第7話 そんな価値があるとは知りませんでした

 王家主催のパーティーから転移魔法で、帝国、大国、王国の国境周辺にある自然要塞フォルトナへ移動する。

 数百年の長きに渡って破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコが縄張りにしていた領地だ。西の大国とは絶壁とフェルトナ要塞があるため侵攻は難しく、細々と国交を結んで入るが同盟国ではない。不可侵協定に留めている。


 聖王国は、王国と帝国の北東部分に隣接する王都ほどの面積しかない小国だ。聖地ゼロルと呼ばれる領土は常に白銀の魔法鉱石を生み出し、日中でも七色の虹がかかる神秘の領域。

 様々な信仰を司る教会本部として各国に教会が建てられている。交流は魔法鉱石や信仰での催し物、各国の儀式代行などで同盟を結んでいる友好国の一つだ。


 最後に帝国は北の大地に位置する巨大な面積を持ち、北の魔物から人類の守護者を輩出した武力国家だ。土地面積だけは広いものの、冬の季節は長い。獣や毛皮、よく燃える薪、武器や工具による特産物を王国に売り、王国で取れる大麦を含めた果物や野菜などを提供する。

 周辺国から見て、王国は資源や物資が豊かな楽園のような土地だ。他国から侵攻されることがなかったのは、国境周辺にある天然の絶壁や破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコの棲家、そして天使族の持つ加護と恩恵によって守られていると言われ、戦争を知らぬ平和な《地上の楽園》と呼ばれるほど、王国は恵まれていた。


 もっとも天使族の加護は血が薄れていって、建国時に比べれば眉唾物だが、天使族を特別視する者も未だに多い。

 そんなことにあって権力者は天使族と縁を結びたがっている。とはいえ、まさか婚約破棄の当日に法王と皇帝が乱入するとは思わなかったし、それでいうなら将軍でもあるルシュファ……ルーファもだ。

 どうしてこんな大事になったのか、当の本人に尋ねようとしたのだが……。


「セレナ……嫌いにならないでほしい。うぐ……っ、うう……」

「………………」


 要塞の執務室入り口前で、ボロ泣きで私の腰にしがみついているのが、先ほどパーティー会場で魔王宣言したルシュファ──ルーファだ。精神年齢が五歳に戻ったかのような変わりように、周囲の部下はドン引き、私は驚きすぎて固まっている。


「ルーファ、ほら泣いていないで。話をしましょう」

「僕の元を去る話や離婚関係なら話したくない。無理無理無理……」

「……(いつ結婚したのだ、とツッコミを入れたら絶対に拗れるわね)私たちの今後の生活についてですよ」

「真っ先に話すべきことだね。さあ、僕の膝の上に座って話をしよう!」


 立ち直り早っ!

 きっと私以外の全員が思ったはずだわ。というか部下がいる前で、あんな醜態を見せて良かったのかしら?

 普通に執務室へのエスコートも完璧なのがなんか腹立つ。


「やっぱりセレナーデ嬢が関わると、ボスはポンコツになりますね」

「今に始まったことじゃないし……むしろ通常運行? あぁ、お腹減った」

「本人がいても、ああなるんだからだいぶ拗らせているよな……」


 ボソボソと聞こえた彼の部下たちに視線を向けたが、素早く視線を逸らされてしまった。どうやらルーファの態度でドン引きはしているものの、普通に受け入れられている。ある意味すごいわ。


 執務室は簡素だけれど、質の良い調度品を誂えていた。飴色の床に、絨毯は赤と黒。刺繍は銀と金をふんだんに使っている。

 長年、破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコの巣窟になっているにしては片付いているし、生活感があった。それに色々と整っている。破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコ討伐の話は耳にしていなかったけれど、ルーファが死亡扱いされたのは二年前と言うのだから、二年間で設備やら諸々を整えたのだろう。

 ルシュファは私から離れるのを極端に嫌がり、着替えすらカーテンの向こう側で、目隠しをして待っていたほど、重症化していた。


「セレナ、セレナ……。夢じゃないのが本当に嬉しいよ。王宮という鳥籠の中にいた君は分からないことだらけだろうから、今回の経緯から全部話そうと思うのだけど……」

「ええ、そうしてくれると状況の整理ができて嬉しいわ」

「良かった。じゃあ話をするから、僕の膝の上に乗ってほしい」

「なぜ?」

「セレナがまた僕の前から消えたら立ち直れないから……しばらくは傍にいてほしい」

「傍なら隣の席でも……」

「膝の上、ダメかい?」


 うう……。その顔は狡い。狡過ぎる。昔と変わらない潤んだ空色の瞳、許しを乞う体勢、庇護欲が掻き立てられる外見。本当に狡いわ。でもこれ以上、話が進まないのも面倒だし、部下の人たちの『言う通りにしてあげてください』感がヒシヒシと伝わってくる。話が進まないし、これでは困るわ。


「わかりました。……ルーファの足が痺れたら申告すること、良いわね」

「申告するまでは、ずっと膝の上に?」

「ルーファ……」

「半分は本気だったのにな。……あ、うん。ちゃんと話すから、笑顔が消えるのは……ごめんなさい」


 謝罪を受けて、私はルーファの膝の上に。顔が見えないと嫌だと言われて横向きで座った。なに、この距離感。そして羞恥心!

 ルーファはちゃっかり腰の羽根に触れてくるが、全力で無視した。どこからどう見ても、イチャイチャカップルがやるような雰囲気。なんだこれ。

 部下がいる前で公開処刑じゃない。ああ、同情的な眼差し半分、生温かない視線とドン引きがヒシヒシと伝わってくる。


「まずセレナ、君の存在価値について……。天使族の持つ守護と加護だけれど、君は初代と同等あるいは、それ以上の力を持っている」

「パドゥン?」


 何を言っているのだ、彼は? という眼差しを向けたのに、ルシュファは耳まで真っ赤になりながら「そんな顔で見つめられたら……」と反り返っていた。なぜ、そんなポーズに?


「可愛すぎる……反則だろう?」

「ルーファ、話を進めてくれないなら膝からおりますよ」

「──っ!?」


 一瞬でルーファの顔色が青くなる。そこまで膝の上に乗っていて欲しいものなのか……。私的には恥ずかしいので、隣に座りたいのだけど……。そういえば、昔から距離感がやたら近かった気がする。婚約者のエドガルド様ですらここまで近くはなかったし……。ふとルーファに視線を戻すと、わかりやすく項垂れていて、しゅん、と萎れてしまっている。


「おおー! ボスって精神ダメージ受けるんだな!」

「団長が固まっているのを初めて見たぞ」

「団長の鬼メンタルがプリン以下に……。あ、プリン食べたい……」

「さすが旦那を虜にした人だ」


 彼の部下からの評価が上がった。普段どれだけ無茶しているのかが、なんとなくだけど想像できしてしまった。ルーファは目的のためなら、苛烈なこともできる。幼い頃は私の後ろをずっと追いかけてきて、あの手この手で私の気を引こうとしたっけ。

 そういえば、最初の出会った頃はもっと大人しかったような?


「ちゃんとします。……無自覚だったとしても、君の規格外の加護によって、この国そのものが堅牢な鳥籠守りとなったのです。そしてそれを本人であるセレナに伏せて、外交や行動……特に外部との接触も制限した。……セレナ、君が王都で暮らしてから、君の両親、友人、僕も手紙を送ったのだけれど、一度も戻ってこなかったのだけれど……届いていたかい?」

「ううん。パーティー会場で話したけれど誰からも……届いてなかったわ。だから、みんなに嫌われてしまったって……」

「そんなことないのに! 君は知らないけれど、マリー領で君の存在はとても大きくて太陽のような存在だった」

「話を盛りすぎ」

「そんなことない。現にセレナにみんな会いたいって、そこから『セレナーデをひっそり見守る会』が結成されたんだ。ちなみに会長は君のご両親で、僕がナンバーゼロだよ」

「ごめん、途中で意味がわからなくなったのだけど……」


『セレナーデをひっそり見守る会』ってなに!? 微妙に犯罪臭はするけれど、トップが両親というところがさらに怖い。私の両親は損得勘定がデフォの仕事人間という印象だったのだけど……。そちらよりももっと気になるワードができたので、そちらを優先しなければ……。

 うーん、長い話になりそうだわ。

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