第4話「開店前に来る男性」

 朝はのんびりと開店準備をしている私と父。

 まぁ、朝の開店時間前に並んでまでうちに来る常連さんはいないため、多少前後しても問題ないのだ。その後ぽつぽつとお客さんがやって来る。


 しかし、今日はのんびりとしているわけにもいかなかった。なんと十時前に店先にたたずむ一人の男性がいたからだ。初めて来られるお客さんだろうか。時間を勘違いして来られたのかな……?


「……あの方は、初めて来られるのかな?」


 父も同じことを思っていたらしい。


「うーん、たぶん……ここからだと後ろ姿だけど、見たことがないような……」


 私はいつもの準備をした後、店の入口のプレートを『OPEN』にするために外に出た。その時に男性に話しかけてみることにした。


「おはようございます。もしかしてずっと待たれていましたか……?」

「ああ、申し訳ない。時間を勘違いして来てしまったみたいで。もう開店されるのかな?」

「はい、すみませんお待たせしました、どうぞ入ってください」


 カランコロンという音とともに、私と男性はお店の中に入る。男性は席に座る前に、父の絵をじっと見ていた。いくつか飾ってある絵をじっと食い入るように。まぁ絵をじっくりと見たいという人もいるため、あまり気にならなかった。


 男性は白髪まじりの髪に、あごのところに少しひげをたくわえていた。見た感じ五十代くらいだろうか。私が「こちらにお席用意しておきますね」と言うと、「ああ、ありがとう」と言って座った。


「ご注文がお決まりになりましたら、お声がけくださ――」

「ああ、もう決まっているんだ。こちらのアメリカンコーヒーをいただけるかな」

「あ、はい、かしこまりました、少々お待ちください」

「ありがとう。あ、もう少し絵を見させてもらってもよろしいかな?」

「はい、ご自由にじっくりと見ていただいて大丈夫ですよ」


 男性は立ち上がり、また父の絵をじっくりと見ていた。絵画が好きな人なのかな、それにしても本当に食い入るように見てくれているなと思っていた私だった。


 カランコロンと、ドアの音がしたのはその時だった。


「ふーっ、光さん、おはようございます~」


 そう言って入って来たのは、ご近所に住む坂元さかもとさんだった。坂元さんはWebデザイナーのお仕事をしていると聞いた。家でお仕事することも多いため、たまにここに来てのんびりしてくれる。


「おはようございます。パソコン持ってるってことは、今日もお仕事ですか?」

「そうなんですよ~、ちょっと煮詰まっちゃって。少しの間ここにいてもいいですか?」

「ええ、もちろん。そちらの席にどうぞ」

「ありがとうございます~、あ、ブレンドコーヒーお願いします」


 坂元さんは私より五歳ほど年上だが、こうして敬語で話しかけてくれる。丁寧な女性という感じだ。きっと仕事もできるんだろうなと思っていた。


 私は二人のコーヒーを淹れる。コーヒーのいい香りが店内を包む。

 奥のアトリエでは父が絵を描いている。その様子もじっと見る男性だった。やはり絵に詳しいか、興味がある人なのだろうか。


「お待たせいたしました、アメリカンコーヒーになります」


 私は男性のテーブルにそっとコーヒーを置いた。


「ああ、ありがとう。つい絵に夢中になってしまった。いただこう」


 坂元さんにコーヒーを出すと、「ありがとうございます~」と私を見て言った後、難しい顔をしてパソコンを眺めていた。私が坂元さんにコーヒーを出している間、男性はじっくりと味わうようにコーヒーを飲んでくれていたみたいだ。


「……美味しい。豆の深い味が出ている。いいものだ」


 男性がぽつりとそう言ったので、私は嬉しくなった。


「ありがとうございます。コーヒーにお詳しいのですか?」

「ああ、いや、コーヒーは好きなのだが、趣味レベルのものだよ。あなた方プロには到底かなわない」

「いえいえ、私もまだまだ勉強中ですので」

「ふむ、いいものをいただいたところで……ここにある絵は売り物かね?」


 男性が父の絵を見て言った。


「はい、ほとんどのものは売り物になっています」

「そうかそうか、コーヒーも素晴らしいが、絵も素晴らしい! 特にあの田園風景を描いた絵! 緑が生き生きしていて、見ていて非常に目に優しくあたたかい空気を感じる!」


 男性が少し興奮気味に話す。そうか、父の絵をいいと思ってくれたのか。とてもありがたいなと思った。


「ぜひ、あの絵を私に譲ってほしい。お金はもちろん出す。あの絵はあなたが描かれたものなのかな?」

「あ、いえ、ここのオーナーである私の父が描きました」

「そうか、ぜひオーナーさんともお話したいのだが、大丈夫かな?」

「分かりました、ちょっと呼んできますね」


 私は男性にそう言って、奥のアトリエにいる父を呼びに行った。

 父の絵が誰かの元へいくこと。それはとてもありがたいことで、私としても嬉しいことだった。

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