02-1.鳴り響いた機械音が縁を結ぶ

* * *



 美香子と再会をしてから一か月が経った。


 和洋折衷の家具が押し込まれている部屋の片隅で着信を知らせる音が鳴り響く。この時代、手軽に連絡を取れないと不自由だと言われ、押し付けられた携帯電話の画面を操作する。


 一昔前では想像することも出来なかった簡易的な操作だけで電話先の人の顔が見えるのは、便利であるが、彼の性格を知る者ならば違和感を抱くことだろう。


「チッ」


 画面に表示されている見知った名に舌打ちをする。


 派手な色合いの服を好み、ダメージジーンズを履いている伊織は十代後半に見える。


 まだ幼さが残っている顔立ちとは正反対な服装を好んでいるのは外見だけで判断をされない為だろうか。


「用件は?」


「アンタ、電話に出たと思ったら愛想のないことを言うだねえ! 少しは愛想のいい声を出してみたらどうだい!」


「悪かったな。それで、用件は?」


 携帯電話の画面を見下ろしながら彼、伊織は椅子に腰かけた。


 冷える部屋を暖める為、暖房を入れる。


 機械仕掛けの生活に馴染んでいる彼の様子も電話先で大声をあげている美香子に伝わっていることだろう。


「あたしのひ孫は知ってるね?」


「……ひ孫までいたか」


 伊織の声は聞こえていないのかもしれない。


「かわいい子なんだがねえ。まあ、色々あって、優香にはそう思えないみたいでねえ。七海が引き取ったんだが、あの子もあの子で大変だろう? それでばーさんが口を出すのもどうかとは思ったんだがねえ。どうも、アンタに似ちまって放っておけないんだよ」


 電話先に対しても大きな声で話をするのは、数年の間に聞き慣れてしまった。


 山田美香子は九十五歳になる。


 九十代とは思えない丈夫な体を持ち、認知機能の低下も見られていないものの、年相応の耳の遠さは出てきているが、新しいものを好み、伊織にも連絡手段として最新の機種を進めてきたのは彼女だった。


「伊織、面倒を見てくれんかね」


 その言葉に対し、伊織は眉を潜めた。


 たくさんの物があるとはいえ、広々とした一軒家で一人暮らしをしているのには事情がある。


 自主的に新しく関わりを築こうとはしないものの、昔馴染みの付き合いは少なからずある。誰も出入りをしないわけではない。


 なによりも一階では喫茶店を開いている。


 鬼頭自警団の仕事がない時にしか店を開かない為、不定休、不定時の喫茶店だが、自由を愛するあやかしたちの中では珍しいことではない。


 それは気軽な口調で話しかけてくる美香子も知っているはずだった。


「人の真似事をしろと?」


 それは伊織には苦い思い出だった。


「忘れたのか、姉さん。俺は人間ではないんだよ」


 伊織は人間ではない。


 彼の額から生えている二本の角が主張している通り、彼は、あやかしの一種、鬼である。いや、正しくは生まれつきの能力が暴走をした結果、人としての道を踏み外した存在だ。


「物好きな連中は人の子を世話するが、俺はそういう趣向はない」


 人として生まれ、あやかしとなるのは珍しいことではない。


 伊織はその中でも丈夫な身体と驚異的な身体能力を誇り、人にはあるはずがない身体的な特徴を持つ鬼に部類される異能力を持っていた。


「力を持て余しているなら軍にでもくれてやれ」


 伊織は、力の暴走を引き起こし、行方不明となっていた。


 そのことは姉である美香子も知っているはずだ。


「アンタは元軍人の共有者だ。ひ孫が異能持ちとなりゃあ、それなりの待遇を与えてくれるだろ」


 異能力は公には空想の産物となっている。


 それは非異能力者の人口が多く、万が一、暴動が起きると厄介だからだ。


 異能力と無関係なところで平和を享受する非異能力者の中でも、特殊な立ち位置にいる“共有者”。異能力者の身内を区別する為の呼び名だ。


「俺が世話をしてやるよりも幸せになれるさ」


 伊織のような存在は昔から存在しており、彼らは異質な存在として生き続けている。


 ……もう軍は存在しないんだったな。


 時の流れを感じる。伊織が人だった頃とは時代は大きく変わっている。


 便宜上、異能力と呼ばれている力は、神々やあやかし等の人ならざる者の力であり、人として認識されていた頃の彼らはあやかしと人間の境界線上に立っていたのに過ぎない。


「だから、同情ならやめておけ。“共有者”に出来ることは限られていることは知ってんだろ」


 人間は異質な存在を恐れる。


 日本では古来より八百万の神やあやかしといった異形な存在として語り継がれ、世界中でも様々な伝承や形を変えて異形な存在は架空の存在として語られている。


「俺たちは人にはなれやしないさ。人の真似事を嗜むだけだ」


 ……その目を向けられるのは三度目だ。


 迷惑だと言い切り、電話を切るのは簡単なことだ。


 それができないのは美香子からの電話だからである。人としての道を踏み外し、あやかしとなった伊織の姿が視える人間は限られている。


「“共有者”なら忘れてやってくれよ。それが化け物にとって救いになる」


 幼い子どもには視える者もいる。


 しかし、彼らの多くは大人になるのにつれて視えなくなっていくものである。


「それができねえなら、諦めてやれ」


 それならば、なぜ、美香子は視えているのか。


 伊織はその答えを知っていた。


「ひ孫を思うなら方法を考えてやれ。家族と引き離された先に幸せがあるとは限らないことはアンタだって知ってるだろ」


 人間は死期が近づくと、人ではない者の姿が視えるようになることがある。


 よく聞かれている現象の一つだった。


「アンタの娘と孫にもよく相談して、それでも、俺を頼るというのならば好きにしろ。人の子が俺のことを正しく認識できるのならば面倒を見てやってもいい。ただし、俺のことを認識できる間だけだ。それ以降は知り合いを紹介してやるから、そちらを頼れ」


 できる限り、声を大きくする。


 美香子は補聴器を付けているが、それでも小さな声では聴きとることが難しい。電話越しでは雑音が混ざり、肝心なところを聞き逃してしまう可能性もある。


「俺のことを信用してくれるのはありがたいが、化け物に餌を与えるような真似は控えるべきだ」


 ……これならば、二度と、関わらなければよかった。


 知らない間に命を落としていたと聞かされるのも心が痛むだろう。


 それでも、伊織の姿を最期の時まで視ることができなかったのならば、諦めることも出来たかもしれない。


 ……アンタは残酷な人間だ。


 画面が揺れた。

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