第4話 八年前の約束
──って、それどころじゃない! 軍内部での反乱?
それとも
ところでエドガルド様は──って、未だに気絶したままじゃない!? しかも槍がケープに突き刺さって抜こうとしている衛兵とユリア……あ、なんだか童話の『おおきなかぶ』を思い出す光景だわ。まったくホッコリしないけど。
この国の王族がこの状況を何とかすべきなのだけれど、国王と王妃は黒い槍の威嚇で気絶中だし、王妃教育のないユリアじゃ仕切れないし、公爵令嬢のベアトリアス様は……思考放棄して固まっている。気持ちはわかるけど、ここは意識を残しておいて欲しかった! となると侯爵令嬢の私がどうにかすべき? どこからどうツッコミ──いえ対処すべきか。
「セレ──」
「セレナーデ嬢、その男は危険です。私の元に来てください!」
「え? 法王?」
「いいや。セレナーデ、俺のところまで一直線に掛けて来い!」
「
今まで静観していた法王と皇帝が、同時に叫んだ。彼らは何を焦っているの?
この黒衣の騎士は私に謝って……今も敵意は向けてこないのだけど、もしかして人質?? それなら動いたら不味いのでは?
「君が動く必要はないよ、
「……え、その呼び名」
私の腕を掴んで静止したのは、黒衣の騎士だった。
低く、どこか懐かしい声にドキリとする。セレナ、そう呼ぶのは家族と幼馴染だけ。
見上げなければならないほどの高い背丈、雄々しい兜、細身だと思っていたけどがっしりした体つきに、微かに鉄と薔薇の香りが漂う。
私の知っている幼馴染とは、何もかもがかけ離れている。でも……。
兜の奥に見える空色の瞳は──。
「もしかして…………ルーファ?」
「他の誰に見えるんだい?」
兜に手を当てた途端、兜だけがどこかの空間に吸い込まれてしまった。あれは亜空間収納ボックスと同じ?
しかしそんなことは彼の顔を見て綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。絹のようなきめ細かい美しい金髪、白い肌、空色の瞳──可愛らしかった顔立ちは面影を残しているけれど、幼かったあの頃よりも、精悍で彫刻のように美しさが際立っている。
混乱する中で、彼の美しさに誰もが魅せられていた。なんというカリスマ、存在力!
口元が綻んだ瞬間、こんな状況にも関わらず「キャーーーー」と黄色い声が上がった。
「セレナ、やっと君に会えた」
「久し振りの再会だけれど、これは──んん!?」
これはどういうことか、と問いかけようとした瞬間、ルーファは私の唇を奪った。
「!?」
「ははっ、約束通りセレナの元に帰ってきたよ? だから、ね。これからは僕だけを見て」
情熱的なキスの後に潤んだ瞳で懇願するような熱のある声は、反則だと思う。
昔と変わらない泣きそうな顔。うう、キュンってしちゃう! ──って流されている場合じゃないわ!
突然の襲撃。しかも王太子に対して刃を向けた段階で叛逆者扱いされると分かっているのに、どうしてこんなことを!? すでに危険人物として手遅れかもしれないけれど、あのルーファが理由もなくこんなこと知るはずない。何か事情が──。
「セレナ……」
ルーファは私の手を取り、片膝を突く。
「ルーファ!? え、な?」
「僕はね、八年間ずっと、この日のことを夢見ていた。……どうか僕と結婚してほしい」
「!?」
今!? それ今なの!?
そう思ったけれど、なんとか叫ぶのを耐えた。偉い私!
真剣な眼差しで見つめるルーファに心臓の鼓動が早くなる。
本当に八年前の約束を? いやいや、それよりもこの騒動をなんとか──したいけれど、ルーファの目はマジだわ。これ!
返事するまでは頑なに他のことができないヤツ! 昔からそういう所あったけれど、大人になって更に悪化してない!? そもそも求婚の返事を返している場合ではないのだけれど、疑問が口を吐いた。
「で、でも……貴方は、ベアトリス様と婚約をしていたはずだわ。私よりも大切な方ができたのでしょう?」
「ああ、それは──」
「その通りよ!」
赤髪の美女──ベアトリス公爵令嬢が声を上げる。煌びやかな白のドレスに身を包んだベアトリス様は声もカナリアのようで美しい。さっき硬直していたけれど、復活したようで何よりだわ! でもできるのならもう少し前に復活して欲しかった!
なにこの状況、修羅場!? 現在進行形で修羅場ってるけど!
「ルシフェル様、貴方と婚約しているのは私ベアトリス・バレテレミ公爵──」
「黙れ。君との婚約は二年前に放棄しているだろう。それに元々の契約も、先ほどセレナが婚約破棄されたことで、僕たちの契約も無効となる」
「──っ」
「え? 契約?」
「うん、君が婚約解消あるいは、破棄しなければ解除できなかった契約だよ。先程、契約書は燃え尽きたのを確認している」
「そんな……っ」
「お嬢様!」
それを聞いてベアトリスは卒倒。傍に待機していた護衛騎士のクレマン様が支えて抱きかかえる。ナイスキャッチ──って、そうじゃない!
「セレナ、返事は?」
「え? (不安そうに顔を覗き込んできたルーファが可愛い……って、違う! このカオスな状態でどうすれば良いの!? 暢気にプロポーズしている場合じゃないんじゃ? でももう王妃候補筆頭じゃないし、この国がどうなっても……いやいや侯爵令嬢としての責務を全うすべきよね?)」
「求婚の返事は良いってこと?」
「うん……ん?」
「やったあ。ずっとこの日を待ち望んでいたんだ! セレナ、嬉しいよ」
「え、ちょ……」
私を抱き上げてグルグルと回り始めた。まるでワルツを踊るような滑らかな動き──じゃない!!
そういえば昔からルーファって思い込みが激しかったというか、落ち着きがなかったような──。有耶無耶なままで結婚を了承したくないし、と言うか今はそれどころじゃないわ! ああ、この台詞、今日何回思ったのかしら!?
「ルーファ、貴方いったい何を──」
「セレナ、セレナ、セレナ、愛しているよ。ああ、やっと、やっと僕の腕の中に取り戻すことができて幸せだよ。クソ王太子、法王と皇帝に拉致される前で、本当に良かった!」
「え」
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