第5話「絵の金額と心の葛藤」

「お父さん! あの方がお父さんの絵を譲ってほしいって!」


 私はつい興奮気味に、アトリエにいた父に話しかけてしまった。父は「そうか」といたって冷静で、カフェの方へと行った。男性と握手して、何やら話しているみたいだ。

 やはり父の絵を譲ってほしいという申し出は嬉しいものだ。私は二人の様子を見ながらカップを拭いていた。


「……光さ~ん」


 その時、坂元さんに呼ばれた。私は「あ、はーい」と言って坂元さんの元へ行く。


「……あの方、お父さんの絵をほしいって言っているんですか?」


 坂元さんが小さな声で私に話しかけてきた。


「……そうなんです、あの田園風景の絵がいいって言ってくださって」


 私もつい小さな声になる。


「そうですかー、それは嬉しいことですね~、あ、私もお父さんの絵、ほしいんだよなぁ。この仕事終わったら、自分へのご褒美に買っちゃおうかなぁ」

「あはは、そうなんですね、いつでもお待ちしておりますので」

「ありがとうございます~、あ、ブレンドコーヒー、もう一杯もらってもいいですか?」

「はい、少々お待ちくださいね」


 私は坂元さんのコーヒーを淹れるためにカウンターの奥へ行く。ちらっと見ると父と男性は絵を見てまだ話し込んでいるみたいだ。無事にあの方の元へと父の絵が渡るといいなと思っていた。



 * * *



「……こんなにいただいてしまった……」


 その日の閉店後、私と父は、カフェのテーブルで、うーんとうなっていた。

 結局あの男性は絵を二つ購入してくれたのだが、渡してきたお金が絵の金額を超えるもので、これでいいのかという気持ちになっていたのだ。


「うーん、さすがにもらいすぎだよね……断れなかった?」

「ああ、今手持ちがあるから、このお金でぜひ譲ってほしいと、きかなかったんだ。俺はそんなにいただけないと言ったんだがな……」


 父がぽりぽりと頭をかいた。男性は田園風景の絵と、一本の緑豊かな木の絵を購入してくれたそうだ。緑色が好きなのかな、そんなことを思う私だった。


「名刺ももらった。石丸いしまるさんという方らしい。建設会社の社長をしていると。絵画鑑賞が趣味とか言っていたかな」

「そっか、絵が好きな人なんだね。でも、たしかにもらった金額は多すぎたかもしれないけどさ、私はお父さんの絵が評価されて、絵が好きな人の元に渡ったのが嬉しいよ」


 私の素直な気持ちを父に伝えた。父は困ったように頭をぽりぽりとかいた後、


「……まぁそうだな、いいと思ってくれた人に譲るのが一番いい。これはありがたくいただいておくか。もしかしたら石丸さんはまたうちに来てくれるかもしれん。その時は教えてくれ。またお礼が言いたい」


 と、言って立ち上がった。私も「うん」と言って立ち上がって、お店のテーブルを拭くことにした。


「あ、坂元さんも、もしかしたらお父さんの絵を買うかもしれないって言ってたよ」

「そうか、いつでもいいと伝えておいてくれ」

「うん」


 父はアトリエの方へ行って、片付けをしているみたいだ。私もカフェのテーブルを綺麗に拭く。

 まぁ、想定外のことはあったけど、やはり父の絵が評価されて、人に譲ることができたのは、私としても嬉しい。ここは素直に喜ぶべきだよなとテーブルを拭きながら思っていた。


 私はカフェの片付けを終えて、二階に上がって、夕飯の準備をする。今日はミートソースのパスタにするつもりだ。パスタを茹でて、合いびき肉、たまねぎ、にんじん、にんにく、トマトなどでミートソースを作る。混ぜ合わせていい感じにできたところで、パスタをお皿に盛り付けて、その上からミートソースをかける。うん、美味しそうにできたんじゃないかな。


 残り物のおかずと一緒に、パスタをテーブルに持っていくと、父がビールを二つ持ってきた。今日は私も呑んでもいいかもしれないなと思い、プシュッと缶を開けた。


「じゃあ、無事に絵が売れたということで、乾杯!」


 私がそう言って、ビールの缶をこつんと当てた。お祝いのような感じになって、私は嬉しかった。


「……やっぱり、ここに来てよかったね」


 私はふとそんなことを口にした。街の雰囲気、人々のあたたかさ、都会にいた頃は味わえなかった、居心地の良さがここにはあった。


「……ああ、悪くないもんだな」


 父がビールをくいっと呑んで、ぽつりとつぶやいた。

 これから先も色々なことがあるだろう。父の絵も売れるかもしれないし、売れないかもしれない。それでも、自分たちを信じて、明るく楽しく創作活動をしていけば、今日のようにいいことはあると、心の中で思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る