第15話 ムキになる二人
今日は彩月とダンジョンで使う物を買い出しに行く。既にリストは用意してある。
土曜日で、竜也は部活に行っている。
「兄さん」
「ん〜?」
「今日時間あるでしょ。そろそろフライパンを買い替えたくて。一緒に買いに行こ」
「えっ」
「ん?」
俺は莉耶の方に向き直り、正座した。
「その⋯⋯既に先約がありまして」
「は?」
冷や汗が止まらない。
普段からこんな誘いは受けないので全くの予想外である。
しかも久しぶりに誘われたかと思えば、彩月との約束日にドンピシャで被るとは。
「いつ決まったの?」
「き、昨日」
「予定が決まったなら早く言って。毎回そう言ってるよね?」
「その通りです」
「まぁ、確かに私もいきなりだったけどさ。だからって⋯⋯」
むくれた顔をする莉耶にかける言葉が見つからず、何も言えなかった。
「それで、その相手って誰なの。兄さんに友人がいるなんて知らないんだけど」
「えっと。今一緒に配信をやっている人なんだけど⋯⋯」
「付いてく」
「⋯⋯へぇ?」
「付いてく。問題ある?」
色々と問題があると思うのだけど、俺の認識は間違っているのだろうか?
普通友人同士の買い物に妹様は同行しないと思うのだが。初対面だぞ気まづいだろ。
「いや、でもそれは⋯⋯」
「私、もう準備終えちゃったんだけど」
確かに、莉耶は綺麗な私服に着替えており髪のセットも終えている。
学校に行く時は凛々しいが、今は年相応の綺麗さと言うか何と言うか、私服だから感じる雰囲気を纏っている。
妹に対してなんて感想を持っているのか、兄として恥ずかしい。
「ま、莉耶ももう高校生だし?」
「私、男達に狙われちゃう程に顔立ちが良いらしいよ」
「誰だよそんな事を君に吹き込んだのは」
「ヒヨ」
「あの子か〜」
頭を抱える。本当にどうしようか。
実際、俺と血が繋がっているのか怪しいレベルに莉耶と竜也は端正な顔立ちをしている。
街中を一人で歩けばナンパされてしまう⋯⋯か?
厄介な男に絡まれた時、莉耶を守ってくれるのが日和さんだ。
しかし、突然の呼び出しは迷惑だろうし⋯⋯。
「あ、明日は?」
「今日新しいフライパンを使って料理したい。昨日よりも美味しいのが作れる自信がある」
ぐぬぬ。
妹の健気な気持ちが眩しく心に突き刺さる。
「ちょっと待ってくれ」
妹のわがままに押される形で彩月に連絡を取る。素早く返って来た内容は『楽しみ〜』だった。
時間は流れて彩月と合流する。
「お! 幸時の妹さんかぁ。初めまして滝川彩月。彩月お姉ちゃんって呼んで!」
「どうも。滝川さん」
「彩月、高校生相手に関わる距離感じゃ無いぞ流石に」
「⋯⋯距離感の詰め方が分からない程に友好関係が狭いモノでしてね!」
まずはフライパンを購入する事に。
移動中に必死に距離を詰めようとする彩月。
現在の並びは俺、莉耶、彩月である。
彩月と莉耶の間には心理的にも物理的にも距離がある。
「えっと⋯⋯私はお兄さんにダンジョンでお世話になってて」
「あそ。お兄さんとか、言わないでくれませんか。兄さんには私と兄ちゃんしかいませんので」
「あ、うん。はい。ごめんなさい」
「莉耶? 少し当たりが強くないか?」
「そんな事無い」
彩月に視線を向けると、悲しげな眼差しを向けられた。
俺にはどうしようもないので、視線を逸らす事にした。
ガーンっと、音が聞こえてきそうな彩月。
「⋯⋯えっと、莉耶ちゃんはどんなフライパンが欲しいのかな?」
「それ、他人に関係あります?」
「たに⋯⋯そ、そうだね」
終始トゲトゲしている莉耶だったが、フライパン選びの時は俺に意見を求めて来たりした。
ただ、良さとか色々と分からないので適当な合図地しか打てなかった。
「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。理解してないだけ」
「そう。なら良いけど」
「良いのかよ」
何が良いのか分からない。
しかし、楽しそうな莉耶の顔を見ると気分は良かった。
空気となっていた彩月に話しかける。
「退屈だろ? ごめんな。それとありがとう。莉耶のわがままを聞いてくれて」
「全然良いよ。それに私も見たかった物あるし⋯⋯それに、幸時の家族と会える機会は少ないだろうしさ」
「そりゃあ、会う必要性は無いからな」
「それはそうだけど⋯⋯そうだけどね」
髪の毛をクルクルと弄りながら、呟く。
「兄さん」
「わっ!」
そんな俺達の間にニュルっと入って来た莉耶。どうやら気に入ったのが見つかったらしい。
フライパンを購入して、ダンジョンに必要なアイテムを買いに向かう。
「藁はダンジョン近くの農場で購入して⋯⋯漂白剤は買って行こうかな」
「兄さん、それ本当に必要な物なの?」
「攻略自体には意味ないよ。最速攻略には必要かな」
「変なの」
欲しい物は買えた。
「せっかくだし、昼も食べに行くか」
「え、滝川さんも一緒に?」
明らかに不満そうな顔を浮かべる。
「べ、別に私は⋯⋯」
「莉耶。予定が決まった時に言わなかったのは悪かったと思うよ。だけど、後から入り込んだのは莉耶なんだ。その表情は失礼だと思うぞ」
「⋯⋯ッ!」
驚愕⋯⋯俺が叱るとは思ってもみなかったのか、本気で驚いている様子だった。
「うん。ごめん」
莉耶は短く、横目で彩月を見てから呟いた。
「今から帰ってご飯の準備も面倒だろ。三人で行こ」
「それじゃあ。お邪魔しようかな」
注文してから待っている間、俺は手洗いへと向かった。
◆◆◆
幸時が居なくなり出会いからギスギスしていた二人だけになった。
周囲の他人から見ても気まづき空気が流れているのが分かる。まるで修羅場だ。
「えっと。莉耶ちゃん」
「そのちゃん付け止めてくれませんか? 寒気がします」
「はい。莉耶さん」
「なんでしょうか」
「その。幸時の事は⋯⋯好きなのかな?」
とにかく何かを話さないといけない、重苦しい空気を破壊するために動いた彩月。
しかし、混濁した思考の中で整理できないまま発言してしまった。
(私、何言ってるんだろ)
「嫌いです」
「へぇ?」
まさかの返答。
照れ隠し、とも考えたが莉耶の顔は真剣そのもの。冗談などでは決して無い。
「自分だけ危険をおかして、辛い思いして、後悔無いとか言っている今の兄さんは嫌いです」
彩月は息を呑んだ。
1番知っている幸時を嫌いと言われたからだ。
「だけど、私達のために頑張ったり、ちょっとした事でもお礼を言ってくれたり、私達を大切にしてくれる兄さんは好き」
「う、うん」
「⋯⋯答えたよ」
「そ、そうだね。うん。私も幸時にはお世話になってるよ。凄く感謝⋯⋯」
強い敵意を向けられ、言葉を詰まらせる。
ずっと不機嫌だった莉耶はさらに不機嫌になった。
「き、幸時はその。凄いよね」
「当たり前です」
(ダメだ機嫌治らない)
彩月は心の中で幸時に早く戻って来て欲しいと叫びつつ、次の話をどうしようかと周りに目を泳がせる。
そこで先程の話を思い出す。
「そう言えば、自分だけ危険な事をしている幸時は嫌いって言ってたけど⋯⋯」
「ええ嫌いです。私は常日頃ダンジョン攻略なんて辞めて他の仕事をすれば良いのに、と思ってます。なので正直に言います。貴女の存在は非常に不愉快です」
「正直に言うね本当。⋯⋯でも、それは莉耶さん達のために⋯⋯」
「そんなのは知っています。ですが、家族に心配させてまでやる必要あるのでしょうか。帰りが遅くなる度に何かあったのではないかと不安になるんですよ」
家族喧嘩をしている彩月には分かりづらい内容。
だけど、今までの幸時を見て分かる事がある。
だからだろう。莉耶に負けて劣らずにムキになる。
「それは違うと思うよ」
「違う?」
「うん。幸時は君達に安心して欲しいからダンジョンに行ってるんだ。それに彼はできる事しかしない。そして確実性を求める⋯⋯危険な事は⋯⋯⋯⋯⋯⋯しない」
長い間はあったが、言い切った。
「安心? ダンジョンに居る時点で命の危険はあります」
「そ、それはそうだよ。⋯⋯でも、でもね。自分の命を投げ出す人じゃないんだよ。それに確信を持てる事しか本当にしないの」
「貴女に兄さんの何が分かるんですか」
「逆に、君はダンジョンでの彼を分かるの? 動画だけじゃ分からない、彼の努力や思い。ダンジョンでの幸時は君よりも私の方が知ってる」
二人してムキになり、睨み合う。
家族として知っている莉耶、攻略者であり配信者として知っている彩月。
「兄さんの仕事については、まだ納得できない事が多いです。でも⋯⋯無理やり辞めさせる権利は私に無い」
「うんうん」
「それはムカつく」
「ごめん。⋯⋯あのね莉耶さん」
「はい?」
「私が幸時を守る。どんな敵でも薙ぎ倒す。だから少しは⋯⋯安心して欲しい」
「信頼の無い相手が傍にいると、余計に不安になるんですよ?」
「えー」
距離が縮まったのか、離れたのか、分からない状態。
そんなタイミングで幸時が帰って来た。
「あれ? 仲良くなった?」
「なったよ」「なってない」
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