03-3.
「見えるわけねえだろ!」
優斗は怯えていないのだろうか。
伊織が探りを入れるかのように見つめれば、露骨なまでに視線を逸らした。
……怯えているのか。
怖くて仕方がないのだろう。
それでも、美香子を守ろうとしている。
その姿がかつての自分自身と重なる。
「それならいい」
掴まれている手を振り払った。
簡単に振りほどかれてしまったことに驚いたような表情を浮かべる優斗に対し、伊織は強がることで自分自身と曾祖母を守ることしかできない優斗の頭を撫ぜた。
「子ども扱いするなよ!」
「子どもだろ」
出来る限り、力を入れないように意識をしながら雑に頭を撫ぜていく。
「俺と同じくらいだろ!」
優斗の言葉に対し、洗い場付近に座っている若葉と眼鏡を洗っていた鈴の笑い声が聞こえた。
「……そんなに若く見えるか?」
伊織は不満げな顔をする。
覚えている限りでは九十は過ぎたはずだ。
それが正確な年齢なのか、それとも数え間違いをしているのか。時々、わからなくなってしまうほどの年月を生きてきた。
それでも、あやかしの中では子ども扱いされる若者だ。
実年齢を口にしても若者扱いされるのには慣れている。しかし、人間から見ても若者として扱われるとは思ってもいなかった。
「人間の坊や。俺はこれでも九十は生きた。付喪神よりも若い鬼だが、人の子と同じ扱いはしないでくれよ」
伊織は優斗の頭を撫ぜていた手を離す。
……鬼ではないな。
頭を撫ぜたのは角を確認する為だった。
優斗は美香子の曾孫だ。
伊織にとっても親戚になる。
血筋は薄れているとはいえ、隔世遺伝をしてしまった可能性も捨てきれなかった。
……だが、それだけだ。
鬼ではない。しかし、人間でもない。
……俺の時とも違うか。
今はまだ人の形をとっているだけと考えるべきか。
それとも、人とあやかしの境界線に立っている状況と考えるべきだろうか。
「忠告をしてやろう」
似たような道を辿ることになるのだろうか。
それとも、伊織には見つけることができなかった人として生きる道を探ることができるのだろうか。
「お前の半身は人ならざる者だ」
伊織の言葉に対し、優斗の目が泳いだ。
……自覚はあったのか。
人ではありえない特徴を持つ伊織に対して、恐怖の声を上げなかったのも、人ではない者たちの存在を理解していたからだろう。
そして、自分自身もそちら側に近いのだと自覚をしていた。
……若いのにかわいそうに。
同情をしてしまう。
その力を国の為に捧げることを強制された自分自身と重なってしまう。
「境界線を歩いているようなものだ。俺の時とも違う。だが、まったく、心当たりがないわけではない」
実際、目にするのは初めてだった。
鬼頭自警団の仕事をしている時、偶然、耳にしただけの話だ。
「あやかしの血が混じっている。俺たちはお前のような血が混じった者を“半妖”と呼んでいる。珍しい存在だが、まったくいないわけでもない」
古い時代から存在は確認されてきた。
人からあやかしに転じるよりも数が少ない。
「人を害する連中が多いのが困ったところだがな」
多くは人と隔離されて育ち、人を恨み、人を害するようになる。
自分自身を傷つけ、疎み、嘲笑った人のことを許せなくなるのはどうしようもないことだった。
「だが、お前は別だ」
人を害するあやかしが増えれば、人はあやかしを敵と認識する。
そうすれば、あやかしたちの平穏は崩れるだろう。
「時代が変わった影響かもしれないが、運が良かった」
伊織の言葉に対し、優斗は相変らず不審者を見るような眼を向けている。
忠告とは名ばかりの言葉の羅列に戸惑っているのだろう。
「どういうこと?」
優斗の言葉に対し、伊織は笑った。
「まだ間に合うってことだ」
伊織のようにあやかしに転じてしまうわけではない。
人とあやかしの血が混ざっている為、どちらにもなることができる。
「人のままでいたいのならば、感情に飲まれるな。負の感情は簡単に人の力を超えてしまうからな」
それは伊織も体験したことだった。
人とあやかしの境界線を歩み続ける以外の方法はない。それでも、上手く歩くことが出来れば、優斗は人のままでいられるかもしれない。
「姉さん」
伊織は優斗から視線を逸らした。
「なんだい」
美香子は落ち着いていた。
……あの頃もそうだった。
見た目は変わってしまった。それでも、弟の言葉に耳を傾ける姿は変わらない。
何十年も昔の姿を思い出してしまう。
「時間がある時で構わない。優斗を喫茶店で働かせてみないか?」
その提案は優斗の今後を左右することになるだろう。
あやかしの世界に心を引き寄せられてしまえば、簡単に人の身を捨ててしまう可能性が高まる。しかし、あやかしを知らなければ力の制御はできない。
どちらに転ぶかわからない。賭けのようなものだった。
「あたしは構わないよ」
美香子は持参したお茶を飲む。
伊織が提供したものには一切手を付けようとはしなかった。
「あたしも来ても良いだろうねぇ?」
「……姉さんも手伝ってくれるなら構わないが」
「そうかい。それなら、あたしは反対しないよ」
見張り役のつもりなのか。
保護者のつもりなのか。
駆け寄ってきた鈴から綺麗に表れている眼鏡を受け取りながら、美香子は驚く素振りすらも見せなかった。
「それって、アルバイト?」
優斗の眼は心なしか輝いていた。
不信感が消えたわけではないだろう。しかし、提案された内容に心が惹かれてしまったようだ。
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