第7話「老夫婦の奥様は」
カランコロン。
私が心愛ちゃんに癒されていると、お店のドアが開く音がした。どなただろうと思ったら、この間来てくれた老夫婦の奥様だ。今日は旦那様の姿は見えない。
「いらっしゃいませ、今日はお一人ですか?」
「ええ、主人はちょっと用事で出かけてしまってね、私だけで来てみたわ」
「そうでしたか、お席こちらにどうぞ」
奥様を宮脇さん家族の席から一つ飛ばした席に案内する。
「今日は可愛らしいお客さんがいるのね」
奥様がふふふと笑いながら心愛ちゃんを見ている。その心愛ちゃんはまた犬と猫の絵をじーっと見ていた。
「そうなんです、私も子どもっていいなぁと思っていたところで」
「本当ね、子どもは宝物だわ。大事にしないといけないのよ。あ、今日はアメリカンコーヒーをいただけるかしら」
「はい、少々お待ちくださいね」
私はコーヒーを淹れるためにカウンターの奥に行く。心愛ちゃんはじーっと他の絵も見ていた……と思ったら、トコトコと奥様の元へ歩いて行って、
「こんにちは!」
と、元気よく挨拶をしていた。
「こ、心愛……! す、すみません騒がしくて」
お父さんが飛んで行って奥様に謝っていた。
「いえいえ、いいのよ。こんにちは、しっかり挨拶ができて偉いわね。お嬢さん、お名前はなんていうの?」
「あ、なまえ? 心愛!」
「あらまぁ、心愛ちゃんか、素敵な名前ね。おいくつかしら?」
「おいくつ……?」
「あ、こ、心愛は今度五歳になります」
「そうなのね、幼稚園か保育園に通っているのかしら、元気があっていいわね。おばあちゃんにもその元気、分けてほしいわ」
「おばあちゃん、げんきないの?」
「そうねぇ、少しはあるんだけど、心愛ちゃんには負けるかしらね」
奥様と心愛ちゃんが楽しそうに会話をしている。私はちょっとほっとしていた。あ、お父さんが心愛ちゃんを連れて席に戻っているな。私はコーヒーを淹れて、奥様に出す。
「お待たせしました。アメリカンコーヒーになります」
「ありがとう。そういえばあなたのお名前を聞いていなかったわね。私は
奥様……渡具知さんが漢字の説明をしてくれた。
「ああ、すみません、私は月村光といいます。渡具知さん……たしかにめずらしいかもしれませんね」
「そうよね、主人が沖縄出身でね。こっちに来てから知り合ったんだけど、最初は私もめずらしいなと思ったわ」
渡具知さんがふふふと笑った。
「渡具知さんは、この近くにお住まいですか?」
「ええ、ちょっと歩いたところに住んでいるわ。散歩していたらこのお店を見つけてね、主人と一緒に入ってみたのよ。そしたら素敵な絵が飾ってあるじゃない。なんだかワクワクしたわ」
「ありがとうございます。ご夫婦でお散歩っていいですね」
「ふふふ、足腰は動かしておかないといけないわ。光さん……でしたわね、素敵なお名前ね。あちらにいらっしゃるのは?」
「ああ、すみません、ここのオーナーで父の月村響といいます」
「あらまぁ、お父様と一緒にお店をされているのね、素晴らしいわ」
渡具知さんが父の方を見て言った。
「いえいえ、私も父もまだまだ色々勉強中ですので。ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとう。ちょっと絵を見させてもらってもいいかしら?」
「はい、絵もゆっくりご覧になっていただけると嬉しいです」
渡具知さんがゆっくりと立ち上がり、絵の方へ行ってじっと眺めていた。優しそうで上品そうな最初のイメージは間違いなかった。私はあたたかい気持ちになった。
「す、すみません、心愛がご迷惑をおかけしてしまって……」
そのとき、宮脇さんのお父さんが私に話しかけてきた。
「いえいえ、渡具知さん……あの奥様も気にしていませんし、あまり気にしないでくださいね。心愛ちゃんが可愛くて癒されています」
「あ、ありがとうございます……心愛、よかったな」
「うん! おねえちゃん、あのちいさいえはおねえちゃんがかいたの?」
心愛ちゃんがレジ横にあったポストカードを指さして言った。
「ああ、あれはお姉さんのお父さんが描いた絵を、印刷したんだよ。あ、お姉さんの絵もあるよ」
「えー! おねえちゃんのパパも、えがかけるの!? すごい!」
「あはは、ありがとう。あ、心愛ちゃん、一枚もらっていく?」
「うん! ほしい!」
「こ、心愛、すみません……ポストカードがあるんですね」
「はい、最近作ったのですが、あれだったら小さいしどこにでも飾れるのではないかと思いまして」
「そうですね……私たちも見させてもらっていいですか?」
「はい、ゆっくりご覧になってください」
宮脇さん家族が、ポストカードを眺めていた。心愛ちゃんが「これほしい!」と言って手に取ったポストカードは、父の絵……ではなく、私が描いた猫の絵だった。やはり小さい子にはあのような動物などが描かれた絵がいいのかもしれないな。
忙しくない日の午後は、ゆっくりと、ゆっくりと過ぎていく。
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