第17話 恋に落ちた瞬間、失恋する・後編
***
昨日も急遽ベアトリス嬢との面談があって、一日遅れで私たちは商店街階層のカフェで季節限定のスイーツを食べに来ていた。今までなら楽しかった時間が苦痛で、辛くてたまらない。何より私に気付かれたいのか、ことあるごとにベアトリス嬢の話題を振ってくる。無難に答えていると思った反応とは違うのか、すぐに話を切り替えてくるのもここ最近同じパターンだ。
「このスイーツ美味しいね。セレナも今度……スイーツとか作ってみたりしない?」
「……そう、ね」
「昔はセレナがパンケーキとか焼いてくれただろう? 今度は一緒に作ってみない? 僕も手伝うから、ね」
甘い言葉に過剰なスキンシップは正直、思っていた以上にキツかった。好きでもない相手にこんな風に愛情を傾けられるのかと思ったら、賞賛してしまう。
引きほどの執着も、愛情も、魔王になったのも、私ではない。それはそうだ。八年も経っているのに幼馴染を一途に想い続けるなど普通じゃない。
ルーファは変わっているから、それだけで鵜呑みにしていた。彼は目的の為なら手段を選ばない非情になれることを、すっかり失念していた──そうであってほしいと思ったのだ。
全部、ベアトリス嬢のためだったとしたら?
「……公爵令嬢と面会しているって聞いたけれど? 仕事?」
「ん? ああ、まあね! ……腐れ縁というか気が合う部分はあるから、話を定期的に交流を持ったほうが王国の動向も探れるだろう?」
「そう……」
意を決してベアトリス嬢のことを尋ねてみたら、待っていましたというような顔で嬉しそうに話し出す。
逢瀬を見られていたとは、全く思っていないのね……。不倫できる人はすごいわ。心臓が五、六個あるんじゃないかしら。
「ねえ、もう少し令嬢と会う機会を増やしてもいいかな?」
「(なんで口元を緩めて嬉しそうに言うの?)……それは」
「えっと、その……あ、でもセレナが、どうしても嫌だって言ってくれるのなら、予定をキャンセルするし!」
「──っ」
『セレナーデ嬢、お前がどうしても嫌だと言ったから、俺が手配する羽目になったのだろう』
『どうしても嫌だって言った癖に、今さらお茶会をしたいとか勝手すぎないか?』
『セレナーデ嬢。我が儘を言って気を引こうとしているのだとしたら、悪手だぞ』
どうしてルーファまで、エドガルド様と同じような言葉を言うの?
私が言ってもいないことを捏造して、私のせいにして、私を悪役にする。「してない」と言えば「嘘を吐くな」と返ってくる。
だから「嫌だ」と「やりたくない」と言う言葉は八年の間で封じられた。自由になって、呪縛から解き放たれたって思っていたのに……。ルーファは王宮で私がどんな生活をしていたのか、聞いていたのでしょう?
それでも同じことを言うの?
「……っ、大事な話なのでしょう? それならちゃんと時間をとったほうがいいわ」
「セレナ? 無理してない。僕は無理して欲しくない……何か抱えているのなら僕に──」
「団長! 大変だ、またあの変態が!」
「露天風呂階層がスライム風呂になって大変なんです! 聖騎士なんかは甲冑着たままベリーダンス踊っていて、止めに入った騎士団たちは妙な霧のあとで童心に返って枕投げか恋バナしはじめて、いや自分でも何を言っているのか分からないですが、とにかく収拾が付けません!」
「「!?」」
いや、うん、ちょっと待って。今の状況の精神状態でツッコまないといけないの?
八年間のトラウマが蘇って、現恋人にデジャブ感じている今!??
ない……ないわ。
え、ツッコまないわよ。いつもなら地獄絵図☆法王のご乱心~~~!? とかって軽口が言えたけど、今の私はライフポイントがゼロ。はあ、つらい。
「え、僕がいないのになんで勝手に恋バナとか初めているのさ」
「(切れている理由はそれなの?)……ルーファ、私は自室に戻るから行ってあげて」
「セレナ、ごめんね。すぐにブレス一つで焼け野原にして戻るから」
「味方がいないところでしてね……」
「うん! 愛している!」
「脈略が……」
ない。そう言おうとして下唇を噛んだ。
今日は全然ツッコミにキレがないわね。やっぱりルーファに話す前に記憶を失う薬を飲んでしまう? ううん、万が一、億が一の可能性があるもの。話し合いをしてみて、それで思っていた通りなら諦めがつくわ。
「団長!! 大変です!」
騎士服姿のリズと数名の騎士がカフェに駆け込んで来た。もしかして入れ違い?
「ルーファなら露天風呂階層に向かったわよ?」
「あーーーー、そっちも地獄だけれど……」
「セレナーデ嬢。王国から使者が来ているんだが……対応を頼めないッスか?」
「私が?」
「あー、うん。ルーファにも相談したかったのに……返信がなくて……。ムカツク奴なのでこのまま追い返してしまいたい」
一体誰が面会に来ているのかしら?
騎士達が追い払えないということは力があると言うよりも、権力者って感じかしら。
「王国から……。それは独断で追い返すのはよくないんじゃない? ルーファからの連絡はダメ?」
「はい。今、通信魔導具を使ってみたのですが、応答がナイッス」
「しょうがないんじゃない? あの二人、今が正念場というか、まあいろいろね」
あの二人。その言葉に淑女の笑みが崩れそうになる。
もしかして、騒ぎがあるってことも──それすら嘘?
「そう」
「あ、えっと……」
「馬鹿、オマエなぁ」
「だって」
リズたちも私に何かを隠している。やっぱり相談しなくてよかったわ。
王国の使者だというのならひとまず私が用件を聞いて、ルーファに意見を仰げば良いわよね。仕事が来るのを待つだけじゃなくて、取ってくれば──ルーファが振り向くはず、なんて考えているだけでダメね。
「私が話を聞くだけ聞いてみるわ」
「え!?」
「確か応接用の階層に転移すれば良いのよね」
「ちょ、あ」
この場の雰囲気に耐えられず、私はリズたちの制止を振り切って転移門をくぐった。何階層かは不明だけれど、応接室のある階層通路に到着した。部屋の中に入ると質素ながらも質の良さそうな調度品とソファ、テーブルなどがあった。底に座っている二人組の男女は白いローブを羽織っていた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「セレナーデ! ようやく会えた!」
ん? この声って……。
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