03-4.
「そのつもりだが」
「給料は?」
優斗は待っていられないと言わんばかりの顔をしていた。
……想像以上の喰いつきだな。
優斗は十四歳だ。
九条高等学校の入学が決まっているものの、春休みの期間である今はまだ働くことができない。もしかしたら、アルバイトをしようとしても親の許可が得られないかもしれない。
……欲しいものでもあるのか。
小遣いの範囲では買えないものがあるのだろうか。
それとも、アルバイトをするという誘いに興味が惹かれたのだろうか。
「人の子の金銭感覚を調べてからでもいいか?」
伊織は、その場の思い付きに過ぎない提案をしたことを若干後悔した。
「大丈夫。俺はなにをすればいいの?」
優斗の言葉を聞き、美香子は困ったような顔を浮かべていた。
曾祖母である美香子だけでは判断ができるような内容ではないからだろう。
「簡単な仕事だ」
伊織はそれに気づいていたものの、知らないふりをした。
「力の制御方法を身に付ければいい。当面の目的はそれだけだな」
優斗の頭を撫ぜる。
初めて会ったはずの美香子の曾孫は、昔の自分自身に似ている気がした。
「焦るな。今は大人を頼ればいいんだ」
人間だと信じて疑わず、国の為に力を使うことが正しいのだと信じていた頃の幼い頃の自分自身の過ちを思い出し、苦笑する。
「……連絡先は?」
優斗は伊織の言葉を聞いていないふりをした。
都合の悪いことを隠そうとしているのだろうか。
……まだ顔に出る年代か。
義務教育が終わったばかりの子どもだ。
伊織が子どもだった頃とは時代は大きく変わっている。
……声をかけて正解だったな。
思春期は多感な時期だ。
大人から見れば大したことがないような出来事でも、子どもにとっては手に負えないような状況であることも少なくはない。ましてや、不信感をすぐに失くしてしまうような優斗では危険が伴うだろう。
「あたしが知ってるよ」
「ばあちゃん連れて毎回来るわけにはいかないじゃん」
「あたしは毎日でも暇をしてるけどねえ」
のんきにお茶を飲んでいる美香子に対し、伊織はなにも言わなかった。
……好都合か。
春日に相談をした縁を結んだ件は解決をしていない。
綻びた縁はいつ切れてもおかしくはない。血縁関係がなければ、結ぶことさえも難しかっただろう。
……傍にいればなにか変わるかもしれない。
美香子に残された寿命は短い。
それを引き延ばす方法を探る為には、いつでも駆け付けられる立ち位置にいる必要がある。
「俺は学校があるんだって! ばあちゃんと違うんだよ!」
優斗は大声を出しても、美香子に手を出すことはしない。
耳が遠くなりつつある美香子に対して、声を大きくする癖がついているのだろう。
「坊や」
伊織は優斗の頭から手を離した。
「近い内に若葉に連絡をさせる。返事はその後でも構わない」
伊織はのんきに休憩をしている若葉を手招きした。
面倒事を押し付けられると言わんばかりの顔をした若葉ではあったものの、渋々と言いたげな動作で立ち上がり、早足で近づいてくる。
「うわっ」
優斗は明らかに引いたような声を上げた。
「なに、こいつ。緑なんだけど!?」
驚くのは仕方がないことだろう。
若葉は河童だ。
変化をしても上手く隠すことができない頭上の皿と甲羅はともかく、普段は人の色に近づけている肌の色をわざと本来の緑色に戻してから接近してきたのだ。
「うわー。とっても不味そうな人間の坊やですねー」
若葉の眼は笑っていなかった。
隙を見つければ追い返すつもりだろう。
「角も牙もないですし、爪も尖ってないですし。生意気なだけの人間なんて役に立ちませんよ?」
若葉は優斗を値踏みするかのように全身を見回す。
「従業員どころか非常食にもならなそ――」
「若葉。池を埋めるぞ」
「――ごめんなさい。伊織さん。ちょっと本音が出ちゃいました」
反省はしていないだろう。
伊織は呆れたような顔を浮かべるだけだった。
「とにかく、若葉に必要なものを預けて届けさせる。坊やは指定した方法でやり取りをするようにしてみろ」
伊織の言葉に対し、優斗は露骨に嫌そうな顔をした。
「俺のことを食べようとしている奴なんかを家に送り付けるつもりかよ!?」
明らかに警戒をしている。
すぐに表情が変わるのは性格だろうか。
それとも、感情手になりやすくなっているのだろうか。
「伊織さんが来てくれよ! ばあちゃんの弟なんだろ!?」
今にも立ち上がりそうな勢いだった。
それに対し、美香子は見ているだけだ。
「俺は忙しい」
伊織は言いながら壁にかけてある時計に視線を向ける。
……まだ間に合うか。
今日は休みだ。
……若頭に報告をしねえと。
時間に縛られることを嫌うあやかしたちによって組織されている為なのか。鬼頭自警団として仕事をする時間も招集がない限りは決められていない。
……保護できればいいんだが。
好きなように振る舞うことが許されている。
伊織のように店を持つ者もいれば、用事がなくとも鬼頭自警団の屋敷で過ごす者もいる。
よほどのことがなければ、働かなくとも衣食住を確保できるあやかしだからこその生き方だろう。
「鈴、若葉。二人を帰しておけよ」
背を向けて歩き出す。
「伊織さん!!」
引き留めようとする優斗の声に対し、振り向くこともしなかった。
* * *
伊織は鬼頭自警団が所有している建物の中に入っていく。
将来有望とされる若衆の中でも伊織は実力者として認められていることもあり、屋敷の中を掃除していた子鬼たちから期待の籠った視線を向けられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます