第10話 深刻なツッコミ不足
「私が欲しいと思った時点で貴女は私のモノなのだから、諦めてほしいな」
「なんですかその理論!? 某アニメのガキ大将以上の横暴ですよ!!」
エーベルハルト聖下は楽しそうに笑うばかりで、人の形をしているけれど人間らしい価値観やモラルはないらしい。つまり交渉において、駆け引きは無意味!
今は単に『会話をする』という行為を楽しんでいるだけなのだわ。人が楽しそうに話をしているのが良いと思って、言葉を紡ぐ人モドキの戯れ。会話の内容に重要性はないし、底抜けに楽しそうに話しながら、その実どこか無理をしているのが何となく伝わってくる。
まるで隠しているのを見つけて欲しくて、泣いている小さな子供のよう。ルーファに少しだけ似ている。
昔、そうやって隠れて泣いて、それでも誰かに見つけて欲しくて、寂しさと期待で縮こまっていた幼馴染と重なった。外見が悪魔らしくないと弄られてたくさん傷つきながらも、悪魔らしくあろうと無理をしていたことを思い出す。
「エーベルハルト聖下の本当の気持ちは、口にしないのですか?」
「──っ!?」
「人間の言葉や会話することだけではなく、倫理観や価値観を学ぶ気は、にゃ!?」
足場がぬるっとして慌てて下がろうとしたら、思い切り尻餅をついてしまった。
「痛っ……くない?」
「セレナーデ嬢が私の腕の中に! これは一緒になってくれるということだよね。嬉しい」
「い、いやー!!! 頬染して儚げに言ってもダメですからね! あと勝手に解釈して自己完結しないで!!」
「懐かないところも、なんだか猫っぽくていい」
「にゃああああ! どさくさに紛れてスライム化しないでください! 変態! ルーファ! 助けて!!」
「セレナ! お風呂に一人で入るのは大変だろうから、ちゃんと目隠しをしてきたよ!!」
「ルー……え」
「ああ、もう来てしまったか」
ルーファはいきなり浴槽に飛び込んできたのだが、その姿に固まってしまった。バスローブを着て、目隠し。どう考えても一緒に入る気満々の格好に慄いた。
どこもかしこも変態しかいないのか! ツッコミ、ツッコミ役がなんで誰もいないの!?
「法王!? 先ほどブレスで焼き切ったはず!」
「待って。なにその情報!? そして目隠ししているのに、さては見えているわね!?」
「セレナ!? そんなことよりもどうして、クソスライムに抱きつい──……僕だって抱きつかれたこと片手で数える程度なのに……羨ましい」
「勝手に凹まないで。そしてこれは足を滑らせただけで、望んで腕の中にいるわけじゃないのだから!」
「セレナーデ嬢は私を選んでくれた。このまま一緒になることだって約束してくれたんだ」
「事実無根!」
「ふざけるな。セレナは僕のだ。僕だけの」
「いいや私の物だ」
私の話を無視して肩や半分ほどスライムになりかけている
──とまあ、そんな暢気なことが思えているのは、変態さんが現れたことで急に冷静になったからと、諦めの境地に近い。自分でも思うけれど、結構危ない状況なのに脱力してしまっているのは二人の姿にも関係している。二人ともパーティー会場のような装いだったならまだ緊迫感があったのだけれど、色々台無しなのだ。
『中々に面白い展開になっているようだのう』
「ん? ──ひゃ!?」
頭の中に直接声が聞こえたと思った瞬間、私は別の空間に転移していた。一瞬で場面が切り替わり、私はモダンな雰囲気のある部屋のベッドの上に座り込む。幸いにも水着の上にバスローブを羽織っているので、令嬢としては卒倒しそうな恰好だけれど裸よりは防御力も高い。たぶん。
『ふむ。たしかに我の眷族のような髪と瞳だが、天使族とは……面白い魂の形だな』
ベッドの上には漆黒の艶やかな小竜が、ちょこんと座り込んでいた。蜥蜴に似ているが、蝙蝠の翼に鋭い爪、緋色の瞳、小さくて愛らしい姿なのに放っている
「もしかして……
『いかにも。我が
「ありがとうございます。鱗も艶々ですし、ガーネットのような美しい瞳は絵本で見た姿が同じでしたので!」
幻想動物や神獣はとっても可愛らしいフォルムが多くて、よく王宮図書館で眺めていた。それがまさか実物に会えるなんて……。モフモフじゃないけど、可愛いから良し。
『それであろう。我はこの姿でも下々の者たちを魅了する。……我が人の姿になればみな我の美貌に惚れてしまうので、この姿をとっておる』
「(うん。この方は
『うむ。
「なるほど(そういえば
『お主も我と同じように世界の盤面を変える存在か。それは難儀なことよ。我は様々な種族に利用され、願われ、乞われ、畏怖され、元凶とされ、崇められてきた。我が動くことによって世に渾沌を齎す。それが嫌でこの
「!?」
朗々と語るシュトロン様の言葉に耳を疑った。それってつまり冒険的な
「ではシュトロン様が存在している間、この
『うむ、そうだ。ルシュファが鬼の形相で突貫してきたときは、流石の我も焦ったものだ。毒も罠も関係なし、猪突猛進で本当に……怖かった……。久し振りに骨のある者だと思っていたが、予想以上だったし……。怖かった……死ぬかと思ったぞ。アレは稀に見ぬヤバさだ』
「そ、そうなのですね(
『特にお主への……その、山よりも谷よりも深すぎて重い……執着には同情する。我でよければ話し相手になるので、アレを……その、アレを見捨てないでやってほしい』
へにょりとしているシュトロン様がとっても愛くるしい。ホクホクしていたが、そんなシュトロン様が怯えるほどのルシュファの執着って一体。
なんだか知りたいような、知りたくないような……。ふと、シュトロン様はしきりに奧の部屋に視線を向けている。もしかしてルーファの部屋はあちらなのだろうか。それにしても
八年の間にどれだけ拗らせたのだろう。
思えば私はルーファが八年間何をしていたのか知らないわ。あの扉を開ければ、何か分かるのかしら?
「わかりましたわ。とりあえず、ルーファの部屋に行ってみます」
『うむ。……って、待て、待て! その扉は』
シュトロン様がなぜか慌てだしたが、黒く重厚な扉のドアノブを掴んだ瞬間──視界がブラックアウトした。
「セレナ、遅くなってごめん」
「へ」
ルーファは片手で私の視界を遮り、後からぎゅっと抱きしめられたせいで「ひゃう」と変な声が出てしまった。
「そっちは僕の部屋じゃないよ。……僕の部屋に来てくれるのなら連れて行ってあげる」
「ルーファ!?」
振り返るとバスローブから着替えて騎士服のルーファがいた。怪我などはしていないのでちょっとだけ安心した。ルーファは私を正面から抱きしめ直す。酷く焦っていたようで、顔色も悪い。
「セレナ。……ああ、セレナだ」
「(転移してまだそんなに時間が経っていないけれど……)エーベルハルト聖下は?」
「あー、うん。結構大変だったけれど、あの浴室を半壊させて何とか小瓶に封じることができたよ」
「それはよかっ──え」
「セレナ、すぐに駆けつけられなくてごめん。でも僕も結構頑張ったのだから、ご褒美を貰ってもいいよね?」
「え、え、えええええ!?」
ルーファは私を軽々と抱き上げてしまう。
助けを求めようとシュトロン様のいるベッドに視線を向けたが、丸まって眠っていた。「ぐ、ぐう」と百パーセントの狸寝入りですよね!? 丸まっていて可愛い! ──じゃない!
私の味方はおらず、ルーファの部屋に連行されるのだった。
私ののんびりお風呂タイムは!?
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