月の光に魅せられて
りおん
第1話「アトリエ月光」
アトリエとは、画家、美術家、工芸家、建築家などの芸術家が仕事を行うための専用の作業場のことをさす。
ここ、『アトリエ
都会の
父は公務員として働く前は、芸術学校に通っていた『芸術家』だった。油絵や水彩画を専門とする父は、本当は芸術家として働きたかったそうだが、それでは食べていけないと思い、勉強して公務員になったのだという。
そして、定年となり、自由な時間ができた父は、これまでの貯蓄もあることから、地方への移住を決めた。一人娘の私、
というのも、私自身も、芸術学校に通っていた『元』芸術家だからだ。『元』と言ったのは、私も芸術家としての道は諦め、一般企業に就職したからだ。
芸術家としての道が厳しいことも、父がアトリエを構えたいという夢も、私はよく分かる。だからこそ、自由な時間ができた今、父には楽しいことをしてもらいたいという気持ちがあった。
母は十年前、病気を患い亡くなった。父は強い人なので人前では涙を見せなかったが、母の仏壇の前で一人泣いていたことを私は知っている。
母の分も強く生きよう。私は父の後ろ姿を見てそう思った。
「光、本当にいいのか? 会社も辞めてしまうなんて。都会に残ってもいいんだぞ」
父が移住してアトリエを構えると聞いて、私は会社を辞めて、父について行くことにした。父のやりたいことを近くで応援したいし、私も『芸術家』としてもう一度チャレンジしてみたくなったのだ。
「うん、大丈夫。しっかり働いてきてお金もだいぶ貯めてるし、お父さんの夢を応援したくて」
「……そうか、光にも苦労をかけるかもしれんが、すまんな」
「謝らなくていいんだよ。私もお父さんと一緒で、芸術家の血が騒ぐみたい」
私がそう言うと、父は顔をぽりぽりとかきながら困ったように笑っていた。
私も来年で三十歳。三十にして立つ、ではないが、新しいことにチャレンジしてもいい歳ではないかと自分で思う。
移住した先は片田舎、というよりは地方の都市の一つというようなところだった。ただ、中心部からは少し離れているため、のどかな田園風景と街の明かりが共存するような、居心地のいいところだ。私はすぐにこの街が気に入った。
『アトリエ月光』という名前は、父が決めた。私の名前からとっているらしいが、ちょっと恥ずかしい気持ちもあった。
父が趣味で描いてきた絵を飾り、販売もする。それだけでは面白くないと思った私が、軽食も出すようにしようよと提案して、アトリエ兼カフェのような、ちょっと不思議なお店となった。お店の入口に掲げてある三日月形の看板は、私が作った。芸術学校で学んだことが生かされて、私は嬉しかった。
カフェを併設するにあたって、私と父は独学で基本的なことを学んだ。その時間も楽しいもので、私はワクワクとドキドキが入り混じったような、不思議な感覚になっていた。
街にいきなり引っ越してきた移住者が、こんなアトリエ兼カフェを出しても、誰も来てくれないのではないか……と不安だったが、最初は近所の人が来てくれて、それから人づてで広まり、ぽつぽつとお客さんが来てくれるようになった。
「ここに来ると落ち着くわねぇ」
今日も常連となった近所の
「あはは、ありがとうございます。コーヒー飲んでゆっくりしていってくださいね」
「ありがとう。光ちゃんは綺麗ねぇ、私も光ちゃんみたいに若くて、綺麗だったらなぁって思うわ」
「いえいえ、そんなことないですよ」
「またまた謙遜しちゃってぇ。あ、本当はお父さんが描いた絵がほしいんだけど、どれも大きくてうちには飾れそうもないからねぇ」
田所さんが父の絵を見て言った。お店に飾ってある絵はたしかに大きいサイズのものが多かった。
「あ、じゃあ、ちょっと待ってくださいね」
私は店の奥にあるアトリエに行き、いくつかの絵を手に取ってお店に戻った。
「こんな感じで、父の絵をポストカードにしてみたんです。これならちょっとしたところに飾れるかなと思って」
「あらまぁ、すごいわねぇ、これなら飾れそうだわぁ。いくつかいただこうかしら」
「はい、色々ありますので、じっくり見てくださいね」
アナログとデジタルの使い分け。今度は一般企業で働いていた時の知識が役に立つ。何事も無駄ではないのだなと気づいたのは最近だ。
窓から夕陽が差し込んでいた。今日もいい天気だった。
私は夕陽を眺めながら、自分が描く絵のイメージを頭の中で考えていた。
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