕まえることはなかった。


 その経験は鈴を臆病にさせた。


 今度は同じ経験をしたくないと、必死になって伊織にくっついている。


 ……伊織さんと一緒なら鈴ちゃんも来れるんじゃないですかね。


 鈴は人に憎しみを抱いていない。


 それどころか、愛情をもっている。


「発見しましたー。意外と大きな家に住んでるんですねー、あの坊や」


 若葉は目的地に到着した。


 しかし、玄関の開け方がわからない。


「困りましたねー。若葉の姿が見える人がいればいいんですけど」


 あやかしを視える人は減っている。


 若葉はそれを知っている。


 知ってはいたものの、玄関を開けてくれるような親切な人が帰ってこないものかと考えていた。


 ……家の中にはいるみたいなんだけどねぇ。


 どうすれば気づいてもらえるのか。若葉は頭を抱えながら考えていた。


「あらまぁ。小さなお客さんだねぇ」


 頭を抱えている若葉に声をかけたのは、押し車に買い物袋を乗せながら歩いてきた美香子だった。


「婆さんじゃないですかー。この家、婆さんの家だったんですねー? 若葉は坊やを訪ねて来たんですけどねー」


 若葉はへらりと笑いながら返事をする。


 それに対し、美香子は押し車を押しながら近づいてくる。押し車を使わなくても歩行に問題はないが、買い物をする時には荷物を運ぶのに都合が良かった。その為、買い物に行く時だけ使用していた。


「坊や? ……あぁ、優斗のことかい。優斗なら中にいると思うけどねぇ」


「そうなんですかー。まったく、あの坊やが気づいてくれないから、若葉は干からびるところでしたよー」


「そうかい。そりゃあ悪かったねえ。インターフォンが鳴ったら、出るように頼んでいたんだけどねぇ。またゲームでもやっていたのかもしれないねぇ」


 美香子は申し訳なさそうな顔をした。


 それから押し車の中から出した買い物袋と鞄を取り出し、慣れた手つきで玄関の鍵を開ける。


 ……いんたあふおんってなんでしょう?


 若葉はインターフォンの存在を知らなかった。


 常世では玄関には呼び鈴が置いてある。それがない家は門番を雇っていることが多い。そもそも、特定の家を持つ種族は限られており、川や森など好きな場所に勝手に住み着いているあやかしが多い。


 その為、あやかしたちの中では定着しなかった。


 若葉は人に対して関心が低い。


 物心ついた頃から食べ慣れている食料という認識しかなく、伊織が人に思いを馳せている気持ちは長い生涯をかけても理解できないだろう。


 ……げえむというのも聞いたことがないですね。


 若葉は聞き慣れない言葉を美香子に問いかけることはしない。


 美香子を信用していなかった。


 若葉にとって、美香子は若葉の家族ではない。しかし、伊織が慕っている家族であり、美香子を害することはない。


「家の中に招いていいんですかー? 若葉は坊やに悪いことを教えるかもしれませんよー?」


 だからこそ、若葉は美香子の不安を煽るような言葉を口にした。


 伊織が突き放せないのならば、若葉が距離を置くように誘導すればいい。それが伊織の為になるのだと若葉は信じて疑わなかった。

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