01-4.
* * *
彼岸と此岸の境界を歩く。
人の眼には映らない彼岸に足を踏み入れた途端、景色が変わる。
「坊や」
生気溢れる人の世とは異なり、多種多少な見た目のあやかしで溢れている古き良き時代の名残がある小道を歩いていると声をかけられた。
「姐さん」
伊織は声をかけてきた女性の鬼に対し、慌てて、和傘を畳む。
人の良さそうな顔をする女性の鬼、春日は和傘を差していたとしても咎めないだろう。伊織が所属をする鬼頭自警団の幹部の一人であり、鬼と成った伊織を拾った保護者でもある。
「ただいま戻りました」
「おかえり。迷いはしなかったかい?」
「はい。迷子になりませんでした」
伊織の言葉に対し、春日は微笑んだ。
それから慣れた手つきで伊織の髪を撫ぜる。子どもを慈しむような素振りをする時は、春日の気に障るようなことをした時だ。
それに気づき、伊織は反射的に目を反らした。
心当たりがあったからだろう。
「……姐さん」
伊織は観念したかのような声をあげた。
「知恵を貸してほしいことがあるんです」
此岸に恋い焦がれ、人との縁を欲するのは習性だ。
人であった頃の記憶が薄れると名残惜しくなるのだろうか。
「さようか。こちらへおいで」
春日は伊織の腕を掴む。
それから慣れた足取りで歩き始めた。
「狐のところにはいったかえ?」
「いいえ。どうしようもなければ寄ろうかと思っていたところです」
春日の問いかけに対し、伊織は即答した。
……機嫌が悪い。
相談には乗ってくれるだろう。
春日は鬼だ。それでも、拾い集めた子どもたちの中でも、最年少の伊織のことを気にかけている。元々は人に紛れて暮らしていた鬼の一人でもある。
……知恵は与えてくれるだろうが。
その後はどうなるか、わからない。
「さようか」
春日は足を止めた。
連れてこられたのは古びた家だった。
鍵の壊れた扉を開け、春日は迷うことなく入っていく。その間も伊織の腕を離すことはなかった。
「適当に座り」
ここは春日が暮らしている家なのだろう。
居住地を転々としている春日は古びた家を好む。今にも壊れそうな家に住み着き、いつの間にか他の家に移動をしている。
「坊や」
伊織の腕を離す。
「人と縁を結んだのかい」
春日は古びた椅子に座る。
その近くに用意された座布団に腰を下ろした伊織に対し、向けられる視線は慈しむような優しいものだった。
「頭領には話を通しておこう。坊やのすることだ。誰もが通る道と酒でも飲みながら言われることだろう」
春日はどこまで気づいているのだろうか。
打ち明けていないのにもかかわらず、初めから知っていたようにも見える。
「姐さん」
伊織は頭を下げる。
「人の寿命を延ばす方法を教えてください」
床に頭を付けた。
鬼頭自警団に所属をする鬼は、陽気に酒を飲んでいるだけの鬼だと揶揄されることもある。
本質は人を脅かし、人を喰らうことにあるというのにもかかわらず、人から鬼に成ったものは腑抜けて酒に溺れ、都合の良い言葉ばかりに耳を貸す。
「縁を結んだ相手のかい?」
春日は煙管を手に取った。
「ばかなことを言う子だねぇ」
……バカなのはわかっている。
春日の言葉は正しい。
人の寿命を延ばす方法は存在しない。子どもでも知っていることだ。
「人は人として死ぬのがなによりも幸せだ。坊やもわかるだろう?」
それは人であることを捨てたからこそ、生きている自分自身に言い聞かせている言葉でもあるのだろう。
「ずいぶんと綻びた縁だとは思っていたさ」
その目には結ばれた縁が見えているのだろう。
「大事ならば限られた時間を共に過ごしてあげるといい。それから願いを叶えておやり」
春日の声を聞いても伊織は頭を上げなかった。
それに対し、春日はため息を零した。
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