第16話「梅雨の晴れ間に」

 次の日は梅雨の合間の晴れの日だった。

 久しぶりに太陽が顔をのぞかせたので、私は嬉しくなった。五月晴れとはこのことかと思っていた。


 昨日よりもお客さんも来てくれる。ある人は友達同士で談笑していたり、ある人はテーブルの上に置かれたパソコンを眺めては考え事をしていたり、それぞれここアトリエ月光で時間を過ごしている。


 この時期は祝日がない。それもまた寂しい気持ちになるが、仕方がないことと言い聞かせて、私は今日もコーヒーを淹れている。いい香りが店内を包む。


 カランコロン。


 そのとき、お店のドアが開く音がした。誰か来られたのかと思って私は入り口の方へと行く。


「――こんにちは、今日も来てしまいました」


 そう言って入ってきたのは、昨日雨の中来てくれた男性だった。男性はニコッと笑顔を見せた。


「まあ、いらっしゃいませ、今日もありがとうございます」

「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方です。昨日はお世話になりました」

「いえいえ、雨の中大変でしたね。風邪とかひかれていませんか?」

「はい、帰ってすぐにお風呂に入って、昨日は早めに就寝しました。おかげですっきりしています」

「そうでしたか、よかったです。あ、こちらにどうぞ」


 男性をカウンターの席に案内した。


「ここはあなたがコーヒーを淹れるところが見れるので、いいですね。あ、申し遅れました。私は中嶋なかじまと申します。この近くに住んでおりまして」

「ああ、こちらこそ、私は月村光といいます。今日も向こうで絵を描いているのが、父の月村響です」

「昨日も思いましたが、親子で経営されているのですね。素晴らしいですね」

「いえいえ、大したことはありません。あ、何にしましょうか?」

「あ、そうですね……アメリカンコーヒーと、抹茶のケーキをいただけますか? ケーキが気に入りまして」

「かしこまりました、少々お待ちくださいね」


 私は中嶋さんのコーヒーを淹れる。中嶋さんは興味深そうにこちらを見ていた。カウンターの席からはこうして見えるので、コーヒーを淹れているところを見るお客さんも多い。ちょっと恥ずかしい気持ちになるが、これもお仕事なので仕方ないのだ。

 抹茶のケーキを取り出し、切り分けてお皿にのせる。コーヒーと一緒に中嶋さんに出した。


「お待たせしました、アメリカンコーヒーと、抹茶のケーキになります」

「ありがとうございます。いただきます」


 中嶋さんはそう言った後、コーヒーを一口。その後に抹茶のケーキを口にした。


「……美味しいです。こちらも深い味が口の中に広がって、いいものですね」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」

「抹茶のケーキも甘すぎずに美味しい。あ、昨日ちょっと気になったのですが、ここに置かれてある絵は飾ってあるだけでしょうか? それとも売り物なのでしょうか?」


 中嶋さんが店内の絵を見ながら言った。


「ああ、ここにある絵は、全て売り物になっています。ご希望があればお譲りすることもしています」

「なるほど、素敵な絵がたくさんあるので、いいなぁと思いまして。光さん……でしたね、あなたも絵を描かれるのですか?」

「はい、私が描いた絵も少しあります。入り口にある犬と猫の絵がそうですね」

「そうでしたか、すごいですね。昨日も話した通り、私は絵心がなくて、尊敬してしまいます」

「いえいえ、まだまだ勉強しないといけないことは多いのですが」


 中嶋さんがまたニコッと笑顔を見せた。爽やかな雰囲気で、女性にモテそうだなと心の中で思っていた。


「失礼ですが、中嶋さんは普段は何をされているのでしょうか?」

「ああ、私はプログラマーです。ゲームを作ったりしているのですよ」

「まあ、それはすごいですね。私にはできないことで、尊敬します」

「あはは、そんなにすごくはないですけどね。昨日はちょっと会社に行っていたのですが、うっかり傘を忘れてしまいまして。パソコンを持ち歩いてなくてよかったと思いましたよ」


 中嶋さんが恥ずかしそうに顔をかいた。


「……うん、やっぱりコーヒーもケーキも美味しい。いいお店を見つけて、嬉しくなりました。そのうち絵を購入することができたらいいなと思っています」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」


 中嶋さんが美味しそうにコーヒーを飲む姿を見て、私は嬉しくなった。

 梅雨の晴れ間。ちょっと蒸し暑くなってきたが、穏やかな時間がここでは流れていた。

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