第12話 言葉にするのは案外難しい
「……セレナと離れたくない」
「これだと顔を洗うのも、着替えもできないのだけれど……」
「じゃあ、離れていてもすぐに居場所が分かるように、アンクレットをつけてもいい?」
「しょうがな──え?」
切羽詰まった声に負けて頷いてしまった。どう考えてもGPSですよね、うん。さらに過保護というか執着、変態性が強まった気がしなくもない。更生できるかな。
ちゃっかり恋人がいるという意味の左足に、銀のアンクレットをつけていった。確信犯ね。
重苦しい愛情。
過剰なスキンシップ。
歯の浮くような甘い言葉。
愛を強請って甘える強かさも、くすぐったいけれど、嫌悪感はない。
ただ愛されることに、現実味がなくて反応に困ってしまう。「好きだ」とか「愛している」なんて言葉、この八年間、誰からも言われなかった。だからルーファの態度にうまく答えられないでいる。いきなり環境や生活サイクルも変わったことで、戸惑っているのもあるのかも。
でも、ずっと困惑するだけじゃダメだわ。
ずっとつれないままの態度で、ルーファが私に見切りを付けるかもしれない。そんなのは……嫌。ちょっと、かなり拗らせて変態度合いがアップしているけれど、ルーファの隣はとても楽な感じ。一緒に居ると安心する。
むう。これが惚れた弱みというやつかしら?
***
「セレナが可愛い」
「……ありがとう」
白のワンピースに着替えて、髪の毛は軽く結って貰った。ここにいる侍女や使用人はマリー領出身の者が多いらしい。私が王都に出てからマリー領にだけ重税が課せられて生活が大変だったとか。それらの対処していたのが私の両親、そしてルーファの両親であるサルヴェール辺境伯だ。私の記憶では天使族と悪魔族の末裔として両家とも犬猿の仲だったような?
でも隣の領地だというのに、ルーファとは長馴染として仲が良かったし……。
「ルーファも、騎士服がよく似合っている」
「──っ、セレナ。今のもう一回」
「え? ……騎士服がよく似合っている?」
「もういっかい!」
「騎士服がよく似合っている」
「んんんんーーーー、最高。僕のこと好きだって付けてくれたら、もっと最高だと思う」
「ルーファのことは嫌いじゃないわ。でも……」
「心の整理がついていない?」
「うん」
ルーファは私の頬にキスをする。そして「愛している」と囁いた。
「いいよ。無理をさせたいわけじゃないから。それに……セレナが僕のだって分かる物があるから、待てるしね」
「(首輪と、アンクレットを見てウットリしている……。変態度を更生、できるかな?)……ルーファ、私(ルーファが更生できるように)頑張るわね」
「うん?(セレナが可愛い。僕のために努力してくれるのならなんでも嬉しいなぁ。ああ、八年前よりも綺麗になって、可愛いだけじゃなくて、愛おしくて、何処にも行かないように閉じ込めて、鎖で繋いで、離れられなくしたい──って、それをしたら王家と同じじゃないか。セレナは八年間、たくさんいろんなことを我慢させて諦めてきたんだ。愛にも飢えているし、僕がいっぱい、いっぱいドロドロに愛して、凍っちゃった君の心を溶かしたい)セレナ、大好き。今日は君の好きだったビシソワーズと、カリカリパンに、鴨ロース、ベーコンと目玉焼きを用意して貰ったんだ」
「ふふっ、私の好きなメニューなのよく知っていたわね。八年前ともう違うのに」
「うん。君のことならできるだけ情報を集めようと頑張ったしね」
「え」
「ん?」
それは騎士の仕事をしつつストーキングしていたと? それとも盗聴──いやそれは犯罪だわ。
「盗聴してないわよね?」
「え、あ、うん。さすがにセレナの声を聴くなら生がいいし、音声だとノイズが入るだろう?」
「(拘るところはそこじゃない!?)……じゃあどうして知っていたの?」
「ん? 君の侍女たちから情報を買っていたからだよ」
普通に聞き取りだった。私の身辺で困っていることもないかなども探ってくれていたのだろう。食事をしつつ、ルーファには友人が多いようだ。
友達ゼロの私とは違う。何だか凹んでしまうわ。
「今日は君の両親に会わせるね。それから
「
「僕が
「お店の階層まであるの!?」
「おっと、思った以上に興味あるみたいで嬉しいな。
「昔、八年前の」
「うん。そう。君がしたかったこと、やりたいことを形にして準備してきたんだ。そのためにも魔王になった甲斐はあるよ」
「……ルーファ」
「ご褒美は何でも良いよ。セレナが笑顔で楽しそうにしてくれるだけ──じゃ正直足りないけれど、僕は悪魔族だし、欲張りだからね」
どこまでも甘々で、私に寄り添ってくれる。それなのに上手く甘えることもできない。昔はもっと上手く自分の気持ちを言葉に、行動に移せたのに。
「ルーファ。私……」
「ん?」
口を開くけれど言葉が上手く出てこない。自分の気持ちを言葉にすることがこんなに難しくて、勇気がいるなんて……。
「ううん、なんでもない」
「そう?」
食事はどれも美味しかった。
話を整理すると、この天然の要塞は
うん、壮大すぎるけれどエーベルハルト聖下や一癖も二癖もある変態──もとい、権力者から守るなら必要な力だったのかもしれない。
私のために……どうしよう、今頃嬉しい気持ちが溢れて口元が緩んでしまう。淑女の笑みじゃない。完璧な角度の笑み、何があっても崩れない笑顔の仮面。感情や私情を殺して無理難題をこなす日々。
そっか。
もうあんなことをしなくても良いのね。
婚約解消したあと、誰も私を待っている人はいなくて、一人でのんびり気のままに旅に出るつもりだったけれど、あまりにも現実味のない夢物語だった。
思えばそのぐらい私は世間知らずだったわ。前世の知識で一人暮らしできると思っていたけれど、自分の価値を客観視していなかたし、気付いてもいなかった。
ようやく息苦しさが脱却したと実感したのだった。本当に私は何もかも鈍感なようだ。だからあんな魑魅魍魎が跋扈する王宮で暮らせていたのだろうけれど。
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