第18話 王国からの使者

 フードを外すと白銀の髪に金色の瞳、少しやつれた顔をしているが間違いないエドガルド様本人だ。であれば隣の女性は──金髪に緑の髪のユリアだった。顔色が悪く、目も赤い。今までたくさん泣いてきたのだろう。


「セレナーデには側室になってほしい! 頼む! 君がいないと王国は……もう、それは酷いことになってしまったんだ」

「お願いします、セレナーデ様!! 私の代わりに王妃業務を変わってください」

「は?」


 何を言い出すのかと思えば二ヵ月前からまったくもって進歩していない。むしろ脳みそが腐食したレベルだ。ルーファが魔王として君臨したことで各国はそれぞれに対処を行っている。真っ先に不可侵条約を結ぼうと声をかけてきたのは大国と帝国だった。聖王国は聖下を人質(?)にとっているので静観に近い。


 周辺諸国も敵対せず、国交を求めてきた。そんな中一番対処が遅れていたのが王国だ。王国で貴族派閥と王家派閥で揉めに揉めたのと、各地の対応に追われていたのだろう。

 私の加護が消えたことで、その恩恵を失った損失はかなり大きいとルーファが言っていた。


「(ルーファ……今頃はベアトリス嬢と……)はあ、お話になりませんね。それが王国の総意ですか?」

「ユリアの王妃教育が思いのほか進んでいなくてな。それに加え政務も溜まっている。そのせいで王太子を剥奪。今は弟が王太子とふざけた状態なんだ! お前が戻ってきてくれれば全ては上手くいくんだ。私も王太子の座に戻れる」

「そうなんです……。エルガルド様が毎日夜遅くまで私を離してくださらないのも原因ですが……。だから今まで政務を行ってくださったセレナーデ様がいらっしゃれば、心強いと思ったんです」

「君もあのあとすぐに極悪非道な魔王に攫われて災難だったな。大丈夫だ、王国はセレナーデの居場所を保証する。だから前向きに検討してくれないかな?」


 はああーーー、とあまりにも愚かな提案に溜息を漏らした。何もかも自分の都合の良い解釈をしなければ気が済まないのだろうか。ここまで愚かだったとは……。

 しかも王太子を剥奪されて立場が危ういのに、愚かな提案をするためにここまで来るとは信じられなかった。

 未だに王家の末席にいるのは、始祖返りしたその外見の恩恵だろう。


「お断りしますわ。私に何のメリットもないのに、なぜ窮屈な鳥籠の中に戻らなければならないのですか? お引き取りを」

「なんて酷い……。私ができないことを笑っていらっしゃるんでしょう」

「どうしてそのようなキツい言い回しをするんだ。ユリアを泣かすなんて……不敬罪に問われたいのか?」

「私はすでに王国の人間ではないので、その法は適用されません。そして高々伯爵程度に正論を言ったことが不敬罪になるとは面白い方ですね」

「──っ!」

「現実を見て自分にできることをすべきだと忠告しますわ。幸いにもまだ王族として名を連ねている間に対処しなければ、市井に下ることも考えた方がいいかと」

「なっ……それは」

「エルガルド様、じゃあ、私は毎日また両手の甲を鞭で叩かれるのですか?」

「そんなことは私がさせない!」

「エルガルド様!」

「話が付いたのならお引き取りを。ルーファが来る前なら五体満足で帰れるでしょう」

「五体満足で帰さないとダメなのか」

「「「!?」」」


 三人全員が私の背後からの声に振り返った。私は振り返る前に抱きしめられて動けなくなったけれど。すぐさま騎士達がなだれ込んでエドガルド様たちを捕縛した。

 その他の事後処理は騎士達に丸投げしたらしく、私はルーファに抱きしめたまま彼の部屋にお持ち帰りされるのだった。



 ***



 ルーファの部屋に戻るとソファにそっと降ろされた。そのまま彼は片膝を突いて私の両手を強く握りしめた。


「セレナが王国の使者と会うと聞いて、気が気じゃなかったよ。僕に相談してくれればよかったのに……」

「(ローやリズから連絡は行っているはずでしょうに)……ベアトリス嬢と面談だったのでしょう? お忙しいと思ったので要件だけでも聞こうと思った次第ですわ」

「……そ、そう。ベアトリス嬢と最近色々と話があってね。……セレナ、もしかして嫉妬……しちゃっている?」


 どこか嬉しそうに顔を綻ばせるルーファにムカムカと腹が立った。いっそのことここで全てをぶちまけてしまおうか、そう思ったけれど淑女の笑みを保ちつつ答えた。


「いいえ。お忙しいのでしょう。私はもう大丈夫ですから、どうぞベアトリス嬢の元に戻ってくださいませ」

「え」


 ニマニマしていたルーファの表情が一瞬で真っ青になって固まった。ウンともスンとも言わないので、ソファから立ち上がると部屋を出ようとドアノブに手を伸ばした。

 しかし後から抱きしめるルーファに留められてしまった。ギュッと抱きしめる温もりも今は胸が痛くなるだけ。私を安心させてはくれない。


「怒った? ムカムカして、僕が異性といると嫌な気分になるのなら、きっと嫉妬だと思うんだ。僕も経験があるからわかるよ。できることなら大切な人を自分だけ見ていて欲しいし、なんなら閉じ込めて僕だけを見てほしいぐらい僕の……愛情は重いんだよ(荒療治だって分かっているけれど、このぐらいしないとセレナは僕のことを意識してくれないだろうし、もう少し関係を深めるためにも僕への気持ちが幼馴染の延長線上の好きから、一人の男としての愛しているに変わるはず。この先に進むためにもここが勝負時……!)セレナ、愛してる」

「……っ」


 聞きたくない。

 それは私に向けた思いでないなら、聞きたくなんてないわ。

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