第19話 次の標的、不穏な風

 「次のダンジョンはチュートリアルダンジョンにしようと思うんだ」


 「撮れ高無さそう⋯⋯」


 「無いだろうな」


 チュートリアルダンジョンと呼ばれるソレは神が作り出した最低難易度のダンジョンである。


 モンスターも雑魚だしトラップも多い訳では無い。


 「でも攻略時間は45分00秒と結構あるんだよ。これを塗り替える」


 「それ絶対時間調節のためにボス部屋前待機してたやつだよ。塗り替えたところで、うーんってなりません?」


 「なるかもな」


 「うげ〜」


 しかし、このくらいの時間になるのは仕方ないとも言える。


 チュートリアルダンジョンと呼ばれる程にここには様々なダンジョンの要素が詰め込まれている。


 そのためかなりの広さになっているのだ。


 だけど、マップが切り替わる事も無ければモンスターの初期位置が変化する訳でも無い。


 故に誰も挑戦しないからあまりタイムが更新されない。


 「すぐにでも挑戦可能だからな。一応準備期間を設けて、攻略日時は6月28日でどうだ?」


 「まあ、良いけどさ。退屈そうだね」


 「退屈だろうな。全階層に渡って風景もあまり変化しないし。本当に走るだけだ。解説動画をあげたら誰かが簡単に塗り替えるんじゃないか?」


 「え〜やる意味あるの?」


 「そうやって皆が思っているからこそ、やるんだよ。原点回帰さ」


 チュートリアルダンジョンはダンジョン攻略の際に一番必要な忍耐力が鍛えられる。


 退屈すぎる時間が続くからな。


 集中力を切らしてトラップに引っかかり死亡⋯⋯なんてのもある訳だし。


 チュートリアルダンジョンは初心者がダンジョンに触れ、知るためのところだ。


 神もそれ用に用意したんだろう。


 「それじゃ、次はそこで良いか?」


 「ん〜良いよ。紐無しバンジーとか敵の群れに突撃したりとか、危険な事が無いしね。心を休めつつ行くか」


 「のんびりはできないけどな。このタイム越えられるか結構怪しいし」


 「そうなの!」


 「おう。この記録もだいぶ早いからな」


 退屈な時間が続くだろうが、俺としては退屈できない。


 少ないトラップと言えど無い訳では無い。


 「モンスターは弱いから回避できる。必須戦闘はゼロ回で行ける。トラップ回避はエンチャントのゴリ押しで行く」


 「おっけ。今から練習に行く?」


 「練習は明日からにしよう。今日はどんなルートを通って行くか、頭に入れてくれ」


 「はいよぉ。なんか予想外を作りたいなぁ」


 「そんなルートがあれば、面白そうだけどな」


 ◆◆◆


 ここはギルド『彗星の軌跡ステラロード』のギルマスの部屋。


 そこにはギルマスに呼ばれて波風が入っていた。


 「実は君に頼みたい事があってね」


 「お断りしますけどね」


 「話くらいは聞いてくれないか?」


 「では話だけで」


 冗談めかした言い方ではなく、本心からそう言っているように聞こえてしまう。


 全く動かない顔は何を考えているか悟らせない。


 「実はね6月28日にチュートリアルダンジョンで魔道具実験を行うらしいんだ。その際、失敗に備えて行って来て欲しいんだ」


 ダンジョンは自ら魔力を回復できない。そしてモンスターはダンジョンの魔力を糧に生きている。


 ではどのようにしてダンジョンは稼働しているのか。


 それは攻略者が能力を使う度に放出している魔力を吸収しているのだ。


 少ない量にはなるが、倒されたモンスターの血肉も魔力として吸収している。


 ダンジョンは魔力が欲しいから攻略者を呼び込むために決まった強さのモンスターと報酬を用意する。


 攻略者は金や名声のためにダンジョンに挑み魔力を消費する。


 そんな関係性がある。


 故に適した強さのダンジョンならば基本死ぬ事は無い。


 餌が死んでは困るだろう。


 人間だけが魔力を自然回復させる事ができるのだから。


 閑話休題。


 ギルマスが波風にこのような依頼を出した訳。


 魔道具は文字通り魔力を使った道具である。


 何かしらの実験を安全性のためにダンジョンの中でする。


 その実験が失敗し、魔道具に使った魔力が外に出るとダンジョンはプログラムに従って吸収してしまう。


 どんなに良い物でも過剰摂取すれば毒となる。それはダンジョンでも変わらない。


 キャパオーバーの魔力を吸収するとダンジョンは耐えきらずに崩れてしまう。死んでしまうのだ。


 それを防ぐために生存本能のように一度に魔力を消費する。


 それがイレギュラーと呼ばれる現象に繋がる。


 本来ありえない強さを持つモンスターやアイテムを生成するのだ。


 武具ならばまだ安全性がある。しかし、モンスターだった場合被害が大きく出る事だろう。


 それを防ぐために、失敗した際には魔力を消費させるべくモンスターを狩り尽くす強い攻略者を派遣するのだ。


 白羽の矢が立ったのは波風凪。


 その日はモデル業も無くプライベートも常にぼっちで遊びに行く気配すらない。


 つまりはギルマスに暇人認定を受けているから都合良く使いたいのである。


 「報酬はしっかりと出すよ。実験が成功しても念の為調査はして貰うけど、その分の報酬も別途用意する」


 「お断りします」


 「⋯⋯少しは考えてくれても良いんじゃないかな?」


 「⋯⋯お断りします」


 波風は少し考えてからしっかりと決断を出した。


 「一体何をどう考えたのかな?」


 「チュールの在庫が切れていたから買わないとな。うちの子毎週1本は欲しがるんですよ」


 「今の話と関係ないね!」


 「この件を考えろとは言われていませんでした」


 「あ、うん。そうだね」


 頑固たる意志を見せられギルマスは頭を抱える。


 暇人の波風は基本的に仕事を引き受ける。


 なんならくろきん妨害は率先してやる程でもある。


 「⋯⋯何かダメな理由があるのかな?」


 「はい」


 「聞いても?」


 「えっと、ですね」


 終始無表情だった波風が頬を緩ませて、ピンクに染める。


 まるで恋する乙女のような表情にギルマスは意表を突かれ思考停止。


 「か、彼氏がそろそろライブを始める時期なので仕事は入れたくない、のです」


 「⋯⋯はっ!」


 我に返るギルマス。


 「彼氏か。色恋話を聞かない君にいたとは驚きだが、ライブとなるとバンドマンか何かかな?」


 「いいえ。配信者です」


 「そうかそうか。こんな事聞いて良いか分からないのだが、少々混乱していてね。⋯⋯プライベートでは会った事あるの?」


 「はい。あります。御家族とも会いました」


 「そこまでの関係性にっ! だと言うのに噂話の一つも立たないのか⋯⋯有名人なのに?」


 ギルマスがさらに混乱の渦に呑まれる。


 恋人とか天変地異が起こってもいなそうな波風にいる事実が信じられなかった。


 しかも家族とも会う程の関係性だと言うのに、噂が一つも立たない。


 それだけ秘密にできるのかと内心で感心する。


 (彼氏は配信者か。それなのにギルマスである自分まで気づけない程に隠すのが上手いとはな。恐れ入った)


 「まぁ、そのような事情があるなら仕方ない、か? 別の人に頼むとしよう。デートでもなんでもしてくるが良い」


 「デート、ですか。憧れますね」


 「⋯⋯した事ないの?」


 「はい。なんならまだ手も繋いだ事もありません」


 「??????」


 「あ、でもこの前は可愛い猫のぬいぐるみをプレゼントしてくれたんですよ。私って凄く愛されてますよね」


 「あー、うん。ん?」


 「どうしてそんなに疑問形なんですか?」


 無表情に戻り睨む波風。


 そんな彼女のスマホが震える。通知の知らせである。


 「失礼」


 「どうぞ、重要な連絡かもしれないから」


 「ご厚意に甘えます」


 通知内容を確認すると、そっとしまう。


 「その件受けます」


 「え?」


 「受けます。誰にも渡しません。渡すと言うのならその相手を病院送りにしてでも奪い取ります。たとえこのギルド最強の⋯⋯えっと⋯⋯名前忘れましたがその人だろうと」


 「うん。あまり面識無いからって忘れないであげてね。同じギルドの仲間なんだからさ。それで、受けてくれるの?」


 「受けます。報酬なんて要りません行きます。なんならお金を支払ってでも行きます」


 「気の変わりようが凄く怖いが助かるよ。頼むね」


 「おまかせあれ」


 元々頼む予定だったので問題なく了承する。


 しかし、ギルマスの中ではデートも手繋ぎもした事無いのにプレゼントをあげている彼氏が気になってそればかり考えていた。

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