第6話「忙しくない日に」

 カフェも、忙しい日とそうでもない日がある。


 今日はそうでもない日のようだ。ぽつぽつとお客さんは来てくれるものの、かぶることが少なかった。まぁそんな日もあるよなと、窓から外を眺めながら思っていた。


「……今日は、わりと暇なようだな」


 父がアトリエの方から来てぽつりと言った。


「うん、まぁ毎日忙しいっていうのも大変だからね、たまにはこんな日もあると思っておいた方がいいかもね」


 カウンター奥の床が少し汚れていたので、私はモップを持ってきて掃除をする。父はアトリエの方に戻って何やら考え事をしているみたいだ。次に描く絵の構想だろうか。


 そんなとき、一台の車がお店の前に停まったのが見えた。お店の前に二台と、お店の横に四台、駐車スペースはある。お客さんかなと思い、私は慌ててモップを片付ける。その後しばらくしてカランコロンとドアが開く音がした。


「いらっしゃいませ、二名様で――」


 私はそこまで言って、ふとお客さんの足元を見た。女性の方の足にしがみつく、小さな子がいたのだ。なるほど、お子さん連れの家族か、それもまためずらしいなと思った。


「あ、すみません、この子も一緒に……」

「ああ、こちらこそすみません、三名様ですね、そちらのお席にどうぞ」


 家族は窓際の席に座った。小さな子は女の子だろうか。両サイドで髪を結んでいて可愛らしい。キョロキョロと辺りを見回している姿に、私は癒された。

 私は家族にお水を出した。


「いらっしゃいませ、メニューはそちらにありますので、ゆっくり見てくださいね」

「あ、ありがとうございます。あの、すみません、子ども連れでカフェに来るなんて、他のお客さんのご迷惑になるかと思ったのですが、この子がどうしても『絵が飾ってあるあのお店に行きたい!』と言うもので……」


 お父さんと思われる男性が申し訳なさそうに言った。なるほど、外に見える絵をお子さんが見たのかもしれないなと思った。


「いえいえ、今はお客さんがいませんし、うちはお子様連れでもいつでも歓迎ですよ」

「あ、ありがとうございます。心愛ここあ、よかったね」

「うん! おねえちゃんありがとう!」


 心愛と呼ばれた女の子がニコッと笑顔を見せた。私は心愛ちゃんに目線を合わせるためにしゃがんだ。


「どういたしまして。心愛ちゃんは何が好きかな?」

「うーん、オレンジジュース!」

「こ、心愛、すみません……オレンジジュースって置いてありますか?」

「ああ、はい、ありますよ。じゃあ心愛ちゃんはオレンジジュースにする?」

「うん!」

「分かった、お姉さん準備するね。お二人はどうしましょうか? あ、心愛ちゃんのためにも何か食べていかれますか?」

「そうですね……私たちはブレンドコーヒーをお願いします。この子が食べられそうなものはありますか……?」


 お母さんと思われる女性が訊いてきた。私は考えた後、


「それではサンドイッチなんていかがでしょうか。一つ一つが小さめのサイズなので、心愛ちゃんも食べやすいと思いますよ」


 と、言った。


「あ、なるほど……ではそれを二つお願いします」

「はい、少々お待ちくださいね」

「おねえちゃん、あそこにあるおいぬさんと、ねこちゃんのえ、おねえちゃんがかいたの?」


 心愛ちゃんが指さして言った。この間男性がほしいと言っていた犬の絵と、隣には猫の絵がある。それはどちらも私が描いたものだ。


「うん、お姉さんが描いたものだよ」

「えー、すごい! おねえちゃん、えがじょうず!」

「あはは、ありがとう。近くに行って見てもいいよ」

「うん!」


 心愛ちゃんは嬉しそうに絵の方に走って行って、じっと絵を眺めている。その間に私はオレンジジュースとコーヒーとサンドイッチの準備をする。サンドイッチは卵やハム、レタスなどが挟まったシンプルなものだが、四つに切ってあるので、きっと心愛ちゃんも食べやすいだろう。


「お待たせしました。オレンジジュースとブレンドコーヒーとサンドイッチになります」


 私がテーブルに並べていると、心愛ちゃんが戻って来て、「わぁ! おいしそう!」と目を輝かせていた。可愛くて癒される。


「すみません、ありがとうございます。あ、私たち宮脇みやわきといいまして、実は最近ここのちょっと先に引っ越してきた者で……」


 お父さんがお辞儀をしながらそう言った。


「まあ、そうだったのですね、私は月村光といいます。あちらで絵を描いているのが、ここのオーナーで父の月村響です」

「そうなんですね、親子でお店をされているのですね、なんだか素敵です」


 お母さんが笑顔で父を見ていた。


「ありがとうございます。よろしければいつでも来てくださいね」

「おねえちゃん、オレンジジュース、おいしい!」

「あはは、ありがとう。心愛ちゃん、サンドイッチも食べてね」

「うん!」


 嬉しそうにサンドイッチを頬張る心愛ちゃんを見て、私は子どもっていいなと思っていたのだった。

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