第10話「バイトのことを考えて」
「なるほど、バイトか……」
山倉さんが来た日の閉店後、私と父は、カフェのテーブルでうんうんと考え込んでいた。
内容はもちろん、山倉さんをバイトとして雇うかどうかということだ。
たしかに、今日のように忙しい日は、誰かもう一人いてくれると心強い。私と父だけではけっこう大変だし、接客でも食器洗いでも、何か一つでもやってくれる人がいるというのは大きいだろう。
ただ、私はバイトとして出すお給料のことが気になっていた。それなりに売上もあるとはいえ、人にお給料をあげることができるのか。おそらく父もそこが引っ掛かっているのではないかと感じた。
「うん、山倉さんは本気の目をしていたけど、どうなのかなと思って……」
「うーん、たしかに今日のようにかなり忙しい日に、誰かもう一人いてくれるとありがたいのだが……」
「そうだよね、私もそう思う。だけど、お給料をちゃんと渡せるかなって……」
「そうだなぁ、あ、ちょっと待て……このあたりではバイトの時給はこのくらいらしい」
父がスマホで求人情報サイトを見せてくれた。
「なるほど……ちょっと計算してみる。この時給で一日四時間くらいとして、あとは週の半分に入ってもらったとすると……このくらいになるね」
「……そうか。まぁきっちりこうなるとは限らないが、このくらいなら出せないこともないか。でも、山倉さんがどう思うか……だな」
「そうだね、お給料がたくさんほしいわけじゃないとは言っていたんだけど、やっぱり働くからにはお給料がないとね……」
またうーんと考え込む私と父だったが、
「……まぁ、俺は入ってもらってもいいと思う。あとは光の気持ちと、山倉さんが納得するかどうかだな」
と、父がぽつりと言った。
「……そうだね、分かった。とりあえずこんな感じということを山倉さんに伝えてみるよ」
そこまで話して、その日のバイトの話は終了となった。
大型連休が始まったばかりの、暖かい日。私は山倉さんに電話をするためスマホを手に取った。
* * *
「……こんな感じになるんですけど、どうでしょうか?」
次の日、山倉さんは閉店後にお店に来てくれた。あれから私が労働時間やお給料、業務内容などのことをパソコンでまとめて、一枚の資料として作った。それを山倉さんに見せているところだ。
山倉さんはどんな反応をするかなとドキドキしていたら、
「……ありがとうございます。はい、この条件で大丈夫です」
と、あっさりと受け入れてくれた。
「え、あ、そうですか、すみません、何か言われるかと思っていたので、びっくりしてしまって」
「い、いえ、急なお願いだったのに、こんなに早く考えてくださって、感謝しています。それと、昨日も言ったように、お給料をたくさんくれとかではなくて、ここの雰囲気がよくて、働きたいと思ったので……」
山倉さんはちょっともじもじしながら答えてくれた。
「ありがとうございます。やっぱり雰囲気がいいと言われると嬉しくなりますね」
「よ、よかったです。それと、僕自身が成長したいと思って……僕、今までバイトもしたことなくて、何事もど素人なのと、ちょっと人見知りみたいなところがあるので、そういう自分も変えたくて……」
山倉さんが自信がなさそうに言った。
なるほど、自分を変えたい……か。大学二年生と言っていたから、まだ二十歳そこそこ。大人になったばかりで、分からないことも多いだろう。それでも、自分を変えたいと思っていることは、とても大事だなと思った。
「そうなんですね、山倉さんも自分で自分のことを考えていて、偉いですね」
「い、いえ、そんなことはないです……でも、ここならお客さんとお話されているのを聞いても、月村さんもお客さんもあたたかい人だというのが分かるので……」
「まぁ、ありがとうございます。そう言われると照れてしまいますね。あ、『月村』じゃなくて、『光』って呼んでいいですよ。みなさん下の名前で呼んでいますので」
「え、あ、そ、そうですか……じゃ、じゃあ、光さん……と」
「はい、そっちの方が嬉しいです」
山倉さんはちょっと顔を赤くして、恥ずかしそうだった。可愛いなと思ってしまった私はちょっと大人げないだろうか。
「連休に入って、お客さんも多いみたいなので、山倉さんがいてくれると心強いです」
「そ、そうですか、あの、本当にありがとうございます。これからよろしくお願いします」
山倉さんがぺこぺこと何度もお辞儀をしていたので、私は「こちらこそ、よろしくお願いします」と言った。
「そうだ、コーヒーを一杯飲んでいきませんか? サービスしますので」
「……え!? い、いや、もう閉店しているのに……」
「いいんですよ、うちに来てくれた記念として、飲んでいってください」
私はそう言って山倉さんのためにコーヒーを淹れる。
コーヒーの香りが店内を包む。私はいいことがあったような気持ちになって、嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます