第15話「雨の日に訪れるのは」
雨の日が多くなってきた。
今年は梅雨入りが早かった。梅雨の時期はみんななんだか憂鬱になるというか、雲の表情と同じようにどんよりとした空気になる気がする。
ただ、雨の日だからこそ、雨音や独特のにおいなど、楽しめることもあると私は思っている。面倒なことは増えて憂鬱になるときもあるが、雨の日もそんなに嫌いではなかった。
カフェから外を見ると、今日もしっかりと降っているようだ。今の時間お客さんはいない。ちょっとお客の入りが悪くなるのは雨の日の欠点だろう。しかしそれも仕方のないことだった。
「……今日はお客さん、あまり来ないみたいだな」
アトリエの方からカフェに出てきた父が言った。
「うん、まぁこんな日もあるよ。雨だしみんな出かけるのが嫌なんじゃないかな」
外を眺めながら、テーブルを拭く。そのとき、道の向こうから人が走ってくるのが見えた。あれ? あの人傘をさしていないような気がするが……と思ったら、どんどんこちらに近づいてくる。
カランコロン。
いつものドアの音が店内に響いた。私は慌ててお客さんをご案内するために入り口の方へ行く。
「いらっしゃいま――」
私はそこで固まってしまった。先ほど雨の中を走っていた方だ。背が高い男性のようだ。しかし雨に濡れて髪も服もしっとりとしている。いやずぶ濡れと言った方がいいだろうか。
「すみません、ちょっと雨宿りさせてもらってもよろしいですか?」
男性はそう言った。私は「あ、はい、大丈夫ですよ、こちらにどうぞ」と言うのと同時に、店の奥に行ってタオルを手に取った。男性が濡れているのにそのままにはしておけないと思ったからだ。
「これ、使ってください。濡れたままだと風邪をひいてしまいます」
「あ、ああ、すみません」
男性は私からタオルを受け取って、頭や服を拭いていた。
「すみません、ありがとうございます。こんな雨の日に傘を忘れて出かけるなんて、私は馬鹿ですね」
「いえいえ、今日も急に降ってきましたし。あ、何か飲んでいかれませんか? まだ雨も降りそうですので」
「ああ、そうですね、では……ブレンドコーヒーと、抹茶のケーキをいただけますか?」
「はい、少々お待ちくださいね。あ、タオル足りなかったらまた持ってきますので、言ってください」
「ありがとうございます、大丈夫です」
私はコーヒーとケーキを準備するためにカウンターの奥へ行く。抹茶のケーキも私の手作りだ。すでに出来上がっているケーキを切って、お皿にのせる。抹茶はもちろん、中にホワイトチョコレートも混ざった甘さも含んだ一品。コーヒーもいつも通り淹れて、私は男性の席へ持っていく。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーと抹茶のケーキです」
そっとテーブルに置くと、男性が「ありがとうございます」と私の目を見て言った。歳は私と同じくらいだろうか。髪が少し長めで、どこか落ち着いた感じの爽やかな方と言う印象だった。
「……美味しいですね。コーヒーも深みがあって、ケーキも甘すぎずちょうどいい」
男性が私を見てそう言ったので、私は嬉しくなった。
「ありがとうございます。ケーキは私の手作りで、ちょっと自信があるんです」
「そうでしたか、それによく見るとここは素敵な絵がたくさん飾られていますね。どなたかが描いたものでしょうか?」
「ああ、私の父が描いた絵です。あちらで描いているんです。ここはカフェとアトリエが併設された、ちょっとめずらしい場所でして」
私がアトリエの方を指さして言うと、男性は「おお」と言って父の姿を見ていた。父は今日も大きめの絵を描いているみたいだ。
「すごいですね、ああやって絵が描かれるのか……いや、私は絵心があまりなくて、美術はいつも評価が低かったもので」
「そうなんですね……というのは失礼ですね、すみません」
「いえ、笑ってやってください。なるほど、カフェとアトリエが……いい絵を見ながらコーヒーが飲めるなんて、落ち着く空間ですね」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
私は自然と笑顔になる。『落ち着く空間』と言ってもらえるのがやはり嬉しいものだ。
「以前からここにお店があるのは知っていたのですが、まさかこんな形で訪れることになるとは思いませんでした。また来させていただいてもよろしいですか?」
「はい、いつでもお待ちしております。雨は……小降りになったけどまだ降っているみたいですね、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて……コーヒーとケーキを楽しんでいきます」
男性はコーヒーを飲みながら父の絵を眺めていた。
雨の日もこうして訪れてくれる人がいる。これも新しい出会いの一つで、私は嬉しい気持ちになった。
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