第20話 異変は常に傍に
「それじゃ行って来る。今日は簡単だから昼には帰れると思う」
「そうなの? テスト時期だからこっちも昼に帰れる。昼食作るから、一緒に食べる?」
「良いのか? じゃあそうする」
「分かった。行ってらっしゃい」
「ああ。行って来る。テスト頑張ってな」
言う事を終えた俺は彩月と合流して目的のダンジョンに向かった。
ライブ配信をスタートすると、同接もかなりのペースで上がって行く。
「今日はぶっちゃけ、ネタが思い付かなかったのでこのダンジョンにしました!」
「何はともあれ頑張っちゃうよ!」
“応援してるよ!”
“頑張れレイちゃん”
“見てますよ”
“このダンジョンはルートさえ分かれば誰でもRTAできるよなぁ”
入る準備をしていると、中からボロボロの白衣と大きな鉄の塊を手にした人達がぞろぞろと現れた。
何事かと彩月と目を合わせる。
“何あれ?”
“研究者かな? このダンジョンで魔道具実験するって聞いた事がある”
“ま、気にせず頑張れや”
“ファイトやでー”
俺達はその人達が多少引っかかりつつも気にせずに攻略する事にした。
ダンジョンに入った瞬間、真っ直ぐ走る。
様々なトラップがあるが、集中しないと回避できないレベルでも無い。
本当に簡単で単調の道だから精神的に疲れる。
「モンスターは完全に無視で問題無いし⋯⋯これは余裕だね」
「そうだな。だからこそ、配信者は工夫しないといけない。レイ、そろそろだよ」
「おけまる」
“何をする気だ?”
“隠し通路とか裏ルートとか、そんな知識を披露してくれるのか?”
“今回の記録超えたい奴はこの動画を見て機動力の高い能力を持っていれば簡単な件”
“誰も知らないルートとかだったら激アツ”
“何かしら無いと記録更新は難しいぞ”
“単調故に最速が出しやすいからな”
“くろきんならやってくれる”
“成功するまで走れば良いだけだよな”
目的地が見えて来たので、俺は懐から野球ボールを取り出す。
これをどうやって使うかと言うと、ただ投げるだけだ。
「狙いは⋯⋯そこ!」
俺は地面にあるスイッチに向かって野球ボールを正確にぶつけた。
ド定番トラップ、落とし穴だ。
ガパッとかなりの速度で開いた落とし穴はかなりの深さがあり、その下には剣山が広がっている。
「行くよくろきん!」
「おうよ」
俺は彩月を姫様抱っこで抱えて、落とし穴に躊躇無く落ちる。
“羨ましい!”
“ドアップでレイちゃんの顔が見れるなら⋯⋯まぁ”
“うんうん。だよねだよね。落ちるよね⋯⋯は?”
“理解させてくれ”
「怖い。もっとがっしり掴んで!」
「がっしり掴んでるつもりだ」
密着しているが、落下の恐怖がその事を気にさせない。
タイミングと場所を間違えると串刺しだからな、俺達。
場所は能力を使って印が出ているので、後はタイミングだけだ。
「落下のペース的に⋯⋯今!」
「まずは1本!」
剣1本を犠牲にして壁をタイミングバッチリにぶち抜き、そこに入る。
「ゴリ押しスタイルのショートカット。これで3層に到達」
「生きた心地がしないよ全く」
“出た!”
“そこ壁と近いんだ”
“ん? もしかしてタイミングミスったら地面の間とかだから出られない?”
“結局普通じゃ難しいやり方をしやがる”
「俺の個人チャンネルでマップありの解説を挟むので、挑戦したい方はぜひ。情報を可視化できる能力を持つ人がいるとやりやすいかもです。命の保証はしません」
走りながら必要事項を伝えた。
彩月は走りながら折れた剣を鞄にしまい、新たな剣を取り出していた。
今回は何回も壁をぶち破るつもりなので、予備の剣は用意できていない。
金の問題では無く、所持重力的な問題である。
俺も彩月の剣を2本程預かっているくらいには使うのだ。
「今回、落とし穴の壁だけをぶち破ると思ったら大間違いですよ!」
「いっちばん簡単なダンジョンなのに、いつも以上にエンチャントアイテム使うの不思議だね!」
今度はただの通路の壁をぶち破った。
“どこだよそこ!”
“暗記していたはずの地図がめちゃくちゃになってる”
“普通の壁もぶち破るのか”
“これ、相性の良いあんたらしかできなくね?”
壁を破った先には深い空洞が続いている。
「これは2層から8層に繋がっている落とし穴。但し諸事情により6層までしかいけません」
“ぶち破れる壁がないんだろうね”
“諸事情と言うか仕様だろ?”
“RTAさせようとしてるやん”
“ライブで解説できるくらいに余裕があるダンジョン”
俺が預かっていた剣を手渡し速攻で落ちる。
「お姫様抱っこも慣れたもんよ」
「私はまだこの落下に慣れないけどね!」
タイミングを見て壁を破壊し通路に出る。
そんな事を何十回か繰り返してボス部屋の姿が確認できた。
今回のボスも強くない。
なので1重のエンチャントで十分火力は足りている。
「サクッと倒すよ!」
「今回は早いだろ!」
俺がドアを開け、彩月が中に突っ込んで剣を振るう。
刹那、俺の横を彩月が通り抜け閉じたドアに激突する。
「がはっ」
「⋯⋯は?」
何が起こったのか、理解できなかった。
確実に倒せるはずだった。
なのに⋯⋯倒れているのは彩月である。
「なんだ⋯⋯お前」
ソイツはチュートリアルダンジョンにいて良いレベルのモンスターでは無かった。
見た目は人型スライムだったが蓄えている強さはスライムと比べ物にならないくらい高い。
「⋯⋯ッ!」
入口で出会った人達、手に持っていた魔道具実験の成れの果て。
「ダンジョンが自分の身体を崩壊させないため、魔力を放出した⋯⋯それが、ボス部屋の1点に集まったのか」
俺の現状把握が完了と同士に、ソイツは動き出した。
俺達を倒すべく。
“なんでレイちゃんが吹き飛ばされてるの!”
“何が起こった?”
“これ、やばくね?”
“あー終わった”
“ボス部屋じゃ誰も助けにいけないじゃん”
“ガチで詰んだな。何が起こったし”
“くろきん死んだらレイも死ぬだろ。勝てよ絶対に”
“どっちが欠けても勝ち目が無くなる。レイちゃん立って”
◆
ブーブー、スマホが揺れ動き煩い音を響かせる。
「今日はまだ仕事の時間じゃないし」
仕事の時間に合わせて眠っていた波風が身体を起こしてスマホを取った。
心の底から苛立ちを感じながら、電話に出る。
「はい。もしもし」
「大変だ。至急予定しているダンジョンへ行ってくれ」
「何があったんですか?」
ギルマスの尋常では無い焦りを電話越しに感じ取ったのか、眠気と怒りが吹き飛んだ。
「実験のタイミングを早めたらしい。それも朝に⋯⋯」
「嘘⋯⋯何を勝手にっ」
「邪魔されたくない、見られたくない物だったのかもね。被害が出る前に調査してくれ」
「分かりました。最速で向かいます」
着替えを終え、最低限の食事と武器を手に外に出る。
「えっと、腕章を着けて」
『自動車指定』の腕章を着ける。
これを着ける事によって車道を能力を使っての移動が許可される事となる。
運転免許と同じである。
「それとこれも」
反対の腕には『緊急事態』の腕章を着ける。
これは警察などの公的機関が特定のギルドにのみ許した特権である。
ダンジョンなので起こった緊急事態に対応する際、サイレンを鳴らすパトカー等と同じ権利を得る。
但しサイレンの様な大きな音が鳴るのではなく、付近の車のナビ等に情報を送って対応する事となる。
「待ってて黒金くん。今行くから」
ゴーグルを装備して足から水流が出現する。
「ギルマス、よろしくね」
ギルドが情報伝達するので、その仕事ぶりを信じてダンジョンに向かって走る。
波風が能力を使い本気で走れば、そのスピードは新幹線にも並ぶ。
車道を走って良いレベルですらない。
「お、なんだなんだ?」
ある車の運転手、ナビに入った緊急事態故に道を譲って欲しい旨の警告。
「って、まだ500メートルも先じゃないか。曲がるから無視で良いな」
そう言った次の瞬間、横を人影が通った。
「邪魔っ!」
「ヒィ! な、なんだ?」
状況が理解できないまま、信号が変わったのと同時に動き出す。
波風はぼやく。
「情報伝達の範囲が小さい。誰も道を譲ってくれない!」
結局、車の隙間を通るしかない。
誰も対応できない速度で彼女は動いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます