第9話 ギャップ萌えは嫌いじゃない・後編

 侍女の人はいないのか、部屋に通されてから誰も訪れなかった。扉の前に護衛の女性がいたから、湯浴み等は、自分でのスタンスなのだろう。

 王宮暮らしが長かったとはいえ、前世では一人暮らしも普通にしていたので湯浴みぐらい何ら問題ない。疲れたし、頭もあんまり回らないから湯船に浸かってサッパリしてしまおう。

 さすがに入浴まで一緒に入ろうとか、非常識なことをルーファも言わないはず………。


「…………」


 数秒の沈黙。

 脳みそをフル回転させてルーファの思考回路と行動予測を立てる。あの斜め上の考え的に私と離れたくないと言っていたのなら、混浴はあり得る!


『いずれ夫婦になるんだから、混浴したって問題ないだろう? ……ダメかい?』


 言いそう!

 疲れていたのも忘れて素早く立ち上がると、バスローブを二枚手にダッシュで浴室へと向かった。脱衣所で水着用の下着に着替えて、その上にバスローブを羽織る。もう一枚はもう一枚は湯船から上がったらすぐに着替えれば完璧! 

 ふ、勝った。これなら、突然ルーファが来てもあわあわして胸とか隠さずにすむわ! 

 そう浴室のドアを開けた──。


「おや、思ったよりも早かったようだ。久し振りの捕食だったから、つい時間を忘れてしまったよ」

「──っ!?」


 月桂樹の冠に、聖職者の白い衣を纏った薄緑色の長い髪の儚系の美青年──というかエーベルハルト・プロプスト法王その人だった。足だけ湯に浸かっている姿で現れたことに困惑。そして叫んだ。


「聖下が変態だというのは、本当だったのですね!! そして部屋を間違えました!」

「おや? 一体誰がそんなことを?」


 第一声に変態と言われると思っていなかったのか、エーベルハルト聖下は目をキョトンとした顔をした後、苦々しく笑った。


「ルーファ……ルシュファです。……というか、どうしてここに?」

「君と直接会いたくて、来ちゃった」

「(来ちゃった、じゃない!! というかどこから入ってきたの!?)会ったのでお帰りください……」

「嫌だよ」


 浴槽の湯らしきものがぬめっとした粘り気がある。……どうみてもスライムのような物質と、黒の侍女服だけが置いていあった。いや、正確には体だけが溶けて消えたみたいな服の置かれ方に嫌なことを思い出す。


 この世界においてスライムは雑魚ではなく凶悪かつ倒すのが難しい魔物の一種だったりする。なにせ物理効果無効化、魔法耐性も高く、近距離なら捕食で丸呑みから溶解。遠距離なら毒霧、毒雨、毒沼と広範囲に毒をまき散らして身動きを封じる。倒すにしてもドラゴンブレスレベルの火力がなければ処理できない。人類にとって最悪の敵。

 はるか昔に教会が封じたとか。もしかしてそれすらも自作自演マッチポンプなのでは?

 ──って今はそんな考察はいい!


「あの場では君の幼馴染コバエが五月蝿くて話にならなかっただろう。だから単独で来たんだ」

「(ルーファと同じく、人を振り回す変態さんなのね)……話とは私を花嫁という名の贄にする話ですか?」

「贄って、酷い。……私は人間が大好きなだけなのに……」

「(ルーファとは違うけど、また面倒くさそう)聖下……」

「今、私が面倒臭そうだと思った?」

「はい」


 率直に答えると、聖下はまたもや驚いたのか目を丸くする。少しして声を上げて笑い出した。感情豊かな人だわ。


「貴女は思っていたよりもずっと面白い人なんだね。貴女と一緒になれたら、また新しい感情が芽生えるのかな?」

「(台詞が一々犯罪っぽい)……私を捕食する気ですか?」

「まさか。私にとってこれは人間に近づく行為であり、人が私と同一する崇高な儀式のようなものだ。私は彼らの感情を味わい知ることができる。彼らは肉体を捨てて私と同一して永遠に生きる──双方が望んだことだよ」


 エーベルハルト聖下は、慈愛に満ちた顔で微笑んだ。まるで聖典のこと場をなぞるような穏やかな声だったけれど、その内容は私には理解できないところにあった。ただひとつ言えることというと──。


「私は永遠なんて入りませんので、儀式は不要ですね。お帰りください」

「私にはセレナーデ嬢が必要だとしても?」

「ええ。聖下の提案に魅力を感じませんし、さっさと帰らないと怖い魔王様が来ますよ?」

「大丈夫。最初は嫌だと言っていても、すぐに心地よくなってどうでも良くなるから」

「怖っ! そして全く話が通じてない!」

「そうかな?」


 ほわほわんとしているのに、話している内容は意味不明すぎて怖い。言葉通じるのに話は通じないのだから、苛立ちよりも恐怖が勝った。


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