第2話 約束の婚約解消──ではなく破棄?・前編

 五年後。

 エドガルド様の番がようやく見つかった。彼女は異世界から召喚された女子高生のようで、異世界転移に驚きつつもエドガルド様の寵愛を受け入れていた。「なんだか異世界転移のお決まりのパターンだな」と思いつつも、私は悪役令嬢ポジジョンでもないので暢気に構えていたし、これで私の役割も幕を閉じる──そうホッとしていたのだ。

 でも──。


 その日は王家主催の盛大なパーティーを開いた。それには各国の代表も姿を見せるほど関心を集めたようだ。


 しゃんしゃん!

 涼やかな音色と共に青白い魔法陣がパーティー会場内で展開し、白銀の全身甲冑に身を包んだ聖騎士団と、白と紫の法衣を纏った聖職者が姿を現れた。

 白と紫だけでも高位の神官──ううん、黄金の帯に、錫杖は法王のもの。まさかこんな大物までもパーティーに参加するなんて……。

 エーベルハルト・プロプスト法王。滅多に法王国から出ないことで有名だわ。


 法王は月桂樹の冠に、薄緑色の長い髪の青年だった。儚げで透明感のある姿は人とは思えない程美しく、そして色香が半端なかった。貴族令嬢の何人かが卒倒してしまうほどの美しさ。ふと目が合ったような気がしたけれど、たぶん気のせいね。


 それよりも驚きなのは同じ趣味友達だと思っていた人物が、皇帝ダーヴィト・アーメンバッハ・プリンツだったことだ。

 深紅と黒の軍服に身を包んだ兵たちの傍にいるワインレッドの長い髪、隻眼の男は金の刺繍をふんだんに使った赤銅色の軍服姿で、ワイングラスを片手に暢気そうだった。慈善事業の一つヌイグルミ製作所で一緒だった時とは、雰囲気が違う。というか皇帝が隣国でなにヌイグルミ作りに勤しんでいるのよ! ダメだわ、心の中のツッコミが追いつかない。


 他にも他国の大商人や、王太子が多く集まった。

 出席リストを見ると、なぜか独身者が多かったような。この国の吉兆にあやかって、出会いを求めているのかもしれない──と、他人事のように考えていた。

 我が国の王太子エドガルド様、王家が暴走しなければ良い思い出、私にとっての新たな門出となっただろう。

 そう、王家がやらかさなければ……。


 私はエドガルド様のアホさ加減を、甘く見ていた。それでなくとも長年求めていた番との出会いで、脳みそお花畑に拍車をかけたのもあったのだろう。



 ***



 白銀の短い髪に、狼の耳を持つ青年──王太子エドガルド様が壇上に立った。白の正装を着こなして毅然としている態度は王族らしいが、次期国王としては思慮に欠けている。それを補完するため宰相が五人、補佐役が三人というのだから国王としても苦肉の策だったのだろう。王妃が何でも好きなように与えていたせいだと思うけれど。


「今日は皆に私の番となる人を紹介したい。番紋で結ばれた運命の相手だ」


 王太子エドガルドの発言に合わせて金髪に緑色の瞳の美少女──ユリアが姿を見せる。

 気品と愛らしさを備えた白と青のドレスを身に纏ったユリアは、パーティー会場の中を堂々と突き進んだ。淑女らしくない歩き方に眉を顰める者はいたが声には出さなかった。

 誰が彼女の教育係だったのかしら、卒倒してないと良いけれど。いやまあ、異世界転移で令嬢並みの所作を求めるのは無茶振りだと思うけれど……。


「おお、亜人族にとっては、この上ない幸せであろうな」

「そうでしょうとも。エルガルド殿下は白狼の血を色濃く引いておられる。あの方がおられるだけでこの国は安泰だろう」

「ええ。始祖様と同じように、この国を導いてくださいますわ」


 スレーヌ王国は多種多様な種族が集まってできた国。中でも白銀、あるいは白を体に持つ者は、敬意と崇拝を得る。だからエドガルド様の支持率は高いのよね。今の所。私も天使族の末裔だから白い羽根は敬意の象徴だけれど、黒い髪に赤い瞳は悪魔族に近い容姿なのよね。


「あらあの子は、確か……」

「ヴィオネ伯の養子になった令嬢じゃありません? たしか帝国に留学していたとか?」

「であれば、殿下のお目に掛かることもなかったのだろう」

「なんとも伯爵家が羨ましいことだ」


 ああ、異世界転移だと後ろ盾がないので伯爵家の養子になったんだっけ。

 ざわつくなか、エルガルド様の隣に並び立つ。


「彼女はユリア・ヴィオネ伯爵令嬢。私の運命の相手であり、番だ」


 拍手喝采の中、セレナーデは壇上の下で二人を眺めていた。

 長かったわ。八歳の頃から王宮で王妃教育と、財務関係を含む政務処理の毎日。この場で婚約解消を行い、王宮を出るだけ。あと数ヵ月先だと思っていたから、それだけは嬉しいかも。


 ふと脳裏に幼い頃のルーファ……ルシュファの姿を思い出す。あれから八年以上、会っていないけれど元気かしら? 確か武勲を上げて将軍になって、二年前に黒竜のねぐらフォルトナ要塞の奪還をしているとか。数年がかりで均衡状態で大変そうね。


『セレナぁ』


 いつも泣きべそをかいて、私の後ろを追いかけてきた幼馴染。

 ふふっ、なんだか懐かしいわ。

 ルシュファが婚約してからは、なるべく彼とのことを思い出さないようにしていた。それなのに今日に限って感傷的になってしまう。ルシュファが待っているわけない。それに彼はもう、泣き虫な幼馴染でもないわ。最年少で将軍になったのだもの。

 私のことなど忘れてしまっている。


「婚約者セレナーデ・マリエル侯爵令嬢。今までユリアの代わりに王妃候補筆頭として、私に尽くしてくれたことを感謝する」


 感傷もここまでね。王妃候補筆頭として最後の務めを果たしますか。

 一気に注目を浴びる。奇異な目で見られるなどいつものことだと、気にせずにスカートの裾を軽く摘まんで持ち上げつつ頭を下げた。


「殿下、発言してもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます。殿下が番を得たことを心よりお喜び申し上げます」

「ああ」

「それでは──」

「セレナーデ様、今後は私がエルガルド様を幸せにしますわ。今までありがとうございます」


 まだ正式な婚約をする前に、侯爵令嬢に伯爵令嬢が声をかけるなんて……。この先が思いやられるわ。それに気付いた貴族たちはざわついたが、静観して見ている。ユリアを無視してエルガルド様に視線を向けた。


「エルガルド様、それでは婚約のの宣言をお願い致しますわ」

「──っ!」

「ああ。本日をもってエルガルド・グランニエ・グルーと、セレナーデ・マリエルの婚約とする!」

「ん?」

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