第12話「可愛い同業者」
大型連休が過ぎ、忙しさはかなり落ち着いたもので、いつもの雰囲気が戻ってきた。まぁ、それはそれでなんだか寂しいと思ってしまうのも、わがままなのかもしれない。
山倉さんは宣言通り連休中は毎日バイトに入ってくれた。彼一人いるだけでこんなに違うとは思わなかった。私も父もほっとしていた。
そして今日は、あるお客さんが来ることになっている。お客さんというよりは、可愛らしい一時の同業者、とでも言うべきだろうか。それは――
カランコロン。
いつものドアの音が店内に響く。
「いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」
入ってきた男性と女性……いや、男子と女子と言った方がいいだろうか、二人はちょっと緊張した面持ちで私を見た。
「お、おはようございます、よろしくお願いします!」
「…………」
「ほら、あんたも挨拶する!」
「……よ、よろしくお願いします」
女の子がバシッと男の子を叩いていた。
制服を着たこの二人は、この近くの中学校に通う生徒だ。今日は職業体験の授業ということで、うちに来ることになっていたのだ。このお話自体は二か月ほど前に学校の先生が来て、「ぜひ職業体験をさせていただけないでしょうか」と言われていた。私と父は「はい、大丈夫ですよ」とお返事をしていたのだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。二人は二年生だよね?」
「は、はい! 私、
「美潮ちゃんか、可愛い名前ね」
「…………」
「ほら、あんたもぼーっとしてないで、自己紹介する!」
「……あ、た、
「翔平くんか、あら、メジャーリーグの選手と同じ名前だね」
「……あ、よ、よく言われます」
「すみません、こいつ、人見知りなもので。しっかりしなさいって言っているのですが……」
「いえいえ、私は月村光といいます。よろしくね。じゃあさっそくだけど、まずはカフェのお掃除からやってもらおうかな」
美潮ちゃんにテーブル拭きを、翔平くんにモップで床拭きをやってもらうことにした。はきはきとしゃべって活発な美潮ちゃんと、ちょっと人見知りする翔平くんか、可愛いなと思う大人の私だった。
「……この子たちか、職業体験というのは」
そのとき、奥のアトリエから父が顔を出した。
「あ、うん、今掃除してもらってるとこ」
「あ、おはようございます! 今日はよろしくお願いします」
「……お、おはようございます」
「おはよう。二人は中学生だったな。光が中学生だったときを思い出すよ」
父は顔をぽりぽりとかきながら笑顔を見せた。私の中学時代か……懐かしいなと思った私だった。
「こちらはここのオーナーで、私の父の月村響です」
「そうなんですね! お父さんと一緒にお仕事されているのですね!」
「まぁそうだね、二人のお父さんも元気に働いてるかな?」
「はい! よく飲み会? とかに行っているみたいですが」
「……う、うちもそんな感じで」
「あはは、お父さんもお付き合いとか、いろいろあるんだよ。あ、掃除が終わったら開店しようか」
私は二人を連れて、店の入口に行く。美潮ちゃんがプレートを『OPEN』にしてくれた。
「お客さんが来たら、『いらっしゃいませ』と言って、お席にご案内してね。奥から案内してもらっていいけど、人が少ないときは席をとばしてご案内するとか、そこは自由にしてもらっていいから。分からなかったら訊いてね」
私がそう言うと、美潮ちゃんは「はい!」と元気な声を出して、翔平くんはコクリとうなずいた。
「素敵な絵がたくさんありますね。これは誰が描かれたものですか?」
美潮ちゃんが父の絵を見ながら言った。
「ああ、それは父が描いた絵だよ。あそこでいつも描いているよ」
私は奥のアトリエを指さした。今日も父が何か考え事をしながら絵を描いているみたいだ。
「へぇー、すごいですね! 光さんも絵を描かれるのですか?」
「あ、うん、私も描いてるよ。あそこにある犬と猫の絵は、私が描いたの」
「すごーい! 二人とも絵を描かれるなんて、すごいです!」
「あはは、ありがとう。二人は美術の授業、好きかな?」
「うーん、授業は好きなんですけど、そんなに上手じゃないですね……」
「そっか、いいんだよ。授業も楽しまないとね。やらされている感覚だと面白くないと思うので」
二人が私の言葉を聞いて、コクコクとうなずいた。
「そうですよね、勉強も楽しまないと……って、あんたさっきから黙ってるけど、光さんが綺麗だから見とれてるんでしょ?」
「……なっ!? ち、ちが……!」
「まったく、これだから男の子は……すみません、ドジったらバシッと叱ってもらって大丈夫なんで」
「あはは、美潮ちゃんはほんとしっかりしてるね。あ、車が入ってきたみたい。たぶんお客さんだろうね」
お店の前に一台の車が停まった。二人がちょっと緊張したような顔になったのを、私は見逃さなかった。
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