最終話 すれ違いの先は

「(セレナに『侯爵令嬢とはもう会わないで』とか『私を選んで』とか『寂しい』って昔みたいに言ってほしい。自分でも歪んでいるって、わかっている。でもセレナに求められたい。……僕と同じだけの愛情じゃなくてもいい。男として意識して欲しい。それだけのために、ベアトリスと計画を立てたんだ。あっちもあっちで煮詰まっているとか言っていたから、良い刺激になったはず)セレナ、愛している」

「……嘘つき。私のことなんて、好きでもなんとも思っていないくせに! ルーファも私の加護を利用したいだけなのでしょう。もう利用されるのはうんざり!」


 ルーファを突き放して部屋を飛び出した。

 あんであんな酷いことが言えるのだろう。涙で周りがよく見えなかったけれど、足早に自室へと戻った。鍵を掛けてもあまり意味が無いかもしれないけれど、急いで薬を完成させてしまおう。

 大丈夫、すでに殆どの準備は終わっている。

 踏ん切りも付いた。

 金糸雀色は鳥籠から出られない。出たら生きていけないのではなく、出ることを許さない人たちがこの世界には多すぎる。

 せっかく魔法や幻想動物がいるようなファンタスティックな世界に転生できたのに、こんなにも生き苦しくて、辛いことばかりなんて……あんまりだわ。



 ***



 自室に着いて、鍵をかけようとした瞬間──。


「セレナ」

「ひゃっ!?」


 音もなく目の前に現れたルーファは、私を抱きしめて離さない。


「どうして。どうして。どうして。どうして……そんなことを言うの? 僕は一度だってセレナに加護を求めていなかっただろう? 利用なんて考えてない。セレナ、どうして泣いているの? 僕が……っ、僕がまた何か間違えた?」

「知らない。ルーファはベアトリス嬢と一緒が良いのなら最初からそういえば? 私を利用したいから、そうやって演技をして、愛しているなんて心にもないことをいうのでしょう」


 ルーファは絶望した顔で、すでに泣きそうになっている。


「え、利用──っ、違う! そうじゃない(ああ、そうだ。セレナは八年間ずっと王宮で良いように利用されて、面倒事を押し付けられて暮らしてきた。いくら僕が愛を囁いても八年間の苦痛トラウマが一瞬で取り除けるはずないのに……それなのに、僕はピアノの演奏をしていたセレナを見て凄く焦ったんだ。君が前向きで弱音を吐かないから──っ)違う、セレナ。僕は君から、君に好きだって、友人でも幼馴染でもなく、恋人として、好きだって愛しているって言って欲しくて……暴走したんだ」

「嘘、そんなことでベアトリス嬢が動くわけがないわ」

「いや今回の提案を持ち出してきたのは、あの女だから! 護衛騎士と上手くいっていないからって!」

「嘘。あんなに楽しそうに庭園で密会していたじゃない!」

「(わああああー、試すようなことをするんじゃなかったぁああ。二ヵ月でようやく気を許してくれたのに、調子に乗って嫉妬してほしいとか欲を出したのが不味かった!)あれは、護衛騎士に見せつけるためで、あわよくばセレナが……嫉妬してくれないかなって……ごめん軽率だった……僕ばかりセレナが好きで、僕だけ好きなんじゃないかって焦って……」


 ルーファの声が震えている。でも信じられるものがない。ふとテーブルの上に薬瓶があるのに気付いた。


「信じられない。……でも、信じたい気持ちは……あるわ」

「セレナ!」

「ルーファが本当だっていうのなら、私の作ったこの毒を飲んで。真実なら毒は無効化されるわ」


 青い瓶に入った飲み薬。自白剤だったりする。誰かを試すなんてしたくないけれど、でも最初に私のことを試そうとしたのはルーファだわ。

 どうする?

 飲まなかったら信じられない。飲んでも信じるを話すしかない。どっちにとっても嘘をつくようなら終わりよ。


「コレを飲めば信じてくれるのなら、毒でもなんでも構わない」


 私から瓶を取り上げて一気に飲み干してしまった。あまりにも豪快かつ大胆な行動に固まってしまう。


「なっ……」

「僕が勝手に焦って、セレナを不安にさせたんだ。ごめん……。あの女とは本当に何もない……どちらかというと片思い同盟同士で、お互いに恋人との進捗具合を相談、連絡、報告していて……。パーティー会場の一幕も二人で計画を立てて、護衛騎士がベアトリスを支えるようにあつらえた計画なんだ」

「……ほんとう?」

「うん。ぼんどう……だから僕を捨てるとか、消えろとか、死ねとか言わないで……」

「そこまでは言ってないわ。心の中では思ったけど」

「ううっ……ごめんなさい。セレナが好き。好き好きで、イチャイチャしたいのをずっと我慢してた。寝ている時にキスマークを付けて──」

「にゃああああ!? そこまで言わなかくれいいわ!」

「セレナぁあ。ごめん。セレナを傷つけてごめん。僕、セレナが綺麗で、明るくて、どんどん前向きになって……僕がいなくても大丈夫なの見て、焦って……。僕のこと意識してって、僕に興味持ってって……自分のことばかりになってたぁあ。セレナにヤキモチ……焼いて……ぐすっ、ほぢぐで……」


 顔を上げてルーファを見上げると子供のようにボロボロ泣いているではないか。せっかくのイケメンが台無しだ。

 あまりにもガチ泣きだったので、ハンカチで涙を拭った。私の飲ませたのって自白剤であって涙分泌薬じゃないのだけれど……。


「ルーファは泣き虫ね」

「ぐずっ。セレナ、ごめん。僕はまた……ああっ、うまくできないで、セレナ、嫌いになる? もう手遅れ?」


 本当に狡い。そんなことを言われたら拒絶することなんて……できるわけがないのに。


「狡い。ルーファはいつも狡いわ。……先に謝ったら文句だって言えないじゃない」

「ごめん……」


 上手く気持ちが整理できず、思いのまま言葉を口にする。

 こんなに感情が高ぶって、勢いに任せるなんていつ以来かしら?


「(私も自分の中にあるモヤモヤを黙ったままにしてた……。ルーファに早く相談や本音を言えたら、ここまで拗れなかったわ。私も悪かった。それに昔からルーファは、自分が愛されているか不安になると、こういうことをする子だった……。そのたびに真正面から好きだって、大事だって言ってたのをすっかり忘れていたわ。夢で予兆もあったのに……)私、ルーファの隣に私以外の誰かがいるのが嫌だった。でも……自分の気持ちがうまく表に出せなくて……八年間我慢ばかりして、自分の気持ちもどこかセーブを掛けていて……、今もまだ自分の気持ちに蓋をしてしまうことがあるわ。だから……ルーファと同じくらいの熱量を求められても……たぶん、無理」

「うん……」

「今は……だけど、それでも待っていてくれる?」


 空色の瞳が潤んだ。ボロボロと涙をこぼす。

 ああ、せっかく涙を拭ったのに、どうしてこんなに涙腺が弱いのかしら。


「待つ。いくらでも待つ。……セレナ、愛している。僕がほしいのはセレナだけだから」

「正直、ルーファは思い込みが激しいし、愛情が潰れそうなくらい重い、目的の為なら非情になるし、どん引きするほどの執着と束縛……その癖メンタルは豆腐並の変態さん。……でも」


 本当にどうにかしたいなら、魔王である貴女は私をどうにでもできるのにね。暴走するときはあるけれど、基本的には私のことを考えてくれている。


「そんなのは昔から知っているわ。ここ八年でさらに磨きが掛かって拗らせていたのは想定外だったけれど、それもひっくるめて私もルーファのこと、好き。ルーファの傍にいるのは私であって欲しい」

「もちろん。僕の隣は八年前のあの日からずっと、君だけの場所だ。この先も、ずっと」


 昔と変わらない泣き虫な幼馴染みに、口元が綻んだ。いつだって私のカチコチになった心を溶かしてしまうのは貴方なのね。少しだけ悔しいけれど、でも今回の事で好きだと自覚できたことは大きな進歩だったのかしれない。

 だからこれはちょっとした勇気を振り絞った行動だ。

 腰の羽根が少しそわそわして揺れた。


「!?」


 背伸びをして彼の唇に触れる。いや掠めただけだけれど、ルーファは「セレナからのキス……!!」と顔を真っ赤にして倒れたのだった。


 その後、ベアトリス嬢と直接話しに行って、クレマン様が酷い誤解をしていると伝えて事なきを得た。何でもクレマン様は皇帝の叔父に当たるらしく、自由気ままに旅をして冒険者になったとか。魔物との戦いで深手を負ったところをベアトリス嬢に拾われた経緯で、護衛騎士になったという壮大な後出しに、卒倒しなかった私を褒めてほしい。

 あの薬を渡す前で本当に良かった。


 王国でエドガルド様は、神獣の生まれ変わりとしてお飾りの王族のまま暮らしている。もっとも、ユリナと共に離宮から出ないことが条件らしいが。

 第二王子が繰り上がりで王太子になり、国王と王妃も退位させて、国の立て直しを急いでいるとか。それにベアトリス公爵令嬢も手伝っているとか。クレマン様との関係も順調とルーファ経由で聞いた。


 今回の一件があってからルーファは「隠し事とはよくない」と言って、私に秘密の部屋を見せてくれた。「何でも秘密を打ち明ければ良いものでない」と、ルーファに告げることで何とか耐えた。ルーファは紛うことなき変態です。ありがとうございました。


 どこにいるか分かるアンクルネットGPS

 自分の所有物だとアピールしたい音の鳴る首輪。

 私の情報が逐一入る《セレナーデを見守る会ストーキング》。

 お風呂に一緒に入ろうとする目隠しスタイル。

 私の八年間分の魔法写真盗撮が追加されました。はい。


 重苦しい愛情と面倒くさい所はあるけれど、これが惚れた弱みなのだろうかと思う今日この頃だ。


「セレナ」

「なんですか?」

「庭園で白薔薇が咲いたんだ見に行かないか?」

「ええ、行きましょう」


 私の背中に翼は戻らない。守りたいと願うそれは加護となり、私がこの場所に来た段階で展開しつつあっただろう。翼の形をした加護という名の結界が天然要塞を覆ったことを知っているのは──多分、私とシャトロン様ぐらいだろう。

 まだルーファの思いには届かないけれど、ここが私の居場所だと思えるようになった変化に少しだけホッとした。

 それに私とルーファの関係も……私から手を繋ぐぐらいには好転した──と思う。


 その日、庭園階層では珍しく綺麗な虹がかかっていた。それはあの日のやり直しのようで、少しだけ腰の羽根が揺れた気がした。


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