第9話「大型連休の初日に」
世間はゴールデンウィークの大型連休に入ったようだ。
今年は四月二十七日から五月六日まで、間を休めば十連休という、長い休みを得ている人もいるらしい。
アトリエ月光は、そんなに長い休みをとるわけでもなく、定休日以外はいつも通り営業するつもりだ。
しかし今日は連休初日の影響があるのか、お客さんがいつもより多かった。開店からどんどん人が来て、席が埋まっていく。父もカフェの方に来て手伝ってくれている。私は注文を間違えないように必死だった。
「……今日はお客さんが多いな」
注文を聞いてカウンターの奥に行くと、父がぼそっとつぶやいた。
「……そうだね、みんなお休みだからかな、いいことと思わないとね」
私もつい小さな声になる。
午後になり、少し落ち着いてきたかなという頃、カランコロンとドアが開く音がした。
どなたかが来たのかなと思ったら、前に私の犬の絵がほしいと言っていた大学生の男性だった。
「いらっしゃいませ、カウンターでもよろしいですか?」
「あ、は、はい……」
今日は私の目を見て答えてくれた男性だった。男性をカウンターに案内する。
「じ、実は、午前中に来ようかと思ったのですが、お忙しそうだったのでやめておきました……」
「まぁ、そうだったのですね、すみません気づかなくて」
「い、いえ、いっぱいだったし、僕は今日は時間があるから大丈夫です」
男性はそう言って、メニューを見た。うーんと考えるような仕草を見せた後、
「あ、あの、アイスコーヒーと、チーズケーキを、お願いします」
と、言った。
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいね」
私は男性のアイスコーヒーとチーズケーキを用意する。そういえばこの前来てくださったときもチーズケーキを注文していた。気に入ったのかなと思っていた私だった。
ここのところ暖かくなってきたため、アイスコーヒーも注文するお客さんが多くなってきた。カラコロと音を立てて冷たい氷がグラスに入る。そこに私が作ったコーヒーを注ぐ。自分で言うのもなんだが、さっぱりしていて飲みやすいと思う。
「お待たせしました、アイスコーヒーとチーズケーキになります。ミルクはお好みでお入れください」
私は男性にアイスコーヒーとチーズケーキを差し出した。ミルク用の小さなカップも添えて。男性はミルクを少し入れたみたいだ。ストローでかきまぜると、またカラコロと氷の音がする。
「……アイスコーヒーも、美味しいです」
男性が一口飲んだ後、そう言った。
「ありがとうございます。今日は大学はお休みですか?」
「あ、は、はい、しばらくゴールデンウィークということで、休講になってて……」
「まぁ、そうだったのですね、お休みはどこかに行かれるのですか?」
「あ、いや、あまり出かける予定はなくて……あの、きょ、今日は、実はお願いがあってここに来たというか……」
男性が少しもじもじしながら言った。お願い? なんのことだろうか?
「お願い……ですか?」
「は、はい……厚かましいのは分かっているのですが、その……僕がここでバイトとして働かせていただくことはできないでしょうか……?」
男性は私の目を見て、自信がなさそうに言った。働かせて……って、ここで従業員として雇ってくれないかということだろうか。
「え、あ、な、なるほど、そういうことでしたか……」
「は、はい、午前中お二人とも大変そうだったから、一人でもいると違うのではないかと……あ、すみません、まだ自己紹介もしていないのにこんな話をして。僕、
男性……山倉さんは、じっと私の目を見ている。これは冗談ではないということはその目からも分かった。
「あ、すみません、私も自己紹介が遅れましたね、私は月村光といいます。働きたいと言われた件、私一人では決められないので、オーナーである私の父に確認してからでもいいですか?」
「は、はい、お返事を急ぐとか、たくさん給料をくれとか、そういうことではないので……ただ、このお店の雰囲気がよくて、ここで働いてみたいなと思ったので……すみません、急にこんなこと」
「いえいえ、お店の雰囲気がいいと感じてくださったのは嬉しいです。あ、そうだ、よかったら連絡先をここに書いておいてもらえますか? 決まったらご連絡しますので」
私はメモ帳とペンを山倉さんに渡した。山倉さんは名前と住所と携帯の番号を書いてくれた。
「ありがとうございます。ちょっとだけお時間くださいね」
「は、はい、こちらこそありがとうございます。よろしくお願いします」
山倉さんがぺこりとお辞儀をしたので、私もお辞儀をする。
カラコロという氷の音が、少し響いて聞こえたような気がした。
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