第5話 完全攻略型ダンジョンRTAスタート

 「おはよう」


 「おはようございます彩月さん」


 「ダンジョンの中だけタメ口なの器用だよね」


 「情報の扱いは得意ですから」


 昨日夕方まで練習を重ねた事で距離はだいぶ縮まったと思う。


 彩月さんには剣を4本用意して貰った。


 「戦闘は当然ながら極力避けます。必須戦闘も基本は俺が。彩月さんは体力、魔力、武器の消耗を避けてください」


 「はい!」


 「ボスの扉を開けたら速攻で倒します。ワンパンで」


 「行けると思うよ」


 「思うのではなく、やるんですよ。そうじゃないとタイムは更新できません」


 懐にしまう道具なども用意する。


 武具の場所はとても重要だ。どれだけ早く出せるかによって時間の短縮に繋がる。


 彩月さんは脳筋エンチャンターとして基本はバトルしかやって来なかった。


 最速攻略なんて人生初めて⋯⋯そもそも攻略自体初めてらしい。


 それは俺も同じだが、やはりチャンネル登録者数などで負けているために悲しい気持ちになる。


 SNSでの宣伝も終えている。


 悲しい事に肯定的なコメントはあまり無かったが、それらは実力で黙らされる。


 昨日の練習で分かった事が一つある。


 それは。


 「彩月さん。貴女は強い。だから絶対に下を向かないでくださいね」


 「ん? はいっ!」


 「元気で何よりです。それでは、最後の準備と行きますか」


 激しい移動をする事もあるので、カメラは基本的にヘッドセットだ。


 装備したら起動し、ライブ配信を始める。


 「俺達の始まりの企画。2人でやる最初のライブ」


 「少しワクワクして来た」


 「最速の攻略時間を更新し確定させるチャンネル、『タイマーコミット』記録更新に入ります!」


 「現在の最速記録は50分3秒。レッツゴー!」


 ストップウォッチをカチッと押してスタートし、同時にダンジョンの中へと入る。


 ストップウォッチはベルトに引っ掛ける。


 最初は単調な道を走り抜けるだけなので解説する事は無い。


 “レイちゃんがやってるから来ました!”

 “今日もレイちゃん可愛い⋯⋯映ってねぇえええ!”

 “これじゃレイちゃんの可愛さが伝わらい! カメラマン雇え! 男の背中なんか見たくねぇ!”

 “助けられたからコラボ⋯⋯ってかカップルチャンネル?”


 “最悪。なんで男と? だったら俺で良いやん”

 “くろきんだっけ? レイちゃんの人気に寄生する虫やん。○ね”

 “くろきんへの人気度が伺えるな”

 “なぜに一緒にやる事になったんだよ?”


 “ちゃんと説明文出てたぞ。見てない奴多すぎ”

 “つまらん”

 “レイちゃんのルックスがあればすぐに人気出る。だから男てめぇ消えろ”

 “早くいつもの見たいよレイちゃん!”


 数々流れるコメントを【アーカイブ】の力で可視化させ虚空で投影させている。


 【アーカイブ】は情報処理や管理の力であり、その情報を可視化させる事ができる。


 俺のスマホとこの能力を接続リンクさせればこのように、走りながらでもリアルタイムでコメントを追える。


 しかも、情報処理に関しては加護もあり俺は全て頭に入れる事ができる。


 もちろん、彩月さんにも見える。


 「あははは。くろきん酷い言われよう」


 「笑うなしっ!」


 まさかここまで彩月さんの方の根強いファンがいたとは驚きだ。


 俺の個人チャンネルから来てくれた人は1割にも満たない。


 そのくらい彩月さんの人気が高く、ファンがいたと言う事だ。


 配信者として、正直悔しい。


 ⋯⋯だが、来ている殆どの人はやはり彩月さんの見た目や身体目的と言った所か?


 大体はそんな感じ。


 残りは⋯⋯純粋にRTAに興味を持って来てくれた新規。


 “最速攻略か。ハイランクのメンバーが揃えばすぐに塗り替えられそう”

 “どのくらいのスピードか見もの”

 “暇潰しに来たよ”

 “レイちゃんって誰?”


 “2人のツーショットはタイマーコミットの公式SNSであがってる”

 “女の方モデル並みにスタイル良いしめっちゃ可愛いやん”

 “釣り合わねぇだろ”

 “炎上しそう⋯⋯してる?”


 各々のコメントが投下される中、必須戦闘が迫っていた。


 今回の本命はRTA。しかも完全攻略。


 一般的に広まっている最速の記録を塗り替える。


 そのためには⋯⋯心を殺して魔石回収を諦める。


 「必須戦闘は俺がやる」


 「はいなー!」


 “声だけでも癒される”

 “さっさとレイちゃんが見たいんだけど”

 “もう個人では活動しないのかな?”

 “助けて貰っただけで惚れたとか無いよね?”


 “あー最悪。もうファン辞める”

 “それは違うでしょうに”

 “弱みでも握られた?”

 “退屈”


 必須戦闘⋯⋯コボルトは一体。


 ガス玉を取り出して、投げ飛ばし怯ませる。


 「最速で終わらせるっ」


 マッチに火を付け煙の中に投げ入れ、小規模な爆発と火を起こす。


 火の粉を払い除け、度重なる攻撃で意識が混濁しているコボルトの首を掻っ切る。


 時間にして10秒。


 ここから消滅に3秒、魔石を拾うのに約1秒。


 その僅か4秒を削るために魔石を無視して先に進む。


 「くろきん泣いてる?」


 「数百円の価値しか無い魔石だけど。金に替わると言う事は金を落としたと同義だ。辛いに決まってる」


 「そ、そうだね」


 「ああ。だけど、金を落としてでも拾わないといけないから」


 「え?」


 「このチャンネルには俺達の未来を賭けてるんだ。失敗は許されない。俺も、レイも、真剣なんだ。本気なんだ。それをカメラ越しの奴ら全員に観せる。俺達のタッグは間違ってないと、魅せつける!」


 「ええ。それはそれは」


 彩月さんが俺の後ろで口角を大きく上げ、拳を握った。


 「随分とワクワクしますねっ!」


 彩月さんのチャンネルに集まる人達は顔や身体が目的だ。脳筋と言うステータスがあり天然要素も加味したところで、それは『見た目の良さ』と言う土台が無ければ成立しない。


 一般的に容姿が優れてないと言われる人達がやっていたら結果は違う。


 彩月さんは『可愛い』やら『おっちょこちょい』だが、反対の人間ならば『うざい』やら『しょうもない』になるのだ。


 それだけ見た目の良さは重要。そしてそれは、彩月さんの『攻略者としての強さ』を評価してない。


 だからそれをひっくり返す。


 見た目だけで評価していた奴らからの彩月さんに向ける目を切り替えさせる。


 そして、ボス部屋まで導き最速攻略には欠かせない動きをすれば俺への評価もごっそり変わる。


 このチャンネルはくろきんがボスまで火力姫レイ誘導エスコートする。


 その先にあるのが⋯⋯迷宮攻略ダンジョンクリアと記録更新だ。


 「くろきん!」


 「分かってる。そろそろ必須戦闘だ」


 彩月さんも理解している通り、あと40秒もすれば2回目の必須戦闘。


 しかし、ここで想定外の事案が発生する。


 コボルトの数が5体。想定よりも多い。


 「嘘っ! どうする!」


 「幸いにも天井が高い。避ける!」


 「必須じゃないの!」


 「記録を縮めるには戦う方が早い⋯⋯が、この場合は避ける方が早いっ! 筋力強化!」


 「はい! 【強化付与ブーストエンチャント】『筋力上昇パワーアップ』」


 懐からロープ付き投げナイフを取り出す。


 「まじでさっきの場所じゃなくて良かったぜ!」


 天井で1番刺さりやすい場所に向かって投げナイフを投げる。


 日頃から投げナイフなどの投擲の訓練はしている。


 投擲武器は何かと便利だからだ。


 「刺さった!」


 天井にナイフが刺さったならばやる事は一つ。


 「壁を使ってコボルトを突っ切る。レイ、手ぇ出せ!」


 「届っけ!」


 彩月さんの伸ばした手を取り、引っ張って抱える。


 “羨まけしからん”

 “○ね”

 “それは無い。さすがに無い”

 “羨ましいなぁ!”


 強化された力をフル活用して壁を走る。


 バランスを崩さないようにしっかりとロープを掴んでいる。


 深く刺さったようだ。バフの力は偉大。


 「レイ!」


 「分かってますよぉ」


 俺達は昨日の練習の最中にいくつかのアクシデントへの対策を用意していた。


 想定外のコボルトの数が現れた場合、ガス玉を3個使う。


 俺がいつもガス玉を入れている場所の情報共有が終わっている。


 「手入れます!」


 “手突っ込んだ!”

 “接近し過ぎだろ!”

 “タッグ反対!”

 “でもアイツ、ずっと真剣な顔してるな。しかも前しか見てない”


 ガス玉を取り出して下に落とす。


 投擲練習までの時間は無かったので、最適なポイントへ落とす事はできなかった。


 しかし、それでも十分効果はある。


 コボルトが悪臭に苦しみ俺達への興味が散った。


 「ナイスっ!」


 「いえいえ。それよりも⋯⋯」


 「ああ。ラストスパート。エンチャントアイテム準備よろしく」


 密着している事実や吐息が掛かるくらいに顔が近い事実。


 それらが全く気にならない程、俺達は真っ直ぐ前を向いていた。


 記録更新。それが目前まで迫っているからだ。


 「走れえええ!」


 「ゴーゴー!」


 ボス部屋前までやって来た。


 止まる行為は断固拒否。


 扉を蹴って開き、中に同時に入る。


 身体の大きなコボルト。エルダーコボルトでは無いがコボルトの親玉がボスである。


 その強さはエルダーコボルト未満、通常コボルト以上。


 ⋯⋯が、そんなの脳筋エンチャンターの前には無力!


 「【重複付与ウエイトエンチャント】」


 剣の攻撃力を上げた。重ねた枚数は8枚。一撃だけならば剣が耐えられる限界値。


 「【強化付与】『速度上昇スピードアップ』」


 最速で肉薄し、あらゆる防御を無意味にする超火力の一撃。


 それがボスコボルトを一撃で葬る。


 「ストップ!」


 ウォッチを止め、彩月さんの方を見る。


 ボスを倒した彼女の立ち姿は凛としており、見る者を魅了する美しさがあった。


 “おお!”

 “ボス一撃! 武器も1回で破損! これぞレイ!”

 “最後の最後で1番綺麗な1枚絵が誕生したんだが。ずっと観られなかった分、感慨深い”

 “かなり早いんじゃない?”


 “コボルト超えた後から疾走感半端なかった”

 “良いね”

 “レイちゃん抱いた事は許さん”

 “純粋なレイちゃんを返せ”


 「⋯⋯ふぅ」


 邪魔な髪を払い除け、俺に輝いた瞳を向ける。


 「記録タイムは!」


 「記録」


 “ジャラジャラ”

 “ワクテカ”


 「52分42秒⋯⋯最速記録は50分3秒⋯⋯更新、ならず」


 「⋯⋯え?」


 “この流れでか”

 “まぁそんな簡単じゃないよな”

 “戦闘回避しまくったのに?”

 “これでこのタイムなの! 最速記録保持者やべぇのでは?”


 落ち込む彩月さんの肩に手を置く。


 死力を尽くした、とでも思っているのかもしれない。


 トライアンドエラーがRTAの基本。


 それに⋯⋯武器はまだあるはずだ。


 「それじゃ、再走しよっか」


 「⋯⋯へ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る